第6話 普通の令嬢であったなら
スカーレットさんから忠告を受けた次の日の朝。
私は教室にいる人たちから注目を受けていた。
厳密には私とアーサー王子だが、私はクラスの子全員から目を向けているのを感じた。
ちらりと目をやると、ほとんどの人が『コイツ、何を言っているんだ』とでも言いたげな顔をしている。
それもそう。
私はこんなことを言ったのだから。
「無礼を承知で申し上げます。殿下、今後私と関わらないでください」
教室に来たばかりのアーサー王子に、私はそう伝えた。
失礼なことを言っているのは分かっていた。
でも、こういうのはしっかりと言っておかなければいけない。
案の定、彼は驚き目を丸くしていた。
「エレちゃん、急にどうしたの?」
「最近の私は少し浮かれていました。ですが、私は軍人で殿下は王族です。立場をわきまえなければなりません」
「エレちゃんは軍人さんだけど、その前に公爵家の人間だよ」
「それなら尚更です」
しかし、アーサー王子は釈然としない様子。
私の提案に納得してはないようだった。
「公爵家と王族が関わるのは普通だと思うよ。お互い仲良くなって損はないと思うのだけれど」
「…………」
確かに、つながりは大切なのかもしれない。
それは私がただの公爵令嬢であった場合にのみ。
聞いた話だと、この学園には私と同じ公爵のラストナイト家のご令嬢もいらっしゃるという。
さらにアーサー王子と彼女が婚約するという噂もあった。
もしそれが真実であるのならば、アーサー王子は将来軍に戻る私よりも、婚約者となる彼女と関わるべきだろう。
そう説明するが、アーサー王子は「エレちゃんと仲良くしたい」の一点張り。
彼が納得してくれる様子はなかった。
私はふぅと息をつき、そして、アーサー王子を真っすぐ見る。
……言うしかないのか。
「私は殿下と関わりたくありません」
本心じゃない言葉。
できれば言いたくなかった。
だけど、こうしないと彼は私から距離を置いてくれないだろう。
心を鬼にして私がそう言うと、アーサー王子は愕然としていた。
「え?」
「殿下、私は殿下と関わりたくないのです」
それがまるで自分の率直な気持ちであるように、私は断言する。
こう言えば、アーサー王子も分かってくれるだろう。
先ほどまですぐに意見してきていたアーサー王子は黙っていた。
とてもつらそうな顔をしていた。
…………そう、よね。
「関わりたくない」は「嫌い」も同然のこと。
そんなことを言われれば、彼はショックを受ける。
優しい心を持った彼ならなおさら。
だからこそ、言いたくなかった。
最初のお願いで彼が同意してほしかった。
こんなことを言って、本当にごめんなさい。
でも、これは全部アーサー王子と国の未来のため。
私たちは関わるべきではないし、アーサー王子の時間は他の人との交流に使うべきだから。
「エレちゃん……」
「では、失礼します」
私はアーサー王子に一礼し、荷物を置いていた後ろの席へと移動。
階段を上っていく。
だが、背後から気配を感じ、さっと振り返る。
後ろにはついてこようとするアーサー王子がいた。
私はキッと睨む。
「殿下、ついてこないでください」
「…………」
そう告げると、アーサー王子はついてこなかった。
私は1人で後ろの席に座った。
以前と同じ景色。隣には誰もいない。私は1人。
ただ元通りになっただけ。
いつもの日常に戻るだけ。
今までが異常だった。そうだ。非日常だったんだ。
そうして、いつも通りの状態に戻った私。
だが、授業には集中できなかった。
頑張って聞こうとするが、先生の話が右から左に流れていく。
気が付けば、前方に座る彼の背中を見ていた。
なぜ、こんなにも胸が痛いのだろう。
こんなことは今までになかったのに。
もしかして、私はアーサー王子と過ごす時間を心地よく感じていたのだろうか?
…………そっか。そうよね。
アーサー王子は、私が学園で初めて友人のように話せた人だったものね。
私はアーサー王子の背中を見るのを止めて、窓の外に目を向ける。
外の空は曇り。天気がいいとは言えない。
風は程よく吹いているようだが、とても冷たかった。
ああ……。
私が普通の令嬢であれば、アーサー王子と友人になれたのだろうか?
★★★★★★★★
絶交宣言したその日、アーサー王子が私に話しかけてくることはなかった。
久しぶりに1人になった私は、小さな声ではあったがクラスの人たちからいつものように悪口を言われた。
だが、日常に戻ったんだと感じた。
1人で過ごすのが普通。これがいつも通り。
今までがちょっと変わっていたんだ。
……明日も後ろの席に座らないとな。
――――だが、次の日。
以前のように一番後ろの席に座って教科書を読んでいると。
「エレちゃん、おはよう」
「…………」
何事もなかったように、アーサー王子は話しかけてきた。
癖で返事をしようとしてしまいそうだったが、ぐっと抑える。
私はアーサー王子と関わらないと決めたんだ。
アーサー王子とこの国の未来のために、彼が関わるべき相手と関われるように、私は関わらない。
私は失礼な行為と思いながらも、王子の挨拶をスルー。
解いていた問題集へと目を戻し、手を動かす。
しかし、王子は突然私の顔を覗き込んできた。
「で、殿下?」
「エレちゃん、おはよ」
「おはようございます……」
挨拶を返すと、アーサー王子はニコッと笑う。
び、びっくりした。
突然綺麗な顔が現れたものだから、驚いた。
いくらこっちが無視したからって、わざわざ覗き込んでくるなんて。
「そういえば、エレちゃん。週末にお茶の約束したよね?」
アーサー王子は近づけてきた顔を離すと、そんなことを言ってきた。
確かにした……したけども。
私は最近までどんなお菓子を用意しようとか、お茶は何がいいのだろうかと勉強していた。
アーサー王子とのお茶で不備はあってはいけないと思って、準備をしていた。
だが、昨日私は関わりたくないと言った。
それを言う前に約束していたのはいえ、関わりたくないと言っておきながらそのままお茶をするのはどうかと思う。
うん。ここは断っておかなければ。
「申し訳ございませんが、それはなかったことにしましょう」
「え?」
「話はそれだけですか? なければ、私は勉強に戻りますね」
「…………」
端的に告げると、アーサー王子は黙り込んだ。
そうして、アーサー王子は私の隣に座ったが話しかけてくることはなく、その日が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます