第26話 冤罪をかけられて

 マナミ様にアーサー様のことを考えてみるといいと言われてから、私は彼のことを真剣に考えるようになった。


 アーサー様は私のことを本当に好きなのだろうか、とか。

 私が本当に好きになってもいいのか、とか。

 そんなことを考える度に、こう思ってしまう。


 ――――好きになったら、彼は私の前から消えてしまうのではないか、と。


 アーサー様が遠くに行ってしまいそうな怖さがあった。 

 何も根拠がないのに、なぜそんなことを思うのか分からない。

 そんなことを考え始めると、自分がアーサー様のことが「好き」なのかますます分からなくなった。


 でも、同時に変に彼のことを意識するようにもなってしまって……。


 「エレちゃん、おはよう」

 「お、おはようございます」


 出てくる言葉はぎこちなくなり、会話中も彼の目が見られずについ目をそらしてしまう。

 アーサー様は私の変な態度に気づいていないのか、何も言ってこなかったからよかったけど、正直言って私の身がもたない。

 アーサー様の近くにいたら、鼓動が早くなるし、授業が全然頭に入ってこないし。


 幸い2人きりの時間はあまりなく、セレナやリアムさん、そしてマナミ様がいらっしゃったので、そちらに会話を逸らすことができた。

 

 ああ、そうそう。

 珍しいことにマナミ様も教室にいらっしゃるようになった。

 「たまにはいいかなと思ったのよ」と言って私の隣に座り、彼女にとっては簡単だと思われる授業に参加。

 授業開始時にはつまらなそうな表情を浮かべていたマナミ様だが、話は真面目に聞いており途中先生に突っ込んだ質問をしていた。

 

 その質問はうなりを上げてしまうような難解なもの。

 先生も手持ちの本を探りながらなんとか返答していた。

 内容は難しくて聞いても分からなかったが、マナミ様は先生の説明に満足そうに納得したり、さらに質問をして先生を困らせたりしていた。


 私たちには暗号のように思えた会話も、マナミさまは全て理解しているのだろう。東の国のお姫様、すごい。


 授業が終わるころには先生はクタクタ、マナミ様は生き生きとして顔を輝かせていた。


 「久しぶりに受ける授業もいいわね。意外と楽しかったわ」

 「それはよかったです」


 楽しそうに授業を受けていたマナミ様の質問の中には影魔法に関するものが多かった。

 影魔法は面白そうだし、おすすめの本を教えてもらおう。


 そうして、マナミ様が授業に参加するようになったある日のこと。

 昼休みになったので、私はアーサー様とともに食堂に向かおうとしていたのだが。


 「アーサー様、リアム様、どちらに向かわれるのです?」


 アーサー様とリアムさんは教室を出るなり、食堂とは反対方向へと歩きだしていた。


 「生徒会室だよ。会長から呼び出されていて、お昼休みに来てくれって言われたんだよね」

 「へぇ、あんたも? 私も呼び出されてるわ」

 「えっ、マナミも?」

 「ええ、副会長から生徒会室に来るように言われたのよ。セレナと一緒にね。だけど、お腹空いてたし、先にご飯を食べてからに行こうとしていたんだけど……でも、あんたが先に行くのなら、私も一緒に行くわ」

 

