第25話 「好き」って

 課外授業を終えた後の休み時間。

 私はマナミ様に手を引かれ、図書館に来ていた。

 マナミ様が「後で着替えればいいじゃない」と言うので、服は運動着のまま。


 私と同じく運動着のマナミ様は、茶色の髪を揺らし、私の手を引いてずかずか廊下を歩いていく。


 どうやら、マナミ様は私に渡したいものがあるのだとか。

 ペンダントをあげるとかなんとか言われたけど、なぜにペンダントなのだろう?

 そんな疑問を持ちながらも、私はマナミ様とともに図書館の階段を上っていく。

 そして、4階のやけに分厚い本が多い本棚の前に行くと、マナミ様は1冊の本を手に取った。

 だが、それを開いて読むことはなく。


 「エレシュキガル、あなたにはこのペンダントをあげるわ」


 そう言って、マナミ様がポケットから出し渡してきたのは黒のペンダント。


 「ありがとうございます」


 私は両手でそっと受け取る。

 受け取った黒のペンダントは意外と重みがあり、金属でできているのかひんやりとしていた。

 ペンダントの表面には、金で4つの刃がある武器と東の国の花が描かれている。

 これが私に渡したかったペンダントなのだろうか……?


 「エレシュキガル、そのペンダントをそこのくぼみにはめ込んでみて」

 「くぼみ……ですか?」

 

 マナミ様は本をのけた空間を顎で指す。

 その奥を覗くと、ペンダントと同じ大きさのくぼみがあった。


 ここにペンダントをはめたらいいのかしら。

 私は言われた通りペンダントをはめてみる。

 すると、ごごぉーと隣から音がした。

 隣を見ると、本棚が移動し下へと続く階段が出現。


 「この本を取って、渡したペンダントをくぼみにはめこんだら、隣の本棚が動いて階段が出現するの」

 「すごい機能ですね。これはマナミ様がお作りに?」

 「ええ。もちろん、学園には許可はもらっているわ」

 

 ははぁ……1人でこの仕組みをお作りになれるとは、やはり秀才なお方だ。


 「じゃあ、行きましょうか。私の地下室へ」


 そうして、マナミ様の案内を受け、私は階段を下りていく。

 最下階まで来ると、大きな両開きで白のドアが見えた。


 「わぁ……」


 そのドアにはペンダントに描かれていたものと同じような東の国の花の金装飾が施されており、私は思わず感嘆の声を漏らしていた。

 風が吹いていると錯覚するぐらいに、綺麗に花散る様子が描かれている。

 描かれている花は東の国のもの。だが、花に詳しくない私には名前が分からない。

 あの花はなんという名前なのだろう。気になるな。


 マナミ様がドアノブの装飾の宝石に触れると、その装飾が青く光った。

 しかし、装飾部分は光るだけでなく、模様を変えていき、咲き誇った花の木の絵から、流れる水の文様へと変化。

 すごい……まさか絵が動くなんて。

 魔法術式が組み込まれているのだろうか。


 ドアの仕様にワクワクしていると、マナミ様が解説をしてくれた。

 

 「この水模様は私がこの部屋にいるって証拠なの。さっきのお花は私を待っている暇つぶしに見ててほしいと思って作ったのよ」


 なるほど、そういう理由で作られていたのか。

 マナミ様のおもてなし心はとても素晴らしいものだなぁ。


 「あの、マナミ様。先ほどのお花は何というお名前なのでしょうか?」

 「サクラよ。綺麗でしょ」

 「はい、とっても綺麗です。ずっと見て居たかったです」


 そう言うと、ふふふとマナミ様は笑みをこぼす。


 「気に入ってもらえてよかったわ。じゃあ、中に入りましょうか」

 「はい」


 マナミ様に案内されたその部屋には積み重なった分厚い本。

 置かれている本の種類はバラバラで、図鑑とか小説とか古びた教科書とかがあった。

 マナミ様は積み重なった本たちを器用に避けて、部屋の奥へと向かう。


 「エレシュキガルはそこのソファにでも座ってて」

 「マナミ様はどちらに?」

 「お茶とかお菓子を持ってくるわ」


 そう言って、ルンルン気分で、マナミ様は奥の部屋に消えていく。

 下手に動くと本の山脈を倒すかもと思い、私は座ってじっと待っていると、一時してマナミ様がお盆を持って戻ってきた。


 お盆の上には東の国のティーセットと六角形の入れ物。

 ティーカップは私たちの国――グレックスラッド王国のものとは異なり、取っ手がない。ティーポットのデザインも東の国らしいものとなっていた。

 マナミ様はそれらを机に置き、私の前に一つのコップと六角形の紙の入れ物を私の前に置いた。


 この入れ物はなんだろう……。


 「マナミ様、この入れ物は?」

 「そこにお菓子が入ってるの。開けてみて」


 私は開けてみると、入っていたのは色とりどりの凸凹の突起を持つ球状のもの。

 色もピンクや緑、黄色と様々で宝石のように輝いていた。

 ……これはお菓子なのだろうか? 初めて見たわ。


 「マナミ様、これはどういったお菓子ですか? 初めて見ました」

 「コンペイトウっていう私の国のお菓子。キャンディみたいなものよ。どうぞ食べてみて」


 そう言って、マナミ様は私のコップにお茶を注ぐ。

 マナミ様がお茶を入れ終わるのを待とうと思っていたが、彼女が「先に食べちゃって大丈夫よ」と言ってきたので、私はピンク色のコンペイトウを1つ口に入れてみる。


 「――――わっ」


 その瞬間、口の中で桃の味がふんわりと広がる。

 甘くて透明感のあるピーチ。

 コンペイトウを口の中で転がすたびに、口に桃が溢れる。

 

