第23話 2人は迷子

 なぜか私を敵と認識した男子生徒さん。

 彼が走り出すと同時に、私も逃げるように走り出していた。


 「逃げないで戦おうぜ! お前は俺たちと戦うために生まれてきたんだろ!」


 男子生徒さんは私のことを魔物だと思って、そんなことを叫んでくる。

 結界魔法で彼を閉じ込めたら、落ち着いて話を聞いてくれるだろうか。


 ちらりと後ろを見ると、男子生徒さんは私から距離があるにも関わらず大きくレイピアを振っていた。

 そんなところで振っても当たらないのに、彼は一体何を……。

  

 「油断はだめだぜ! お嬢さん!」

 「え?」


 不思議なことに、彼の斬撃は飛んだ。

 しかも大きく広がっていき、形を波へと変える。

 こんな場所で波を作りだすとか、あのレイピアは水魔法付与されたものかしら。

 うわぁ、気になる、とっても気になる。


 私は結界魔法でバリアを張り、向かってくる波を対処すると、男子生徒は「アハハ!」と笑った。


 「結界魔法を使ってくるとか! センセー、そんな魔物を用意してんのかよ! やるなっ!」

 「私は魔物じゃないです! 学生です!」

 「なら、証明してくれよなっ!」


 長身の男子生徒さんはまたレイピアを振り、波を作る。


 これは敵じゃないと言ったところで、信じてもらえなさそうだ。

 そう思った私は彼の方に向き立ち止まる。そして、ポケットにしまっていた懐中時計を取り出し、彼に見せた。


 この懐中時計は入学時に、学園の生徒である証明をして配布されるもの。

 校章と名前が彫ってあり、無二の品。

 これと同じものを作ろうとすれば、作ろうとした本人が特定され、学園の先生方に連絡がいくという特殊な術式が組み込まれている。


 これできっと証明できるはずだ。


 「私は敵ではありません」

 「…………名前は?」

 「1年のエレシュキガル・レイルロードです」

 「エレシュキガル・レイルロード……」


 名乗ると、男子生徒は構えていたレイピアをしまい、こちらに歩いてきた。

 

 「あんた、噂の“候補”さんだったのかよ……」


 そこでようやく彼の姿が見えた。

 背が高く細身なのはシルエットから察していたが、彼はすらりとした体付きだった。

 艶やかな黒の短い髪で青色の瞳。足も長い。

 どこか妖艶さを醸し出す彼の目元にはほくろがあった。

 とても端正な顔の人だった。


 このイケメンさん、どこかで見たことあるような……。

 彼は私と目が合うと、柔らかく微笑んだ。


 「あんた、随分とかわいいらしい顔してるな」

 「え?」


 この人は何を言っているのだろう……。

 すると、男子生徒さんは私の顔をまじまじと見始める。

 うぅ……そんなに顔を見ないでほしいのだけど……。


 「うーん。かわいいと言うよりも綺麗なタイプか……あんたもここに転移させられたのか?」

 「はい」

 「出口は分かるか?」

 「いえ、分かりません」

 「迷子?」

 「はい、あなたもですか?」

 「うん、俺も迷子」


 相手も同じことを考えていたみたいで、はぁとため息を漏らしていた。


 「ところであなたは?」

 「俺? 俺は1年Bクラスのクライド。さっきはすまなかったな……あんたが魔物だと勘違いしちまって」

 「いえ」


 すると、クライドさんはパッと右手を差し出してきた。

 これは握手を求められているのか。

 そう察した私は右手を出し、クライドさんと握手を交わした。 

 

 「迷子同士よろしくってことで」

 「はい、よろしくお願いします、クライドさん」

 「敬称はいらねーよ」

 「では、クライド」

 「おうよ」

 「私の方も敬称はいりません」

 「おっけー。エレシュキガル」

 

 すると、クライドはくるりと翻し歩き出す。

 

 「あの……どこへ行かれるのです?」

 「え? そりゃあ、出口」

 「出口がある場所を知っているのですか?」

 「いや? とりあえず上の階に上がる階段ないかなって探している感じ」

 「やみくもに歩いても、見つかりません。時間もかかります」

 「えー? そうか? 適当に進んでりゃ、帰れるだろ」

 「そうかもしれませんが、時間がかかります」

 「じゃあ、どうするんだ? あんたが天井に穴を開けてみるか?」

 「はい、分かりました」

 「…………え?」


 そういうと、クライドは突然足を止める。そして、こちらを凝視していた。

 もしや今の返答が聞こえていなかったのだろうか?