 どうやら会長から呼び出しを受けたのはアーサー様とリアムさんとマナミ様、セレナと、私以外の全員が呼び出されていた。


 「エレちゃんも一緒に行かない?」

 「いえ、私は呼び出されてもいませんし、お腹が空いてるので、先に食堂に行ってますね」

 「じゃあ、僕も先にご飯に――」

 「会長さんが待っていらっしゃるかもしれないので、先にそちらに行ってください。私は食堂で待ってますね」


 そうして、私はアーサー様と目を合わせることなく、ささっと1人で食堂に向かった。

 授業が終わってすぐということもあり、食堂には人だらけ。

 今日は一段とお腹が空いたし、定食3つぐらい頼もうかな。

 どの定食にしようか考えながら、私は列に並んでいると。


 「おい」


 突然横から話しかけられた。

 横を見ると、そこにいたのは見覚えのあるオレンジ色髪の男子学生。

 彼はなぜか目を細め、私をじっと睨んでいた。


 「えっと……あなたは?」

 「お前、前の婚約者の名前を忘れたのか」


 ええっと名前は確か……。


 「キ○コーマン……」

 「違う! ノーマンだ! いい加減俺の名前を覚えろ! 全くムカつくやつだな」


 ノーマンだったか。そういえばそんな名前だった気がする。

 婚約を破棄されて話す機会がなかったから、すっかり忘れていた。 

 私が名前を間違えたせいか、元婚約者さんはさらに眉間にしわを増やしていく。

 かなりご立腹されているようだ。


 それにしても、元婚約者さんが私に何の用だろう。


 「まぁいい。お前は黙ってこっちにこい」

 「えっ? えっ?」


 まだ注文をしてもいないのだけれど……。

 私はノーマンに腕を引っ張られ、食堂の中央へと連れられる。


 そこにいたのはノーマンの友人らしき人たち。

 男子学生が多いその集団の中には見知ったふんわりヘアーの赤髪の女子学生がいた。

 あれはスカーレットさん……本当に何の用なのだろう。うーん、検討がつかない。


 強制的に私の手を引っ張ってきたノーマンはスカーレットさんの近くまで行くと、パッと私から手を放す。

 そして、スカーレットさんを守るように立ち、私と彼らは向き合うように立った。


 「あの、ノーマンさん。なんの用ですか? 私はまだご飯を食べていないのですが……」


 正直お腹が空いて仕方がない。

 今にもぐっーと腹の虫の音が響きそうなくらいには腹ペコだ。

 私がそわそわしていると、ノーマンはこちらをキィッと睨んできた。


 「エレシュキガル・レイルロード! これはどういうことだ!」


 ノーマンは突然大声を上げた。

 その声を聴いた周囲の人たちの視線は自然と私たちに集まる。


 えっ?

 何? 急に大声を出して何事?


 「あの……どういうこととは? 急に問われましても、私にはさっぱり分からないのですが……」

 「とぼけるな! 僕の恋人に暴力を振るったのだろ!」

 「暴力?」


 私が…………スカーレットさんに?

 いやぁ、そんな覚えはないのだが。


 「すみません。多分誤解だと思います。私はスカーレットさんに暴力をした覚えはございません」

 「何が誤解だ! 嘘をつくな! お前はスカーレットに嫉妬して、彼女の体を痛みつけただろ!」

 「嫉妬して、ですか?」

 「そうだ!」


 そんな断言をされても……。

 私はスカーレットさんに嫉妬も何も思っていない。

 むしろ彼女が私を嫌っているのなら、私に関わらないでほしいと思ってる。

 そんなことを思っている私がわざわざ彼女に関わりにいくようなことはしない。


 「私はスカーレットさんに嫉妬はしていませんし、暴力もしておりません」

 「なぜそんな嘘をつかれるのですか……ひどいです」


 ノーマンの背後に隠れていたスカーレットさんは涙目を浮かべて、弱々しい声で言ってきた。

 女子寮で見る彼女とは態度がまるで真逆。

 すごい人ってこんなに変われるものなのか。


 「私は嘘をついておりません。スカーレットさんに暴力はおろか、自分から話しかけることもありませんでした」


 何もしていないことを丁寧に説明する。

 しかし、ノーマンが納得してくれる様子はなく、さらに眉間に皺を寄せていた。

 

 「……この魔女め。人に暴力を振るっておいて、平気で嘘をつくとは。戦に出過ぎて、気が狂ったのか」


 狂ってる……。


 確かにルイが死んでから、私は狂った。

 本来怒るべき場面でも、何もないし、全てこういうものだと受け入れてしまう。

 

