第24話 軍人令嬢は王子様?
私とクライドは悲鳴が聞こえた方へ走っていく。
草木をかき分け、全力ダッシュ。すると、木々がない開けた場所に出た。
そこにいたのはタコのような魔物と1人の少女。
触手が絡まる彼女の体は空高くあがっており、身動きのとれない状態だった。
「私は! 攻撃は! できないのっ!」
それでも、ツインテールの少女は必死に触手を叩いている。
ポコポコと両手で叩いていた。
「放せっ! このっ! このっ!」
あれは……マナミ様?
眼鏡にあのツインテールの髪型は確かにマナミ様のお姿。
周囲にアーサー様やセレナの姿はなく、単独行動をしていたようだ。
「クライド!」
「おうよ!」
声をかけると、クライドはタコに向かって走り出す。
こちらに気づいたタコはクライドに向かって、空いている触手を伸ばすが、彼はひょいひょいとバク宙しながら避ける。
そして、黒のレイピアでマナミ様を拘束していた触手を切った。
「落ちるっ――!!」
解放されたマナミ様は、下に落ちていく。
私は全力で走りスライディング。そして、空から落ちてくるマナミ様をお姫様だっこでキャッチ。
彼女の体は想像以上に軽く、私はすぐに立ち上がってタコから距離を取った。
「マナミ様、お怪我はありませんか」
「……」
眼鏡が大きくずらし、ぎゅっと目をつぶっているマナミ様。
声をかけるとゆっくり目を開いた。
「エレシュキガル……」
「お怪我はありませんか、マナミ様」
その問いに答えることなく、マナミ様は眼鏡をかけ直し私の目をじっと見つめる。
「あなた、王子様みたい」
「えっ」
王子様って……私が?
うーん。王子様なのはアーサー様だと思うのだが。
「物語に出てくる王子様みたいでかっこよかったわ、エレシュキガル」
「それはありがとうございます……ところでマナミ様。お怪我はありませんか。お怪我あるようでしたら、このままお運びいたしますが」
「ありがとう、でも、大丈夫よ。重いでしょうから、下ろしてちょうだい」
私はタコがこちらに襲ってこないことを確認し、マナミ様を下ろす。
よしっ、マナミ様を救出したし、これで私も戦える――――。
私も参戦しようとしたが、振り返るとクライドがタコの触手を全て切り落とし、倒していた。
「エレシュキガル、倒したぞ」
「ありがとうございます、クライド」
マナミ様とクライド、私はタコの粘液でべとべととなっていたため、水魔法と風魔法で綺麗にする。
「エレシュキガル、ありがと」
「いえ」
「クライドもありがとう」
「お、俺の名前知ってるのか、あんた」
「ええ、知ってるわよ」
マナミ様の返事にキョトンとするクライド。
数秒の間を空けて、彼はあっはっはっと嬉しそうに笑った。
「まさか東のお姫様に名前を知ってもらえれているとは。いやぁ、光栄光栄」
「あんたを知らないわけがないでしょ。この学園ではある種の有名人なんだから」
「そうなのですか?」
私は知らないのだけど。
「クライド、あなたは有名人なのですか?」
クライドに尋ねると、彼はそっぽを向いて。
「うーん。まぁそうかもな。ある意味では有名なのかもな」
と適当な返事をした。
はぁ……クライドが有名人だったとは。
私が興味がなかったというのもあるかもしれないけど、全く知らなかった。
でも、何で有名なのだろう?
