第7話 友人として

 アーサー王子と関わらないと宣言して2日。

 隣に来ることはないだろうと思っていたのだが、アーサー王子はいつものように私の隣に座ってきていた。


 ………私、関わりたくないって言ったはずよね?


 別の席に移動しても、気づけば隣に彼がいる。

 そして、目が合えば。


 「エレちゃん、今度の週末お茶をしませんか?」


 とまるで昨日のことを忘れているかのように、お茶に誘ってきた。

 アーサー王子はどうしてもお茶がしたいらしい。

 きっと他の人なら二つ返事で答えてくれるというのに、なぜか私に頼む。

 今の私は絶対に断ると言うのに。


 「ご遠慮いたします」


 当然、私は丁重にお断りを入れた。

 

 だが、王子はしつこかった。

 昼食時、私は1人で食堂に向かっていたのだが、いつの間にかアーサー王子が隣にいた。

 頑張って距離を取ろうとしたが、王子はいつの間にか私の背後にいる。

 だが、食事をとっていないのに食堂を去るわけにもいかないので、私は誰もいないと考え、王子を無視。

 しかし、私が食堂のおば様に注文をする時には。


 「エレちゃん、お茶しよ?」

 「ご遠慮いたします……あ、からあげ定食ととんかつ定食でお願いします」


 と王子は隙あらばお茶に誘ってくる。

 それは昼休みだけでなく、午後の休み時間にもあって。


 「エレちゃん、今日お菓子用意したんだ。一緒にお茶しよ?」

 「お菓子ですか……」

 「アップルパイだよ」

 「あっぷるぱい……いいですね」

 「なら!」

 「ご遠慮します」

 「…………」


 と何度もお茶に誘ってきた。

 老舗のお菓子を用意してあると言われ、一瞬揺らぎ、誘いをOKしようか悩んだが、なんとか耐えきった。


 うぅ………お菓子で釣るとは王子も卑怯な手を使う。

 そんなにお茶が好きなら、いつも一緒にいるウィリアムさんと飲めばいいのに。

 一緒にお茶するべき相手は私以外にもたくさんいるでしょうに。くぅ。

 

 そうして、迎えた放課後。

 授業が終わると、私はアーサー王子から逃げるように訓練場に向かった。

 

 ――――だが。


 「エレちゃーん!」


 訓練場の端からそんな声が聞こえてきた。

 見ると、アーサー王子が訓練場にやってきていた。

 まさかこんなところにまでくるなんて……。


 それでも私は無視。

 何も見なかったことにして、氷魔法で板の的に向かって攻撃。

 杖先を自動で動く的に向け、氷塊を形成。

 そして、放つ。


 氷塊は綺麗に的の中央に命中。

 うん、いい感じだ。

 

 「エレちゃーん! おーちゃーしーまーせーんーかー!?」

 

 だが、そんな声が耳に入ってくるので、私の集中力は低下していく。

 徐々に氷塊は的に当たらなくなる。


 そして、5発連続で外すと、私は手を止め、王子を一瞥。


 ………これは王子のマネをして答えればいいのだろうか。

 マネをして返答すれば、王子は私から離れてくれるのだろうか。


 「ごーえーんーりょーしーまーす!」


 しびれを切らした私は、彼をまねて大声で返答。

 よしっ。

 これで私の気持ちを理解してくれるだろう。

 アーサー王子はもう少し付き合う人間を考え、行動も見直すべきだ。

 しかし、王子は訓練場を去ることはなく、逆にずがずがとこちらに歩いてくる。


 ……な、なぜこちらに来る?

