第17話 友人という名のガーディアン
アーサー王子とお茶をした数日後。
寮に戻った私はまた泥を掛けられていた。
正直なところ、泥を避けることはできる。
だが、避けてしまうと、彼女たちはさらに嫌がらせをしてくる。
一度だけ泥をよけたことがあったのだが、寮室から出られなくさせられたり、洗濯物を汚されたりと散々な目にあった。
だから、避けることはしなかった。
「アハハ! またあの子、泥をかぶってるわ!」
階段から聞こえてくる高笑いをするスカーレットさんの声。
他の人も楽しそうに笑っている。
「ほんと汚いんだから! ちゃんと掃除しておいてよ?」
そう言って、彼女たちは笑いながら、自室に戻っていった。
かけられた泥は相変わらず臭い。
戦場での汚臭には慣れていたが、泥の臭さには慣れなかった。
また、制服を洗わないと……。
「まぁ、ひどい格好なこと」
いつもなら誰も話しかけてこない。
近づいてくることもないし、心配されることもない。
だけど、その日だけは違った。
前を見ると、そこにいたのは仁王立ちをする少女。
私より少し身長の高い彼女は、ボブカットの黒い髪を揺らしていた。
とっても綺麗な髪……。
そんな艶やかな髪を持つ少女は、快晴の空のように綺麗な水色の瞳で私は睨んでいた。
なぜ私は睨まれているのだろう。
私は見当がつかず、首を傾げた。
「『はて?』じゃないですわ。あなたのことを言っているのよ。泥被りさん」
黒髪さんは不機嫌そうに言ってくる。
確かにひどい格好だろう。
でも、なぜ彼女は私に話しかけてきたのだろう?
ただの興味本位なのかな?
なんてことを考えていると、黒髪さんは私の腕をガっと掴んだ。
「あなた、何をしているの。さっさと立ちなさい」
「え?」
「『え?』じゃないわよ。さぁ、こちらにきなさい」
「?」
「いいから、早く」
「ですが……私の腕を掴まないでください。あなたの手が汚れてしまいます」
「そんなことはどうでもいいわ」
「よくありません」
この黒髪さんも制服を着ている。
私のせいで彼女の服まで汚したくない。
すると、黒髪さんはフッと笑った。
「私の体を自分で汚すのは好き勝手でしょう? だから、いいのよ。それよりもあなたを綺麗にすることが先だわ」
そう言って、黒髪さんは私の腕を掴んで、ずかずか歩いていく。
私は彼女に連れられるままに歩いて行った。
着いた先は女子寮の3階。
3階は一番広い寮室があるエリアだ。
私も入学する時にこの寮室を勧められたが、軍で狭い部屋に慣れていた私には合わず、この寮室にはしなかった記憶がある。
もしかして、彼女は公爵家とかなのかな?
連れられるままに部屋に入ると、その部屋はやはり自分の部屋よりも広かった。
シックな白のソファに、天井の豪華なシャンデリア。
私の部屋とは比べ物にならないぐらい、綺麗で品がある部屋だった。
部屋に見とれていると、その部屋にいた1人の女性が黒髪さんに向かって頭を下げていた。
格好からするに、黒髪さんのメイドさんなのだろう。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま、ガブリエラ。早速で悪いのだけれど、シャワーの準備をしてくださる? 彼女が泥まみれなの」
黒髪さんの侍女と思われるガブリエラさんは私の方に目を向ける。
「なるほど、お嬢様はまたお節介を焼いているのですね」
「……お黙りなさい。さぁ、さっさと準備して。彼女、風邪をひいてしまうわ」
「承知いたしました」
黒髪さんは侍女さんに指示を出し、指示通り侍女さんは浴室があるであろう方へと消えていった。
「あなたはさっさと服を脱ぎなさい。気持ち悪いでしょう?」
「ここでですか?」
「ええ。私に裸を見せたくないというのなら、ガブリエラの準備ができるまでそのまま待機してなさい」
さすがに名前も知らない人の前で裸体になるのことは失礼だと思ったので、私は準備ができるまでそのままでいた。
「お嬢様、準備ができました」