軍で見たことはないし、王族でもない。
魔法がかなり使えるところから考えるに、魔導士とか魔法研究者とかなのかしら。
「……エレシュキガル、あんたはコイツのことなんて知らなくてもいいと思うわよ。あんたにはアーサーがいるし、コイツが有名なのはろくでもない理由だし」
「アーサーの女、王子様の女……うーん、人の女も悪くないな」
「そこのたらし、エレシュキガルにこれ以上寄ったら、あんたの身内に報告するわよ」
「へいへーい。寄りません、寄りません」
マナミ様がキッと睨むと、クライドは両手を挙げて、なぜか私から距離を取る。
「それにしても、あの敵本当に厄介だったわ……タコのくせに目が無くて、魔眼が効かないなんて」
「マナミ様の目は魔眼なのですか?」
「そうよ」
すごい。魔眼持ちだなんて。
軍にも何人か魔眼を持っている方がおり、彼らの活躍を見るたびにうらやましいと思った。
マナミ様も魔眼持ち……いいな、魔眼。私も欲しい。
「眼鏡さん、俺に魔眼を見せてくれよ」
「私も見たいです」
「えー」
「お願いです」
「お姫さん、お願いだ」
クライドと私はキラキラさせた瞳で訴えると、マナミ様ははぁとため息を漏らした。
「……仕方ないわね。1回だけよ」
マナミ様は右目を隠し、左目を私たちに向ける。
「じゃあ、行くわよ」
「お願いします!」
マナミ様の瞳がパッと見開く。
その瞬間、私の体が固まった。体を動かしたくても動かない。
話したくても話せない。
……おぉ、この魔眼はすごいわ。
敵の動きを封じれるじゃない。
「右目は嘘の色が分かる魔眼。左目は相手を静止させる魔眼よ。左目の方がまだうまく制御できないから、勝手に誰かを静止させることがないように眼鏡をかけてるの。別に目が悪いわけじゃない」
なるほど、それで眼鏡をされているのか。
一時して、マナミ様は魔眼の効果を解除してくれた。
「私は攻撃魔法をあまり得意としていないから、これを使う時って逃げる時ぐらいね」
「凄いです。目さえわかれば相手の行動不能にできるじゃないですか。凄いです、私も欲しいです。両方の魔眼欲しいです」
「欲しいって……魔眼持ちって分かったら、普通怖がるんじゃないの……」
「怖がりませんよ。普通に魔眼は欲しいです」
「俺もー」
すると、マナミ様は頬をポリポリかき、なぜか顔を赤らめる。
「……ふーん。魔眼を欲しいって、あなたたちは随分と変わってるのね」
そうかな?
魔眼は魔力コスト低くて便利だし、みんな欲しがるものだと思っていた。
むしろ魔眼を厄介扱いしているマナミ様の方が珍しいような。
「でも、マナミ様。なぜこんなところにおひとりで?」
途中まで彼女はアーサー様たちと一緒にいたはずだ。
戦うことは得意としないのなら、彼らと一緒にいた方がよかっただろうに。
すると、マナミ様は目を細め私を見る。
「それはあんたが1人でどっかに行くからでしょ。アーサーもセレナもリアムもあんたを探しにどっか消えちゃって、気づいたら1人になってた。みんなを探してたら、あのタコに遭遇したの」
「それはすみません……」
私が頭を下げると、マナミ様はふぅーと息をついた。
「まぁ、こうして再会できたんだしいいわ。許してあげる」
「ありがとうございます」
「それで、エレシュキガル。あんたアーサーに追跡魔法をつけていたでしょ。あいつ、どこにいるか分かる?」
「東の方向に反応があります」
「じゃあ、さっさと合流しましょ」
「はい。あ、クライドはどうします? あなたも私たちと行きますか?」
「んー、どうしよっかな」
「そういえば、クライドのチームメイトはどこにいらっしゃるのです?」
クライドが私たちと同じような活動をしているのなら、彼にもチームメイトがいるはず。
すると、遠くから「クライド! どこ行った!」という声が聞こえてきた。
複数人の声が聞こえてくるからするに、チームメイトがクライドを探しているようだ。
「あっちにいるみたいだな」
「じゃあ、あんたはあっちに合流するのね」
「ああ、ちょっとの間だったがありがとさん。また会おうな、エレシュキガル」
「はい」
そうして、クライドはチャーミングにウインクをして、仲間の声がしていた方へと消えていった。
2人でアーサー様のところに向かっていると、マナミ様はボソッと呟いた。
「あんたもあんたね、エレシュキガル」
「え?」
