第61話 熱?
出場種目が決まった翌日、私とギルは放課後にアーチェリーの練習をしていた。
指導はセレナ。アーチェリー専用の訓練場には私たち以外にも他クラスの子がいたが、練習場所は確保できた。他の種目に出場する子たちは別のエリアで特訓。
リレーのアーサー様は競技場でバトン渡しの練習らしい。
別々の場所で練習し放課後会うことが減り、練習中にたまにアーサー様がいらっしゃることもあったが、基本的に練習は私とギルとセレナの3人。
ギルと一緒ではあるが、2人きりにはなっていないので、アーサー様の約束は守れているだろう。
約束って何の意味があるのかまだ理解できないけど……………。
「うーん、全然上手くいかないわね……………」
セレナの指導通り構え、的の中心を狙ったのだが、矢は的に当たることなく地に落ちた。
……………こんなにアーチェリーって難しかっただろうか。経験したのが遠い昔すぎて感覚がつかめない。
照準を合わせようとするが、手が震えて仕方がない。ようやく合ったと思い、手を離した瞬間、ずれて地に刺さる。それの繰り返しだった。
成長が早いギルはあっという間に技術をつけ、現在5回連続で的に命中。さすが天才児。
「先輩はコツを掴んだら、天才並みに伸びるんで大丈夫です」
「アルスターさんの言う通りですわ。エレシュキガルにも不得意はあります。そう落ち込まないでくださいませ」
全く伸びず落ち込んでいた私に、そうギルとセレナがフォローをしてくれた。
だが、このままだとクラスに迷惑をかけてしまう。0点なんて嫌だ。
放課後だけでは足りないと思い、私はまた早起きをして1人練習。
今まで使ってこなかった筋肉を使ったせいで筋肉痛がある。
でも、時間も無限にあるわけじゃないし、早く戦力になれるようにならないと。
練習し始めて1時間、朝日が出始めた頃。
「エレちゃん」
私を呼ぶ声が後ろからした。振り返ると、笑顔のアーサー様が手を振っていた。
「アーサー様」
「朝から頑張ってるね。無理はしてない?」
「はい。ちゃんと寝てます。昨日は早く寝ました」
「そっか。よかった」
アーサー様は私の元まで歩いてくると、ポンポンと頭を撫でる。見上げると、アーサー様の優しい笑みがあった。
いつもよりなんか嬉しそう……………久しぶりの2人きりだからだろうか?
「それでエレちゃんはなぜ朝から練習を? 放課後にも毎日練習してるよね?」
「はい。でも、全然当たらなくって」
矢が当たらなさ過ぎて、正直魔法で当てた方が早いんじゃないかと思えてきている。
「そっか。じゃあ、一緒に練習してみよっか」
「はい」
そう言うと、アーサー様は私に寄り添うように立つ。そして、弓と矢を持つ私の手を優しく握った。アーサー様の手は大きく、私の手を全部包み込んでいた。
「エレちゃんならできるよ。まずは一旦落ち着いて、深呼吸」
「はい」
アーサー様の言われた通り、目を閉じ深く深呼吸する。
好きな人が近くにいることもあって、心拍数は上がってる気がする。だが、何度も深く呼吸するうちに脈も落ちた。
「セレナにも言われたと思うけど、矢は飛んでいるうちに風の影響を受けるから、それを考慮して角度をつけて」
「はい」
幸い今は風はない。矢は重力がかかり下へと落ちていくので、少しだけ上へ角度をつけた。
「うん、エレちゃんなら大丈夫。できるよ」
優しく声をかけるアーサー様。彼ができるというのなら、できるのだろう。
私は彼を信じて、手を離す。
矢は若干弧を描いて的へと飛び、そして……………。
「あっ!」
綺麗に的へと命中。ど真ん中ではなかったものの、矢が的に刺さっていた。
あまりに嬉しさにアーサー様を見ると、彼も自分のことのように嬉んでいた。
「よかったね」
「はい! アーサー様のおかげです」
「いいや、エレちゃんが頑張ったからだよ。エレちゃん、コツを掴んでしまえばあっという間にできるからね。落ち着いてやれば、どんな場所でも的に当たるさ」
でも、今はアーサー様の支えがあったからできた。まだ1人ではできてない。
じゃあ、今度は1人で――――。
と思い練習を続けようとしたが、チャイムが鳴ったので朝の練習を切り上げた。そのままアーサー様とともに教室へと向かった。
アーサー様のアドバイスをもらったおかげだろうか、今日はなんかできそうな気がする。不思議とポジティブな感情が湧きだしていた。
放課後はいつも通りギルとセレナの3人で練習。
ギルは手の調子が悪いということで見学になった。セレナとギルが見守る中、私は弓と矢を持ち構える。
落ち着いて深呼吸っと……………。
すぅっ——と息を吸いこみ、ゆっくり吐きだす。脈が落ち着いたと感じると、50m離れた的へ集中した。
大丈夫。できるわ……………。
風を読み角度をつけ、手の震えをぐっと堪え、そして矢から手を離す。放たれた矢は真っすぐ飛び。
「!!」
朝と同じように綺麗に命中。しかもど真ん中に刺さっていた。それを確認したと同時に、こみ上げてくるのは喜びの感情。
……………やった、やっと的に命中した!