 「このコンペイトウ、とっても美味しいです」

 「それはよかったわ」


 色がついているだけと思っていたけど、ちゃんと味もあるなんて。

 他の色のものはどんなフレーバーなのだろう。

 そうして、温かいお茶をともに、ほいほいコンペイトウを口に入れていると、気づけば半分ほど食べていた。


 マナミ様の分を残しておこうかなと考えていたが、マナミ様が「私は飽きるほど食べてるからエレシュキガルが全部食べちゃって大丈夫よ」と言ってくださったので、言葉に甘えて私は全ていただいた。


 うん、コンペイトウ……とても美味だった。

 東の国の他のお菓子について詳しく聞きたいところだが、その前に。


 「あのマナミ様」

 「なに?」

 「マナミ様はなぜ私をここに?」


 人との関わりを避け、表に滅多に姿を現すことのないマナミ様。

 そんな彼女が会ったばかりの私を、自室に入れた。

 何か用があるとしか思えないのだけど……。


 すると、マナミ様はコップを片手にフッと笑みを漏らした。


 「特に用とかはないわ。ただあなたとちゃんと話をしたかったのよ」

 「話ですか?」


 話ってなんだろう。

 と思いつつ、コップを取り、私はお茶を飲む。


 「ええ。まぁ、話と言っても、私があなたに聞きたいことがあるだけ……ねぇ、エレシュキガルはアーサーのことをどう思ってるの?」

 「ごほっ」


 マナミ様の突然の質問に、お茶を飲んでいた私は思わずむせてしまう。


 「ど、ど、どうとは?」

 「エレシュキガルはアーサーが好き?」

 「それは……恋愛的な意味合いでしょうか」

 「ええ。あなたにとって、アーサーは恋愛対象にならないのかなと思って」


 なぜ急にそんなことを聞いてくるの……。


 「……私のような者がアーサー様を恋愛対象として見るのは、大変恐れ多いです」

 「でも、アーサーはエレシュキガルのことが好きだって言っているのでしょ?」

 「言われましたが、あれは冗談で……」


 そう。私をからかっているだけで……。


 「アーサーは『本気だ』と言ったのでしょ。それなら、冗談じゃないと思う」

 「そうでしょうか?」

 「ええ、そうよ。だって、『本気だ』なんて本気な時にしか言わないでしょう。冗談なら、あいつは『本気だ』なんて言わずに冗談だけ言って笑ってるわ」


 アーサー様と付き合いの長いマナミ様が言うのなら、きっとそうなのかもしれない……本気で私に「好き」とか「愛してる」とか言ったのかもしれないけど……。


 でも、もし、その言葉が本物でアーサー様が私を好いていたとしても、いつそのようなきっかけがあったのだろう?

 私と彼が出会って1ヶ月ぐらいしか経っていない。

 その短い期間に、私がアーサー様に好かれるような出来事があっただろうか。


 私は目をつぶって頑張って過去を振り返るが、ピンとくる出来事はない。

 うーん、一体私のどこを好きになったのだろうか。分からないな。

 

 「まぁ、もしエレシュキガルが嫌なら、アーサーにはっきりそう伝えるべきね。『私は友人関係でいたい』って。でも、そうじゃないのなら、彼のこともう少し考えてもいいんじゃない?」

 「……私なんかがアーサー様のことを思ってもいいのでしょうか?」

 「ええ、いいと思うわよ」

 

 もし、もしだ。

 アーサー様が私のことを好いていらして、彼が私を必要とするのなら、彼の命令のままに……。

 なんてことを考えていると、マナミ様が。


 「あ、でも、一番大切なのは『あなたがどう思っているか』だから。アーサーが好きだって言っているからって流されないように」


 と言ってきた。

 私がどう思っているか、か。

 そういえば、私ってアーサー様をどう思っているの?


 優しい人……とは思っているけど、恋愛的な意味での好意があるかどうか分からない。

 アーサー様が変なことを言ったり、ちょっかいかけてきたりするから、照れちゃう時もあるけれど、私にアーサー様に対する『好き』という感情があるかどうかが怪しい。


 そもそも、恋愛的な『好き』ってなんだろう。

 友人に対する好意とは何が違うのだろう。


 そのことを考えだした途端、よくわからなくなり、頭がぐるぐる。目もぐるぐる。


 「マナミ様。私には難解な気がします……」

 「ふふふっ。まぁ、じっくり考えなさいな。アイツはずっと待っていてくれるわ」

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