 「今から、この天井に穴を開けます。私もクライドの意見は合理的でよいかと思います。理由は時間短縮です。出口がない可能性がある以上、出口を作った方がこのダンジョンから脱出できるでしょう」


 セレナやリアムさんがいるとはいえ、こうして、私がもたもたしている間にも殿下が一大事になっているかもれない……急がなければ。


 「いや、俺は穴を開ける理由を知りたいわけじゃねーんだよ……お前、この天井に穴を開けるとかできんの? 地下何メートルかも分からないのに?」

 「はい。やれと言われればできます」


 そう言うと、クライドさんは目をキラキラと輝かせ、口角を上げる。


 「へぇ。面白そうだから、やってみようぜ」

 「はい」

 「あ。あんたって撃った後って魔力切れとかはしねーよな?」

 「はい。大丈夫です」

 「おっけー。じゃあ、俺は離れてみてるわ」

 「了解しました」


 そうして、クライドさんは私から離れた場所に移動。

 彼が離れたことを確認し、私は大杖を両手で持ち、構える。

 がれきが落ちてくるから、結界魔法も同時に展開させた。


 「ルナリスグレア!」


 唱えると、私の目の前の地面が光り、光線がまっすぐ天井に飛んでいく。

 うん、これでバリアを張っておけば、地上まで穴が開くだろう。


 「ん?」


 光線は確かに天井に当たった。

 しかし、貫くことはなく、当たって消滅。

 魔法が無効化された時のような光線の消え方だった。

 穴が開かなかった天井を見つめていると、隣にクライドさんがやってきていた。


 「どーしたんだ? 威力足りなかったのか?」

 「いえ、そんなことはないと思います。あれだけ威力を高めれば、地上まで繋がる穴ができるはずだったのですが……」

 「無効化されたのか」

 「はい。そのようです」

 

 天井が魔法無効化効果を持つのなら、ダンジョン全体に無効化されていると考えていいだろう。

 試しに床に魔法を打ってみても、同じように消滅した。


 「これは自力で出口を見つけるしかねーな」

 「そのようですね。風を確認しながら、出口を探しましょう」

 「りょーかーい」


 そうして、歩いていると開けた場所に出た。

 天井は3階分ぐらいの高さで広く、部屋の一番奥にはダンジョンの出口と思われる階段が見えた。

 しかし、その階段の前には。

 

 「敵がいるな」

 「はい」


 階段の前には大きなトロールがいた。

 体長は2m以上あるそのトロールは幸いにも眠っている。

 きっと彼の近くには出口があるのだろう道があった。


 忍び足でいけば、出口に向かえるかもしれない。

 私は自分とクライドに隠密系魔法を付与する。

 これで足音は聞こえないし、気配も感じないだろう。


 ――――――と思って出口に向かおうとしたが。


 「エレシュキガル・レイルロード……エレシュキガル・レイルロード、ノニオイガスル!」

 「え」

 「エレシュキガル! エレシュキガル! エレシュキガル! ブッコロス!」

 「うわ、マジかよ」


 トロールは私たちに気づいたのか、急に雄叫び上げ、元気よく立ち上がった。

 うそ。私の臭いで分かったの?

 

 「エレシュキガル、あれどういうことだ? あのトロール、あんたを知っているみたいだが、知り合いとかなのか?」

 「いえ、知り合いではないです」


 この森には何度か入ったことはあるが、こんなトロールと遭遇したことはない。

 しかも話すトロールは魔王軍と交戦したトロールしかいなかったはず。

 すると、隣のクライドは黒のレイピアを構える。


 「こうなったら、倒すしかないな……俺が先制する。エレシュキガルは援護よろしく」

 「了解しました」


 クライドは腰を下げ一気に敵に向かって駆けていく。

 私はその間に氷魔法で、氷塊を何発か打ち込んだ。

 それと同時にクライドの短剣に毒魔法を付与。

 離れたところにいた彼だが、うまく付与することができた。

 

