第62話 お仕置き

 最近、ギルがどうにもそっけない。


 私が1人で的を当ててからというものの、話しかけてもギルは適当な返事しか返さないのだ。

 なぜかセレナには「これ以上彼をいじめないであげてくださいませ」と言ってくる。いじめてなんかいない。私は心配しているだけなのに……………これは本当にギルに呆れたのかもしれない。


 ああ、そうだ。練習しっぱなしだったし、息抜きにお茶にでも誘おう。

 そこでちゃんと謝って、それでも許してくれないようだったら、何をすれば許してくれるのか聞こう。


 そうして、私はギルとお茶会をすることにした。他の人も呼ぼうと思ったが、ギルが気軽に話をするのは難しいかもしれない。そう考え、準備するのは2人分だけ。


 2人きりにはなるなと言われたけど、サロンでお茶をするだけだし、他の学生もいるから、2人きり・・ではない。まぁ、2人きりになったところで、危ないことが起きるとは到底思えないけど。


 ギルとお茶をすると決めて数日後の放課後。

 その日の練習は休みと言うことで、私はさっそくギルにサロンでお茶をしないかと誘った。最初は何か悩んでいたようだが、一時してOKをもらえた。

 今日は自分でお菓子を作ってみたし、いいお茶も用意した。準備万端ね。


「はい。今日は私がお菓子を作ってみたの。食べてね」

「え、先輩が料理とか夢か何かですか?」

「なっ」


 サロンに行き、いつもの席でお茶とお菓子を用意すると、ギルは瞳を細そめ、警戒した。どうやら私がまともな料理を作ることが信じられないようだ。


「失礼な………私だって料理ぐらいできるわ」

「何度俺を奇絶させたか覚えてます?」

「…………」


 確かに軍にいた頃に、料理をすることは何度かあった。ルイがいなく後も数回。

 その度に犠牲者が出て、ギルも私の料理の犠牲になったのを覚えてる。


「で、でも! 今は食べられるものを作ったわ! 味も大丈夫よ!」


 今日のお菓子はプレーンのバームクーヘン。

 いつもより手間と時間をかけた逸品だ。

 見た目も可愛くできたし、味見もしたので味の保証はできる。私の舌を信じれば。


 もちろん、チョコ味が好きだというアーサー様のためのバームクーヘンも作ってある。今日は用事があるのようなので、明日渡すつもりだ。


「…………食べられるもの、ですか…………」


 うぅ………それは信じてない目ね……………。

 見た目には騙されないとでも言いたげに、ギルはバームクーヘンを睨みつけていた。


「一口だけ食べてみて? お願い」

「…………」


 そう促すと、ギルは恐る恐る手に取り、口に入れた。


「…………」


 もぐもぐするギルは、細った瞳を徐々に開いていき、信じられなそうにもう1つ手に取り食べた。以前の私の料理なら、口に入れた瞬間、吹き出すのが通例だった。でも、今の所吐きだしてはない。食べれるものではあるようだ。


「味はどう?」

「……美味しいですよ」

「ほ、ほんと!?」

「ええ。本当に先輩が作ったのですか?」

「うん! 私が1人で作ったの」


誇らしげに言うと、ギルは一瞬笑って、でもすぐに影を落とす。


「料理をするようになったのは…………殿下のためですか?」

「うん。いつもアーサー様に作ってもらってばかりだったから、自分でも頑張って作ってみようと思って」

「そうですか………」


 小さく答えると、ギルはどこか悲し気な表情を浮かべた。やはり私が料理をしていることが信じられないのだろうか。

 

