第3話 遠い約束

 思い返すと、今日は奇妙な日だった。

 忘れていた婚約者から突然婚約を破棄することを宣言されて。

 教室に戻れば筆箱を盗まれて。

 そして、今まで話しかけてくることはなかった王子と話して。


 アーサー王子は気まぐれで私に話しかけたのだろうが、私の学園生活の中では珍しいぐらいのイベントの多さだった。


 でも、明日はきっといつも通り。

 いつものように嫌がらせがある。

 筆箱とか盗まれないように気をつけないと。

 盗まれたら、またノートが取れなくなってしまう。


 私は放課後の自主訓練を終え、寮の自室に戻ると、明日の準備を始めた。

 筆箱は盗まれてしまったので、机の引き出しから新しい筆箱を取り出す。

 盗まれることはよくあったので、複数の筆箱セットは事前に用意してあった。

 だから、盗まれてもとっても困るということはない。


 …………ないのだけれど。


 正直、嫌がらせが一回きりならいい。

 1回受ければそれで終わりだから。全然平気。


 でも、何度もされると、面倒になってくる。

 毎度毎度物を取られていたら、お父様に私が嫌がらせを受けていることがバレるかもしれない。

 お父様には面倒を起こしてるなんて思われたくない。


 だって、学園で面倒を起こすのなら、軍隊でも足手まといになると判断されて、二度と軍には戻してもらえないかもしれないもの。

 軍に、あの前線に戻れないのは嫌だ。


 だから、嫌がらせ……特に物を奪われるというのはなくしたいのだけど、私には嫌がらせを止める方法はない。

 もちろん、先生には相談した。

 嫌がらせが1週間ぐらい続いた頃に。

 

 しかし、先生たちは嫌がらせに関して追求しようとはしてくれなかった。


 その時の先生の様子は、『そのことには関わりたくない』と言っているようだった。

 もしかしたら、貴族の方の誰かの反感を買ったのかもしれない。

 それなら、先生が動きたくない理由も分かる。


 厄介ごとに巻き込まれるのはごめんよね。

 とっても分かる。


 でも、私は反感なんて買わないよう、そんなことが起こらないよう、静かに行動してきた。

 一体、どこでそんな反感を買うようなことをしたのだろう?


 覚えがないな……。

 

 そんなことを考えながら、お風呂に入った私はベッドに入り、眠りに落ちた。




 ★★★★★★★★




 駐屯地から少し離れた森の中。

 真夜中で消灯時間をとっくに過ぎていたが、私は森にあった小川にいた。

 靴と靴下は脱げ捨て、川に小さな足をつけている。


 私の足元には透き通った水が流れていた。

 水はとても冷たいが、先ほどまで走っていたせいで暑くなっていたので、気持ちいい。


 周りを見渡すと、浮かんでいるたくさんの光の玉。

 その光の玉の正体は蛍。

 彼らは小さな黄色の光を放ち、周囲を照らしてくれていた。


 「本当に綺麗ね。どこを見ても蛍がいる。こんな場所をよく見つけたね、ルイ」


 私の隣には戦友のルイ。

 彼の金の髪は蛍の光に照らされ、輝いていた。

 ルイも靴を脱ぎ、私の隣で川に足をつけている。


 「散歩している時に偶然見つけたんだ。見つけた瞬間、これはエレシュキガルに絶対見せたいと思ってさ」

 「散歩? ……ああ、また真夜中に散歩していたのね」

 「てへっ」

 

 私が追求すると、ルイはごまかしてにこっと笑う。

 まぁ、今の私もルイと一緒に駐屯地から抜け出しているので、それ以上は何も言わなかった。


 私は改めて周辺を見てみる。

 日中なら普通の小川なのだろうが、蛍の光で幻想的なものになっていた。


 川の石は特殊なのか、石からも淡い青い光が放たれ、光る川になっている。

 水も綺麗なので、はっきりと泳ぐ魚も見えた。


 まるで異世界のようで綺麗。

 戦場とはまるっきり違う美しい世界だった。

 はぁ……まさか駐屯地の近くにこんな場所があったとは。


 幻想的な景色に目を奪われていると、ぴしゃっと顔に水がかかってきた。

 横を見ると、ルイがいたずらな笑みを浮かべていた。


 「何するの、ルイ」

 「川に来たことだし、水遊びでもしようかと思って」

 「川に来たイコール水遊びにはならないでしょう」

 「せっかくなんだから、遊ぼうよ」

 「嫌よ。服が濡れちゃう」

 「魔法で乾かせばいいじゃん」

 「静かに景色を眺めていたい」

 「またおばあちゃんみたいなことを言って……」


 むっ。

 私はおばあちゃんじゃないし。

 ルイの言葉に少しムカついた私は、懐にしまっていた短い杖を取り出す。

 すると、ルイは杖を見て、うろたえだした。


 「ちょっ! 魔法はなし! それだとエレシュキガルが絶対勝っちゃう!」

 「先にしてきたのはルイよ。私は本気で水遊びをしてあげるわ」

 「うわぁ!!」


 そうして、魔法で水を操り、ルイに攻撃。

 彼も負けずと、私に水をバシャバシャとかけてくる。

 疲れ果てた頃には、2人ともすっかりびしょ濡れになってしまった。

 

 火魔法と風魔法をバランスよく使って、服を乾かす。隣のルイも私と同じように、魔法を使って服を乾かしていた。


 服を乾かし切ると、私たちは大きな石の上に腰を掛ける。

 そして、静かに景色を眺めた。


 「僕、エレシュキガルが好きだよ」


 蛍と見つめていると、ルイが突然そんなことを言ってきた。

 隣を見ると、彼は優しく微笑んでいた。


 「そう」

 「……エレシュキガルは僕のこと好きじゃない?」

 

 私は黙った。

 誰が好きだとかあまり考えたことがない。

 でも、ルイが好きか嫌いかといえば。


 「好きよ」


 ルイと一緒にいるとなぜか楽しくなる。

 戦場であれ、どこであれ楽しい気分になれる。

 2人でなら、魔王を倒せるんじゃないかとも思えてくる。

 

 私がそう答えると、なぜかルイの頬が赤く染まった。


 「……エレシュキガルは僕が好きなんだ。僕はエレシュキガルが好き、エレシュキガルも同じ」

 「そうよ」

 

 すると、ルイはぶつぶつと呟き始める。

 「エレシュキガルは僕が好き。僕もエレシュキガルが好き」とかなんとか。

 そして、彼は急にバッとこちらに向き、私の手を掴んできた。


 「ねぇ、エレシュキガル。いつか僕と結婚してくれる?」


 いつになく真剣な表情のルイだが、これは冗談だろう。

 私はふっと笑う。


 「魔王軍を倒して、生きていたらね」

 「大丈夫。僕らなら余裕で魔王を倒せるさ」


 満面の笑みで答えるルイ。

 私もつられて微笑む。


 私もそう思ってた。

 私たち2人ならあの魔王軍を倒せるって信じてた。


 でも、あなたは生きてくれなかった。

 私の隣から消えたものね。

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