 トロールはクライドではなく、私の方へ走ってくる。

 今の私は援護だから、こちらに注目してくれるのはいいかも。


 しかし、クライドがトロールに攻撃を入れると、トロールの注目はクライドに移る。トロールは持っていた棍棒をバンっと地面に向かって振った。


 「うっほー! あっぶねー!」


 クライドはその攻撃を側転しながら、ギリギリのところで避けた。

 トロールは諦めずクライドを棍棒で叩こうとするが、クライドは楽し気に回避。

 彼は難なく避けているが、このままだと攻撃できない。


 私は水魔法で、トロールの顔に水をぶっかける。

 すると、トロールの注目は私に戻り、追いかけを再開。

 私は部屋の入り口に全力ダッシュで戻る。

 

 入り口までくると、私はトロールに向き直る。

 そして、大杖を振ってトロールの足元に小さな岩を形成。

 トロールはその岩に足を引っ掛け、綺麗につまずいた。


 そして、トロールの体制が崩れた瞬間、クライドは大きくジャンプ。トロールの首に斬撃を入れた。

 綺麗に斬撃が入り、トロールの首は切れ、ゴロゴロと地面に転ぶ。

 体は数秒はジタバタしていたが、力尽きると膝から崩れ落ち、塵となって消えていった。


 「なかなかの腕前ですね、クライド」

 「そういうあんたこそ。ご令嬢とは思えない走りっぷりだったな」

 「私は軍人ですので。普通のご令嬢はどうかは知りませんが、私は全力ダッシュぐらいは普通にしますよ」

 「ああ、そういえばそうだったな」


 そう返事をして、クライドは先に出口の方へ歩き出す。


 先ほどから気になっていた。

 クライドはまるで私のことを知っているかのように話す。

 私とクライドは今まで話したことも接触したこともなかったのに。

 それに、顔を合わせてすぐに、彼は私のことを“候補”だとかなんとか呼んでいた。


 「どうした、エレシュキガル。突然立ち止まって」

 「あの……クライドは私のことを知っているのですか?」

 「ああ、あんたの話は身内から聞いてるぜ」


 なるほど、身内か。

 もしや、クライドのご家族には軍の関係者がいらっしゃるのだろうか。


 「それにしても、なんで俺たちをこんな所に転移させたんだろうな」

 「うーん……先生方は『このようなトラップもあるから、引っかからないように注意しなさい』ってことを教えたかったのではないでしょうか」

 「なるほど、そういうことか。エレシュキガル、あんたがトラップを回避するなら、どうやってするんだ?」

 「裸眼での魔法陣確認と魔法陣探知ですね」

 「魔法陣探知……Ⅵの魔法か」


 魔法の難易度はⅠ~Ⅹに分けられ、数字が大きいほど、難易度が高くなる。

 魔法陣探知はⅥ。学園卒業生が使える魔法の最高位がⅤであることを踏まえると、高難易度に分類される魔法となる。 

 仕組みとしては用意なのだが、展開方法が難しく、難易度はⅥに設定されている。


 「あとは魔力消費量が多いですが、魔力探知でしょうか」

 「魔力探知か。それならできそうだな」

 

 そうして、出口に向かって歩いていると、階段が見えてきた。登った先から外の光が差し込んでいる。


 「この階段を上れば、やっと出れるのか」

 「油断は禁物ですよ」

 「おう」

 

 だが、何事も起こることなく無事階段を上り切り、私たちは外へと出た。

 空はまだ青く、太陽はまだ顔を出している。

 時間はそんなに経っていないようね。よかった。

 

 「エレシュキガル。あんた、これからどうするつもりだ?」

 「チームメイトと合流しようと思います」

 「俺も途中までいいか?」

 「はい、構いません」


 そうして、クライドともにアーサー様のところへと歩き出そうとした瞬間。


 「キャ――――!!」


 遠くから聞こえてきたのは甲高い悲鳴。

 「誰か助けてよ!」という声も聞こえてくる。


 「あれは女の子の声だな」

 「助けに行きますか?」


 私の問いに、クライドはコクリと頷く。

 そうして、私たちは叫び声が聞こえた方へと走りだした。

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