「ありがとう」
そうして、私はシャワーを浴びた。
シャワーだけにしようと思っていたのだが、すでにガブリエラさんが泡風呂を準備していて、せっかくのなのでつかることにした。
湯舟につかるのは久しぶりかも……気持ちいいな。
と湯舟につかる幸福を味わっていると、ガブリエラさんが話しかけてきた。
「無礼も承知ですが、お客様のお名前をお伺いしても?」
「構いません。私はエレシュキガル・レイルロードです」
「レ、レイルロード!?」
すると、ガブリエラさんは「失礼します」と言って、隣に部屋に姿を消した。
一時してこんな声が聞こえてきた。
「レイルロード……レイルロード!? レイルロードってあの!?」
「お嬢様、声が大きいです。落ち着いてください」
「……そうね。淑女たるもの常に冷静でいなければ……たしかレイルロードには嫡男のシン様と妹君のエレシュキガル様がいらっしゃったわよね……つまりあの子はそのエレシュキガル・レイルロードかしら……」
「おそらくはそうかと……」
「はぁ……なんてこと……」
そんな声が聞こえたすぐ後、ガブリエラさんがこちらに戻ってきた。
若干のぼせそうになっていたので、私はお風呂から出る。
そして、渡されたタオルで体を拭いていると。
「あなたの部屋から持ってこさせてもいいのだけれど、面倒でしょう。だから、これをきてちょうだい」
と黒髪さんから、ワンピースを渡された。
そのワンピースにはフリルがたくさんついていて、とってもかわいらしい。
そして、その服を着るなり、私はすぐに黒髪さんに頭を下げた。
「シャワー、ありがとうございました」
「いいえ、私の気まぐれだから気にしないでちょうだい。あなた、社交界で見ない顔だけど、レイルロード家の人間だったのね」
「お嬢様、公爵家の方にそのような言葉遣いは失礼かと」
ガブリエラさんがそう言うと、黒髪さんはぷくっーと頬を膨らませる。
「むぐぐぅ……分かったわよ」
そして、黒髪さんは立ち上がり、スカートを両手で掴み、そして、私に礼をした。
「失礼しました、エレシュキガル様。私、ガーディアン侯爵家のセレナと申しますわ。以後お見知りおきを」
部屋の感じから察してはいたけど、黒髪さんは侯爵家のご令嬢だったか。
でも、ごめんなさい。
社交界とか出てなさ過ぎて、ガーディアンさんの名前は知らないな……。
ガーディアンさんから丁寧な挨拶を受けたので、私も彼女のマネをして挨拶を返した。
「私はエレシュキガル・レイルロードです。今回はありがとうございました」
「いいえ……それで、エレシュキガルさんはなぜあんなことをされていたんです? 公爵の人間でしょうに、あなた」
「あれはいつものことです。セレナさんは初めてご覧になられたのですか?」
「ええ。だって、私、今日初めて学園に来たんですもの」
セレナは呆れたようにため息をつき、話を続けた。
「全く……この女子寮は秩序がなっていませんわね。特に、あのスカーレットとかいう女。途中からあなたが泥を浴びる様子を見ていましたけど、身分をわきまえてほしいものですわ」
「お嬢様、見ていたのに止めなかったのですね」
「当たり前でしょう。まさか人に泥をかけるために、わざわざ泥でいっぱいにしたバケツを用意していたとは思わなかったのよ。私はてっきり自分の部屋で菜園でも作るために泥を運んでいたと思っていたのよ」
「なるほど。お嬢様は想像力が豊かですね。さすがお嬢様」
「……お黙りなさい、ガブリエラ」
そう言って、セレナさんはガブリエラさんをきつく睨む。
でも、ガブリエラさんはまんざらでもなさそうだった。
「それにしても、あのスカーレットとかいう女。彼女の顔は一度も見かけたことがありませんから、最近成り上がった男爵か何かなんでしょうけど……全く身の程知らずにもほどがありますわ。あと、エレシュキガルさん。あなたもあなたよ。もっと……こう……しっかりなさい!」
「お嬢様、語彙力が低下しております。らしくありません」