 

 王子がいつになく真剣な顔でやってくるので――反射的に私は逃げだした。

 魔法を使って、自分の身体能力向上。

 人の間をぬい、ジャンプをしてボックスウッドを超え、訓練場を出る。

 しかし、王子も私が走り出した瞬間から、駆け出していた。


 「なんでエレちゃん逃げるの――!!」


 なんて声が後ろから聞こえてくる。

 いや、追いかけられたら反射的に逃げてしまうというか。

 逃げなきゃまずいかなと思ったというか。


 しかし、王子の足は意外にも早く、どんどん近づいてくる。

 全力ダッシュをしていた私だが、最終的にパシッと手を掴まれた。


 魔法で強化していた私に追いつくなんて……王子はどれだけ足が速いの。


 私は足を止める。無我夢中で走っていたので気づかなかったが、私は訓練場の反対にある庭まで来ていた。

 こんなところまで来ていたのか………。


 手を掴まれて逃げることもできない私は王子の方に向き合う。

 全速力で走っていたのか、アーサー王子も息を切らしていた。


 「なぜですか、殿下。なぜ私を追いかけてくるのです」

 「それはエレちゃんが突然僕と関わりたくないなんて言うからさ」

 「殿下。失礼ながら申し上げますが、付き合う人間は考えるべきかと思います」


 第2王子ではあるが、将来を背負う人物。

 一方で、私は将来前線に向かう人間、さらに学園では生徒から嫌われている人間だ。

 だから、殿下には私以外にもっと付き合うべき人間がいるはず。

 しかし、殿下は首を傾げていた。


 「それだけ?」

 「それだけです」


 彼のエメラルドの瞳を真っすぐ見て、そう説明する。

 すると、アーサー王子ははぁと息をもらした。


 「それだけで、エレちゃんは『僕と関わりたくない』なんて言ったの?」

 「はい」

 「それはエレちゃんの本心じゃないね?」

 「殿下には付き合うべき人間が私以外にいると判断いたしました」


 そう答えると、彼はさらに深い溜息をする。


 「それ、誰かに言われたの?」

 「最終判断は私です」

 「言われたんだね」


 確かに言われた。

 言われたけど、最終的に決めたのは私だ。


 「私は殿下の学友としても、人間としてもつり合いません。関わるべきではないのです」


 そう言い切ると、アーサー王子は眉をひそめた。

 納得はしていないようだ。

 どうにかして、彼が理解してくれるようにしなければ。

 しかし、私よりも先に、アーサー王子が口を開いていた。


 「僕はね、エレちゃんが付き合うべき人間と思ったから、声をかけたんだ」

 「私は軍人です。手は血にまみれ、けがれてます。殿下には関わるべき相手が私以外にも大勢いらっしゃいます」


 王子は血にまみれた軍人よりも、清らかで気品のある高潔な方と付き合った方がいい。

 私よりも聡明な方と付き合った方がいい。

 女性と関わりたいのであれば、婚約するであろうラストナイト家のご令嬢と話せばいい。


 その方が彼のためになるし、国のためにもなる。

 しかし、王子は肩をすくめ、笑っていた。そんなことはどうでもいいかのように。


 「それがなにさ。そんなことを言ったら、僕だって汚れているよ」

 「殿下の手は汚れてなんかいません」


 汚れているはずがない。

 彼は戦いを知らない……あの酷い戦場を知らないのだから。

 しかし、王子は首を横にふった。


 「ううん、エレちゃんのけがれが戦場でのことを指しているのなら、僕の手は汚れてる。昔にはなるけど、僕は戦場に行った。戦った。その時に敵の血に触れた。僕の手は他の兵士と同じように汚れたよ」