 でも、嘘はついていない。

 それだけは違う。


 「証拠は……証拠はあるのでしょうか」


 私の記憶にはスカーレットさんに暴力を振るった覚えはない。

 だが、もしかしたら、私は夢遊病になっていて寝ている間にスカーレットさんの所に行って暴力を振るったという可能性は……まぁゼロではないだろう。


 その証拠でもあれば、こちらは納得する。

 きちんと謝罪して、私は病院にでも行こう。


 「これを見ろっ!」


 すると、ノーマンはスカーレットさんの腕を掴み、制服の袖をまくり上げる。

 素肌があらわになった彼女の腕には青い大きなあざがあった。

 あのあざをつけたのは私だと言いたいのだろうか。


 「お前は軍人。それなりに功績を残しているのは知っている。だが、このようにスカーレットを傷つけることは許されない!」


 と言われてもなぁ……。

 あざもスカーレットさんが暴力を受けたという証拠であり、私がしたと示すものではない。


 ああ……熱くなっているノーマンさんになんと説明すれば、落ち着いてくれるのだろう。

 私は暴力なんて振るっていないのに……。


 「まぁ酷いあざ……」

 「あんなに痛めつけるなんて人じゃないね」


 近くから聞こえてくるひそひそ話している声。

 そのほとんどの内容がスカーレットさんに同情するもの。


 ノーマンはスカーレットさんに「すまない、痛かっただろう」と声をかけると、私に近づき顔を近づけ、睨みをきかす。

 私は圧倒され、トットッと後ろへ下がった。


 「正直、俺個人としてはお前を牢獄にぶち込んでおきたい。一生出れないようにしてやりたい……でも、相手が優しいスカーレットでよかったな。彼女はお前が自主退学して二度と俺たちの前に現れないこと、俺たちが在学中スカーレットの実家で使用人として働くことを約束してくれるのなら、罪は問わないそうだ」


 自主退学と使用人……。

 

 少し前の私なら、退学は喜んで学園を去っていた。

 でも、今は違う。退学なんてしたくない。


 身に覚えのない罪で使用人も嫌だ。意味が分からない。


 私は友人みんなと勉強したい。

 友人みんなとたくさんの美味しいものを食べたい。

 友人みんなと他愛のない話をして笑いたい。

 

 ……もっとアーサー様と一緒に過ごしたい。

 

 周囲を見渡すと、みんなの視線が体に刺さる。

 どこからか聞こえてくる「退学しろ」という言葉が耳に入る。


 でも、反論できない。

 うまく声が出せない。


 「ハァ、ハァ、ハァ――」


 息が上がっていく。


 「退学しろ!」

 「魔女は学園にいらない!」

 「いじめっ子は消えて!」


 黙っていると、外野の声が大きくなっていく。

 な、なんて言えば……なんて言えば……みんな納得してくれるの……。


 「わ、私は……」


 パンっ――――。


 私が話し出そうとした瞬間、聞こえてきたのは手を叩く音。

 その音がしたのと同時に食堂がシーンと静まりかえった。


 みんなが黙った……?


 遠くから誰かがスプーンを落としたのか、カランカランと音が響く。

 コツコツと急ぎ足のような速い足音が背後から聞こえてくる。

 その足音は私に近づいてくる。


 その場にいた全員が私の背後に注目していた。

 つられて、私も後ろを振り返る。


 「…………」


 私の知る限り、彼はいつも笑顔だった。

 誰に対しても、笑みを浮かべ優しい雰囲気をまとっている。 


 でも、その時の彼の顔は極寒のごとく冷たい。

 綺麗な水色の瞳も鷹のように鋭く、私じゃない誰かを睨んでいた。


 「エレちゃんが…………退学?」


 振り向いた先にいた人。


 「ねぇ、一体君たちは何言ってるの?」


 それは怒りの感情をあらわにするアーサー様だった。

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