「お、お黙りなさい!」
「私は軍人ですから、彼女にどうこう言う資格はありません」
すると、セレナさんはフンと鼻を鳴らす。
「軍の人間どうこう言う前に、あなたは公爵家の人間でしょう。あなたが公爵家の姓を名乗るなら、それ相応のふるまいをしなくてはいけませんわ」
「……そういうものですか?」
「そういうものです。私もガーディアン家の姓を名乗らせていただいておりますから、侯爵家の人間らしくふるまっておりますの」
なるほど……そうものなのか。
「セレナさんはなぜ最近まで学園に来られていなかったのですか」
「風邪をこじらせて、入学が遅れただけですわ。ええ、ただそれだけですわ」
風邪をこじらせて、といっても、入学式から約1ヶ月以上。
セレナさん、かなり長い期間こじらせていたんだな。
セレナさんはうーんと考えこみ始め、一時して何かを思いついたような明るい顔を浮かべる。
そして、立ち上がって、私の手を取り握った。
「セ、セレナさん?」
「あなた、私と同じ組ですわよね。なら、一緒に教室に行きましょう」
「え?」
「またあの子たちが何かをしに来るかもしれませんわ。その時は私が撃退しますの。安心なさい、エレシュキガル・レイルロード」
そう言うと、セレナさんはニヤリと笑った。
「セレナ・ガーディアンがいじめっ子を殲滅いたしますわ」
★★★★★★★★
次の日のこと。
アーサー王子とリアムさんがおらず、私とセレナさんだけになって廊下を歩いていると。
「ほんとあの子、ブサイクよね」
という声が聞こえてきた。
言ってきた子は、私をじっと睨んでいた。
王子が近くにいない時によく見る現象だ。
私はいつものようにスルーするつもりでいたのだが。
「そこのあなた、聞き捨てならないことをおっしゃっていたけど、もう一度おっしゃってくださる?」
セレナさんは言ってきた相手に近づき、問い詰める。
彼女はかなり怒っているようで、眉間にしわを寄せていた。
「何も言ってませんけど……」
「あら、そう。なら、いいのだけれど。正直言って、あなたの方が不細工ですわよ」
「なっ」
「あらあら、毛穴がこんなにも見えるなんて。もう少しお手入れをなさったらどうですの」
その後もセレナさんは私の悪口を聞くと、すぐに反応し、相手を責め立て、最終的には正座で説教までしていた。
「セレナさん」
「セレナでいいですわ。エレシュキガル・レイルロード」
「いちいちフルネームを言うのも面倒でしょう。私もエレシュキガルで構いません」
「分かりましたわ、エレシュキガル。それでなんですの? あなた何か聞きたそうにしていたけれど」
「はい。1つ質問がありまして」
「どうぞ、遠慮なく聞いてくださいませ」
「はい。なぜセレナは私のことを気遣ってくれるのですか?」
今まで私のことを気遣う女子はいなかった。
女子はみんな私のことを嫌っていた。
嫌がらせをしてくるのが当たり前だった。
セレナは途中から学園に来たとはいえ、私に構えば彼女も嫌がらせを受けるかもしれない。
なのに、なぜ彼女が気遣うのか、私と関わってこようとするのか分からなかった。
「その答えは簡単なものですわ。私とあなたはお友達になれそうな気がしたんですもの」
「お友達……ですか?」
「ええ、そうよ」
「それだけですか?」
「それだけですわ」
アーサー王子と同じように変わった人なんだ。
私は右手を差し出す。
「ん? なんですの?」
「お友達になった記念にと思いまして」
アーサー王子と友人となった時にしたもの。
仲良くなる証として交わすものと教えられた握手。
セレナと友人になるのなら、握手は必須だろう。
セレナは「なるほど」と呟いて、私の右手を取ってくれた。
「よろしくお願いしますわ、エレシュキガル」
「よろしくお願いします、セレナ」
そうして、私は学園で初めて女子の友人ができた。
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