 アーサー王子の手を見る。

 その手は白く傷一つなくきれいで、汚れているようには見えなかった。


 「私には汚れているようには見えませんが……」

 「うん。だから、僕もエレちゃんの手は汚れていないように見えるよ」

 「…………」


 アーサー王子は私の右手を取り、両手で握る。

 その手は優しくとても温かかった。

 そして、アーサー王子は真っすぐにこちらを見る。


 「君はこの手で戦場でたくさん戦って、勝利へと導き国民を守った。だから、みんなは君を『勝利の銀魔女』と敬う」

 「…………」

 「そんな君が僕と釣り合わない? ……そんなバカな。むしろ国のために何もできていない僕の方が君と釣り合わないと思うよ」


 そう言って、アーサー王子は苦笑する。


 「殿下、それは謙遜が過ぎます。私はだいたい庶民の血を引いて――」

 「あー!」


 私が話しだそうとした瞬間、王子が声を荒げ、首を横にぶんぶん振る。


 「もうそういうのはなーし! そういうのを考えるのもなぁーし! 身分とか血筋とかどうでもいい!」

 「えっ、でも……」

 「僕は君と仲良くなりたい! だから、お茶したい! Q.E.D.! 以上!」


 アーサー王子は異論は認めないと言わんばかりに、必至に訴えてくる。

 私は圧倒され、言葉を失っていた。


 前にもアーサー王子に仲良くなりたいと言われ思ったが、私と仲良くなりたいなんて変わっている。

 私は学園の嫌われ者。

 なぜ、アーサー王子は私と仲良くなりたいだなんて思うのだろう。


 「もしかして、エレちゃんは僕と仲良くなるのは嫌?」

 「仲良くなるとかは考えたことはありません。質問に対する返答としてはノーコメントということになるでしょう」

 「…………」


 そう答えると、アーサー王子は分かりやすくしょんぼりとする。

 まるで叱られた子犬のように、沈んでいた。

 

 ………。

 なんだ、この嫌な気持ちは。

 どこか申し訳ないような気持ちになっているのだけれど。


 もしかして、私は王子が悲しんでいることにショックを受けているの?

 私がショックを受けるなんて……ルイの死以来なのだが。


 「その、あの……決して仲良くなりたくないというわけではなくって、私は利害が一致しない誰かと仲良くなることなんて興味がなかったというか」

 「興味がない……」


 さらに王子の声が沈む。

 うぅ……なんて言えばいいんだ。


 「で、ですが、今は殿下と友人になれたらなという気持ちはあります」

 「……」


 私は必死で言葉を引き出す。

 仲良くなりたいとおっしゃられていたから、こちらが友人になりたいと言えば喜んでくれるかもしれないと思ったけど。


 王子への返答を待つが、彼はなぜか静かに手で顔を覆い、深い溜息をついた。

 こ、これはもしや、呆れられている?


 ………………そうよね。


 王子と私が友人だなんて、厚かましいこと。

 アーサー王子から提案してくるのであればいいが、私から友人になりたいと提案するだなんてあまりにも身分しらず。

 

 私は謝罪をしようとしたが、王子は責めてくることはなく。

 

 「エレちゃん、それってほんと?」

 「はい。友人になっていただければとは思っております」

 「…………」

 「……無礼なのは承知しております」

 「無礼だなんて……エレちゃんがそう言ってくれて、僕は嬉しいよ」

 「嬉しいですか?」


 そう聞き返すと、アーサー王子は優しく微笑む。


 「うん。さっきも言ったように、僕はエレちゃんと仲良くなりたい。だから、エレちゃんが僕と友人になりたいと言ってくれるのはとっても嬉しいことだよ」


 そっか……それならよかった。

 無礼なことは言ってなかったのね。

 すると、アーサー王子は右手を差し出してきた。


 「じゃあ、改めまして」

 「?」

 「エレシュキガル、僕と友人になっていただけませんか?」

 

 軍人の私と王族のアーサー王子。

 学園という場でなかったら、関わらなかったであろう私たち。

 たとえ、関わりがあったとしても、それは儀礼的なもの。

 

 このアーサー王子との付き合いは私が軍に戻るまでの短い間だけ。

 でも……それでも私は彼と学園生活を送ってみたい。

 ――――自分の本当の心の声というものを見つけれるかもしれないから。


 「はい、喜んで」


 私が彼の手を取ると、アーサー王子はニコリと微笑む。

 その瞬間、爽やかな風が私たちの間を通っていく。

 近くで咲いていた花々は揺れ、風に乗って、赤、黄色、桃色の花弁が舞う。

 

 まるで私たちを祝福しているかのよう。


 「殿下、よろしくお願いいたします」

 「こちらこそ」


 そうして、私はアーサー王子の友人となった。

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