「当たった! 当たりました! セレナ!」
「ええ! 見てましたわ! でかしましたわ! エレシュキガル!」
他のクラスの子がどんどんできている所を横で見ていて、焦りがあった。魔法も体術もできるのに、なぜアーチェリーができないのか、夜眠れないこともあった。
だからこそ、嬉しくって仕方がなかった。
「ねぇ! ギル、今の見た!? 的にね! キレイに当たったの!」
あまりの嬉しさにギルの手を握って笑って、喜びを伝える。
ずっとできなかったことができた瞬間に感じる、その達成感。その感動を伝えるべく、私はギルに必死に嬉しさを伝えた。
「私ようやく戦力になれるの、よ……………?」
だけど、ギルに笑顔はなくって、ただただ呆然としていた。星彩を放つ琥珀の瞳には覗き込む私が映っていた。
「ギル?」
「…………」
声をかけても、私をじっと見つめたまま。何か話す様子はない。
ど、どうしたのかしら……………?
「ねぇ、どうしたの? ギル、何か喋って?」
そう声をかけて、ようやくそこでギルが我に返ったようにハッと息を飲む。動揺しているのか、ギルのはちみつ色の瞳は左右に揺れていた。
もしかして、ギルって手だけじゃなくって、体の調子も悪いんじゃないかしら?
学園に来て2週間は経ったから慣れたのかなと思ったけど、環境変化は多かれ少なかれストレスを与えるもの。
ギルも疲れが出てきたのかもしれない。熱がないか確かめなきゃ……………。
私は自分の額に手を置き、ギルの額に手を置いて熱がないか確かめる。
「な、な、な、何するんですか! 先輩!」
「え?」
すると、ギルの頬は真っ赤になって、距離を取るように私の体を押す。
顔を逸らされたものの、彼の耳もリンゴのように真っ赤。
こ、これはやっぱり熱があるのでは? 手の調子が悪いのもそのせいでは!?
「ち、調子はいいです! 体調も万全ですよ!」
「な、ならなぜ、そんなに顔が赤いの? やっぱり熱があるんじゃ――――」
「熱なんてないです! ち、ちょっと1人にさせてください!」
顔真っ赤のギルはそう言って、訓練場からどこへと消えた。
周囲の人たちも一部始終を見ていたのか、こちらに目を剥けてそわそわと騒いでいる。
でも、それどころじゃない。あの冷静沈着のギルが動揺するなんて、今までになかったこと。
――――もしかして、ギル怒った?
怒りのあまり顔が赤くなって、私が怒っていることに気づかないから、諦めてどっか行ったの?
「え? なんで?」
悪いことは……してないはずだ。さっきまで怒った様子もなかったし、ギルの反感を買うようなことはしなかったはず…………。
「いや、してるのかも……………?」
もしかして、私1回命中させただけで調子に乗り過ぎた? 喜び過ぎた?
ギルはもう10回連続でしかも同じ場所へ命中させるぐらい精度を上げている。そんな中、先輩がようやく的へ当てて、大喜びするなど呆れたのかもしれない。
当人がいなくなった今、聞くことはできず、私は立ち尽くしていた。
近くにいたセレナは「エレシュキガルってば鈍感ですわね………」となぜか呆れた顔で深いため息をこぼしていた。
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