第60話 子犬みたい
「エレ先輩、おはようございます」
騒動があった翌朝、無事制服を身にまとった後輩ギルバートを目の前にし、絶句していた。
学園に通う生徒のほとんどが貴族であり、通っている平民も金持ちの家の子が多い。
だが、ギルバートは平民出身。経済的厳しいのと自身が魔法を使用できたことから、軍に入ったという経緯がある。
だから、ギルが学園に通うこと自体できないと思っていたのだけど………。
『学費ですか? ああ、貯金でなんとかしようと思っていたのですが、奨学金を出すと言われまして……ええ、学園と軍の両方から出資するとのことです』
と言っていたので、経済的な心配はないらしい。
だけど、だけど……………。
「ギル、同じクラスになったのね」
「はい。俺、エレ先輩以外に知り合いはいませんって話したら、先生が気を使ってくれたみたいです」
寮前で待っていた彼とアーサー様とともに教室に向かえば、ギルも入ってきたのだ。確かに平民のギルバートには学園に知り合いはいないだろうし、私と同じクラスなのは必然だろうけど……………。
「ねぇ、距離が近くない? もう少し離れてくれる? 2メートルぐらい」
「申し訳ございません。それに関しては殿下の頼みと言えどできません。授業中、俺が理解でき内容があった際に、エレ先輩に教えていただきたいので」
「マナミなら全部教えてくれるから、前に座るといいよ」
笑顔でアーサー様はそう提案するが、手前に座るマナミ様が嫌そうに首を横に振った。
そう。私の右隣にはアーサー様が、左にはギルが座っていた。以前までは左にはマナミ様が座っていたのだが、最近はブリジット様と話すことが多くなり、私たちの前の席に行くことが多くなった。
だから、左は空いていたといえば、空いていたのだけど………。
なぜか2人は事あるごとに火花を散らしており、アーサー様は再々ギルに前の席を勧めていた。
あと、いつも以上にアーサー様との距離が近い………気がする。近くにいてくれるのは嬉しいけど、ドキドキして集中できないかも………。
「遠慮するわ。知り合い同士なら、気楽に聞けるエレシュキガルの方がいいでしょ」
だが、アーサー様の提案をマナミ様は一蹴。
それに目を細めるアーサー様に、マナミ様はなぜか笑っていた。
結局、ギルは図書館でも勉強も特訓も寮で過ごす時間以外、どこにでもついてきた。
『2人きりにならないでね』
アーサー様の言われた通り、彼がいない時はマナミ様やブリジット、セレナやリアムさんの誰かいてもらうようにした。
だが、アーサー様の嫌な予感がいまいち分からない。
別に2人になっても大丈夫だと思う。
「エレ先輩、ここのどこが良いのですか? 軍以上の魅力があるとは思えないのですが」
私とギル、ブリジットの3人で図書館で自主学習していた時だった。
ギルは眉をひそめながら、理解ができないとも言いたげに聞いてきた。
「エレ先輩には目標があるじゃないですか」
「ええ、そうね」
「ですが、ここだとその目標も達成できません。もし、能力を向上させるためにここにいるのなら……それだけのためだったら、軍でもいいじゃないですか」
確かにあちらの方が戦場を知っているものが多く、実践向きではある。
でも――――。
「私は卒業してから軍に戻るわ」
卒業するまでは学園で過ごす。その考えは変わらない。
やっと思い合えたアーサー様と色んなことを経験してみたい。
大星祭、学園祭などのイベントごとはもちろん、デートだってしたい……………。
だけど、今軍に行ってしまえばそれは叶わなくなる。一旦軍に行けばアーサー様には気軽には会えなくなる。
「目標は諦めたわけじゃないの……お母様の仇は絶対取るし、南の平和も取り戻す。もし、どうしも私が出ないといけないとなれば臨時的に出撃するし………魔王城に攻め込むようであれば長期になっても出るわ」
「…………」
「だから、それまではここにいさせて……………」
懇願するように訴えると、ギルの視線は一瞬沈む。でも、すぐに顔を上げた。
「エレ先輩はここで過ごす方が楽しんですか?」
「ええ、毎日が輝いてるわ。あ、軍ももちろん楽しいのよ? でも、ここも好きなの」
だって、何よりも大好きなアーサー様がいらっしゃるから。
「そうですか……………」
その問い以降、ギルは私に問い詰めることなく、軍に戻ろうと勧めることもなく。
編入したため大量に出された課題を黙々とこなしていった。
これは納得してくれた……のかな?
さすが、私の後輩。ギルはいい子だし有能だから、やはり理解も早い。
経済面で問題ないのなら、彼も召集がかかるまで
もしかすれば、何か楽しみに、いい人に出会うかもしれない。
そしたら、家族を亡くした痛みも……きっと……………。
せっせと課題に取り組むギルを前に、私は彼の未来を静かに想像していた。
★★★★★★★★★
大星祭――――それは学園の各クラス対抗の体育祭。
「え、結界魔法は禁止……………?」
「まぁあれは最強だし、仕方がないわよね」
そのルールを読み上げた私に、マナミ様が笑って答えた。
魔法戦なら余裕で勝てそうと意気込んでいたのだが、ルールブックを見てすぐに目に入ったのは「結界魔法禁止」の文字。
実質私とアーサー様しか結界魔法を使えないので、私たちだけに課せられた規則だった。
自身にかける防御魔法はありだけど、結界魔法なし、ね。
なるほど、守ってないで火力でゴリ押せと……………。
結界魔法は元々多くの魔力リソースを必要とするため、それがなくなれば全部攻撃魔法へ回せる。その分火力は出せる。
「結界魔法がなくても、全然いけそうね……………」
出場種目の選手は生徒で決めていいらしく、放課後にクラス全員で決めていた。
種目は先ほどルールブックに記載されていた魔法戦、クラス対抗リレー、借り物競争、水泳、迷路脱出など様々……………。
先生から説明を受けて、普段から訓練している私にとってはどれも楽しそうに見えたのだが、マナミ様終始大きなため息をつかれていた。
説明終了後は、クラス委員長を中心として、相談しながら出場種目を決めていく。
私のクラスは意外にも熱く、みんな本気で勝ちに行く。
私としてもやるのであれば勝ちたい。精一杯頑張ろう。
「迷路脱出と魔法戦とアーチェリーです。アーサー様は?」
「僕は魔法戦とクラス対抗リレーだよ」
アーサー様は委員長に途中で呼び出されたようだが、なるほどクラス対抗リレーに出ないか誘われていたのか。
アーサー様は足が速いだろうし、委員長の抜擢は間違いないだろう。
「でも、エレちゃんもリレーに出てほしかったな」
アーサー様はなぜか悲しそうな顔をしてこぼした。
もし彼に耳があったら、ペコっと折れていそう………そういうところも子犬みたいで可愛い。
でも、私がリレーに出てもね…………。
女子で出場する子は陸上部の人だし、足が速いのは間違いない。
私よりも彼女たちの方が出場してくれた方が勝ちに近づくだろう。
「先でエレちゃんが待ってくれたら、僕1秒で走れるだろうから」
「うふふ、1秒だなんてご冗談を」
「ほんとだよ」
リレーにも私の名前は上がっていたが、アーチェリーが得意じゃない人の方が多かったようで、経験がある私が出場することになった。
因みにアーチェリーにはセレナも出場することになっている。セレナはお父様と狩りに行く際に使用しているらしく、アーチェリーはお手の物。
「私が出るからにはパーフェクトを取ってあげますわ」
と言ってくれていたので、とても頼もしい。
「俺もアーチェリーですね」
また、ギルも同じアーチェリーだったようで。
「じゃあ、一緒に練習しましょうか。セレナ、練習につきあっていただけませんか」
「もちろん、構いませんわ。私が指導につくからにはビシバシと行きますわよ」
セレナ先生のご指導の元、2人で特訓することになった。
私もギルも弓を使ったことはあるけど、弓を使うより魔法を使った方が楽だったから、経験回数としては少ない。
でも、出場するからには絶対勝つ。みんなのためにも負けない。
それにアーサー様にがっかりさせたくない。
「頑張ろうね、ギル」
「はい」
アーサー様がセレナに目くばせをしていたことに気づくこともなく、私はギルとともにセレナのように弓使いになると気合を入れていた。
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