「それで先輩。なぜ急にお茶をしようと思ったんです?」

「それはちょっと気になったことがありまして」

「気になること…………軍のこととかですか?」

「いや、そのことじゃないの。大した用事じゃないんだけど、ギルが最近そっけないな………と思って」

「ブ――――っ!?」


 突如、飲んでいた紅茶を吹き出すギル。すぐに私はハンカチをポケットから取り出し渡す。それを受け取ったギルは申し訳なさそうに口元を拭いた。


「ゴホッゴホッ…………」

「ギル!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫です。立ち上がらなくても大丈夫ですから!」


 むせて激しい咳をしていたため、心配になって私は立ち上がったが、ギルが手で制止させた。


「それで、ギルはなんで私を避けるの? 私が調子に乗ったせい? 呆れた?」

「? 呆れるわけないじゃないですか。俺は先輩のことをずっと尊敬しているんですよ。調子に乗ったから呆れる、そんなこと俺が思うわけじゃないですか」

「ん? じゃあ、じゃあ、なんで最近のギルはそっけなかったの?」

「そ、それは………」


 ギルは一瞬下に俯き、視線が落ちる。はちみつ色の瞳はどこか迷いがあるように見えた。


「何か困り事があるのなら、遠慮なく私に相談して? 私が力になれる確信はないけど、他の人だっているし」

「いえ、相談事はありません」

「長い付き合いでしょ? 遠慮なんて本当にいらないからね?」

「…………」


 上げていた視線を再度落とし、熟考するギル。だが、一時して、顔を上げ真っすぐ私を見つめた。

 彩光を放つ蜂蜜色の眩しい瞳は私を捕えていた。


 おおっ! これは悩み事を話してくれるのでは!?


 よしっ! 先輩らしく後輩の悩みを解決してあげよう。

 と瞳を輝かせ、ギルが話し始めるのをじっと待つ。


「先輩」

「ん、なあに?」

「俺って、もしかしたら先輩のことが――――」

「あれ? エレちゃん、誰とお茶してるの?」


 ギルの悩みを聞いている途中で、背後から聞こえてきたのはものすごーく知っている美声。

 

「あはは、エレちゃんって約束を破るのが好きだねー♪」


 ゆっくり後ろを振り返る。すると、そこには金髪をきらめかせ、眩しい笑顔を浮かべるアーサー様がいた。


「ア、アーサー様、ご、ごきげんよう」

「ごきげんよう、エレちゃん」

「……………ア、アーサー様がサロンにいらっしゃるとはびっくりです。今日は王城の仕事で、お帰りにならないのでは………?」

「そうだったんだけど、エレちゃんが恋しくなって早く仕事を終わらせて帰ってきたんだー♪」


 いつになく明るい声のアーサー様。


「でも、エレちゃんが男と2人でお茶とはー♪ 僕がいないの分かってて後輩くんとお茶していたんだねー♪ がっかりだよー♪」


 だけど、それがどこか不気味に感じて、嫌な予感がして。


「なんでエレちゃん、そんな悪い子になっちゃったのかなー♪」


 笑顔だけど、全然目が笑っていないことに気づく。

 ……………こ、これはアーサー様を怒らせた?


 言い訳はできない。約束を私が悪い。

 で、でも、ギルとお茶をしたかったし、だいたい2人きりになったところで何か起こることもあるまい。


「アーサー様、こ、これには深い事情がありまして……………」


 そう。ギルの悩み事次第では深い事情となる。

 アーサー様はにっこにこの笑顔のまま、ギルの方へ顔を向けた。


「じゃ、アルスターくん、ちょっとエレちゃんを借りるね」

「アーサー様、ここで事情について説明いたしますので、どうか私の話を…………」

「ちょっーと2人きりで話したいことがあるからさ♪」


 不気味なアーサー様に、ギルも圧倒されてかコクリと頷いた。

 ま、まずい。これは非常にまずい。


 だが、私はアーサー様に強制的に手を引かれ、サロンの外へ出ていく。

 人の少ない中庭まで来ると、ようやくアーサー様の足が止まった。


「ねぇ、エレちゃん。君は本当に僕を困らせるのが好きみたいだね」

「いえ、好きではありません……」


 アーサー様を困らせることなんてしたくない。ただ今回のことはギルの挙動がおかしくて心配していたから、もし困り事を聞こうとしていただけ。


「クライドの時のこともそうだけど、エレちゃんは自分がどれだけ魅力的か理解してる?」


だが、私の話を聞いてくれそうにない。


「約束を破る悪いエレちゃんには一回お仕置きが必要かな?」

「っ……………」


 怒られる――――。

 とぎゅっと目をつぶった瞬間、後頭部に手を添えられ、唇に温かく柔らかな物が触れた。


「!?」


 この前の優しいキスとは違う。何度も何度も迫られ、角度を変える度に深いキス。


「待っ、て…………あっ、さ………さまっ………んっ」


 息ができなくなるほど激しく、逃げ道はなく、されるがまま。耳も優しく触れられ、もうどうにかなりそうだった。

 ようやく解放された頃には意識がとろけそうになっていた。


「はぁ………はぁ、ぁ………はぁ………」

「ああ、顔を真っ赤にして…………かわいいな、エレちゃんは」


 瞼を開き顔を上げると、柔らかく微笑むアーサー様と視線が絡む。


「エレちゃんは僕の婚約者だからね。他の男と2人きりになるなんてダメだよ?」

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