「人たらしだわ」
マナミ様の言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。
彼女は「あんたはそうよね。そういう子よね」と微笑んだ。
そうして、追跡魔法を確認しながら、マナミ様とともに森の中を歩いていると、アーサー様を発見。セレナとリアムさんも一緒にいた。
アーサー様はこちらに気づくと駆け寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめてきた。
「アーサー様?」
「心配したよ、エレちゃん」
「……ご迷惑をおかけしてすみません」
「うん、でも、無事でよかった」
私はアーサー様のハグから解放されたが、アーサー様は私の手を握ったまま。
離してくれなさそうだ。
「それでエレちゃんはどこに行ってたの?」
「ダンジョンにいました」
「え。ダンジョン?」
「はい。アーサー様と別れて、スライムを追っていましたが、先生のトラップに引っかかってしまって、ダンジョンに転移されました」
「え」
「その後、出口を見つけようとダンジョンを歩いていると、途中でクライドに会いまして」
「……クライド? クライドって、背が高くて黒髪で碧眼で目元にほくろある男?」
「はい、そのクライドです」
はっきり答えると、ニコニコしていたアーサー様の表情が固まった。
彼の後ろにいるセレナとリアムさんもなぜか苦笑いをしている。
……あれ? 私、何かまずいことでも言ったのだろうか?
「エレちゃん、そのクライドに何かされた?」
「いえ、特には……マナミ様と合流するまで助けてもらいました」
「それだけ? 触られたり、キスされたりとか……」
「そんなことはされていませんよ」
「じゃあ、『かわいい』とか『綺麗だ』とか言われた?」
「それは言われました」
ほんのちょっとの時間ではあるが会話を交わして、クライドは社交的な人なんだと感じた。だから、あの言葉は全て社交辞令。
私みたいな人に「かわいい」とかあんな言葉を言ってくれるのは、彼が優しいから。
あれは本音じゃないだろう。
「エレちゃん、今後はクライドに近づかないように」
「え?」
この授業が終わったら、Bクラスに行って彼のレイピアについて聞こうと思っていたのに。
「なぜですか?」
「彼は危ない人だから、かな……その、エレちゃんが食べられちゃうかもしれないんだ」
「えっ、クライドって人間を食べるのですか?」
それは衝撃だ……。
クライドが人間を食べる……そうか、そうなのか。
最初は普通の人間のように近づいて、最後には人間を食べる。
なるほど、戦闘能力が高く社交的なのはそんな理由があったのか。
なら、クライドには近づかない方がいい。
ああ……でも、レイピアのことは聞きたい。
せめて、どこで手に入れたのかだけ。
「分かりました。食べられたくはないので、彼には近づきません。ただ1度だけ会わせてください。会う時にはちゃんと『私は不味いです。食べないでください』と言いますから」
「ん?」
アーサー様は首を傾げた。
あれ? 何か違っただろうか?
「あの……クライドが人間の肉を食べるのではないのですか?」
そう言った瞬間、隣のマナミ様がプッと吹きだす。
なぜかセレナとリアムさんも口を手で押さえ顔をそっぽに向けている。
そして、正面のアーサー様は苦笑いを浮かべていた。
「あっはっはww そんなわけwないでしょww」
お腹を抱えて大笑いをするマナミ様。
私、そんなにおかしいことを言っただろうか……。
「クライドがw 人間の肉なんて食べるわけないじゃないwwww 本当に食べてたらww 彼wこの学園にいないwわよww」
「そうですか? そういう人種もいるのかと思いました」
「あっはっはww エレシュキガルww あんたマジ最高w 面白すぎwww」
そう言って、私の肩をパシパシ叩くマナミ様。
彼女は涙が出るぐらいまで爆笑していた。
笑いが収まると、マナミ様はふぅーと息をつき、身体を私に真っすぐ向ける。
「よしっ、決めた! エレシュキガル!」
「はい!」
突然名を呼ばれ私は反射的返事をすると、マナミ様はニコリと笑った。
「あんたにもあのペンダントをあげるわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます