第2話 勝利の銀魔女さん、こんにちは

 エレシュキガルが婚約破棄されている最中。

 食堂の隅には2人の男子生徒がいた。

 食堂にいる全員が注目したように、彼らもまたエレシュキガルが婚約破棄される様子を見ていた。


 「彼女、“勝利の銀魔女”さんだよね?」

 「ええ、まさかこのようなところで彼女が婚約を破棄されるとは……これはレイルロード公がお嘆きされますね」


 紺色髪の男子がそう言うと、綺麗な金髪を持つもう1人の男子が首を傾げる。


 「なぜレイルロード公が嘆くの? 彼女は綺麗な人なのだから、いくらでも相手はいるでしょ」

 「そうですね。相手はいらっしゃると思いますが、どうやら彼女自身、結婚はする気はないらしいのですよ。レイルロード公は娘から真顔で『私が嫁いでいくことは諦めてください』なんて言われたらしいですよ」


 「うーん。じゃあ、彼女が当主になればいいんじゃないの? ……ああ、ダメか。レイルロードにはシンがいた」

 「ええ、彼が次の当主となるので、エレシュキガル嬢が当主になるのは難しいでしょう。まぁ、もっとも彼女は戦場を欲しているようですが」

 「戦場ね……」


 そう呟く金髪少年。

 彼の水色の瞳には、長い銀髪をなびかせるエレシュキガルが映っていた。




 ★★★★★★★




 私、エレシュキガルは昼食を取り、教室に戻ったところでフリーズしていた。


 先ほど座っていた席にはノートと教科書がある。

 だけど、筆箱がない。

 周りを探しても、落ちている様子もない。


 つまり盗まれた。

 また嫌がらせが始まったのだ。


 周囲を見渡すと、こちらを見てクスクスと笑う人たち。

 しかし、ほとんどの人たちが笑っているため、誰が主犯なのか分からない。


 …………しまった。

 まただ。また筆箱を取られた。

 荷物を置きっぱなしにしていたのがいけなかった。


 でも、置いておかないと私の座る席はなくなるし。


 学園では、クラスは決まっているが、席は決まっていない。

 自由席で、早い者勝ち。

 そのため、こうして荷物を置いておかないと座る席がなくなり、立って授業を受けなければならない。


 しかし、私が誰かの隣に座ろうとすると。


 「あの子、邪魔ね」

 

 と言われる。私に聞こえるように言ってくる。

 事前に許可をもらおうとすれば、断られる。

 了承してくれても、陰口を言ってくる。


 なので、私は一番早く教室に来て、席を確保する。

 そうすれば、私が先に座っているので、誰も不快にならない。

 座りたいのなら、私の近くに座らなければいい。


 そのため、私は荷物を置いていたのだが。

 しかし、それがあだとなるとは。


 教室前の時計を見る。

 あと数分で授業が始まろうとしており、寮へペンを取りに行く時間はなかった。


 仕方ない。次の授業でノートを取るのは諦めよう。

 そうして、筆箱なしで、授業の準備をし、教科書を読んでいると。


 「勝利の銀魔女さん、こんにちは」


 と右から声がかかってきた。

 普段学園では呼ばれない2つ名。

 軍に所属する生徒だろうか。

 もしかしたら、上官の方かもしれない。


 私は顔を上げる。

 しかし、そこにいたのは軍の人間じゃなかった。


 なぜ、この人が私に……。


 私に声をかけてきた人。

 それはこの学園、いやこの国で知らない人はいない有名人。

 グレックスラッド王国第2王子のアーサー。 


 私は即座に立ち上がり、敬礼をする。


 「これは失礼いたしました、殿下。無礼な挨拶をお許しください」

 「いやいや。ここは学園だから、かしこかまらなくていいよ。隣、座ってもいいかな?」

 「はい、構いません」


 彼と同じクラスであったことは知っていた。

 だけど、話す機会はなく、戦場に行くまで関わることはないだろうと思っていた。


 「エレシュキガル嬢、私も構いませんか?」


 そう言ってきたのは王子の後ろにいた紺色髪の少年。

 この人は王子とよく一緒にいる宰相の息子……。


 「はい、もちろん」


 私は少し左にずれて、2人が座れるようにする。

 そうして、数分後、授業が始まった。

 

 ――――が、集中できなかった。


 ノートを取れないため、ちゃんと授業を聞いて頭に叩き込まなければならないのに、全然集中できない。


 四方八方から視線を感じるのはいつものこと。きつい視線だ。


 だけど、今日は右からの視線が……。

 右に座る王子がじっーとこちらを見ていることに気づいた。


 私は小さな声で彼に話しかける。


 「どうかされましたか?」

 「ノート取らないのかなーと思って」

 「そうしたいの山々なのですが、ペンがないので」

 「ペンがない?」


 王子は首を傾げる。


 「はい。どうやら筆箱を盗られたようです」

 「え? 盗られた?」

 「はい」

 「え? 君が……公爵令嬢の君が筆箱を盗まれたの? ほっといていいの?」

 「はい。よくあることなので」


 そう端的に答えると、なぜか王子は。


 「…………」


 絶句。言葉を失っているようだった。

 そうして、彼は自分の筆箱を探り、一本のペンを取り出す。


 「よかったら、使って」


 王子は私にペンを渡してきた。


 「よろしいのですか?」

 「いいよ。僕は他のペンがあるし」


 そう言って、彼は他のペンを見せてくる。

 やはり優しいお方だ。


 「ではお言葉に甘えて……ありがとうございます」


 そうお礼を述べて、私はペンを受け取り、黒板へと目を戻す。

 始めの方のノートは取れていなかったが、必要な部分のノートは取ることができ、授業には集中できた。

 そうして、授業が終わると、私はすぐに王子にペンを返した。


 「殿下、ありがとうございました」

 「いいえ。また何かあったら遠慮なく言って」


 そう笑顔で言ってくるアーサー王子。

 きっとこれは社交辞令だろう。


 「お気遣いありがとうございます」


 私は令嬢らしく頭を下げる。

 そうして、私は荷物をまとめさろうとすると、王子に呼び止められた。


 「あの……エレシュキガルさん」

 「はい、エレシュキガルです」

 「その今からお茶でもどうかな? 時間はある?」


 王子はそんなことを言ってきた。

 きっとこれも社交辞令だろう。

 せっかく話したんだから、お茶ぐらいは誘わないといけないと考えられて、誘ってきたのだろう。

 

 殿下はお忙しいのに、そんな私に時間を割くようなことはあってはならない。

 ましてや私は軍人。

 軍人ならば、修練しないと。

 

 「大変申し訳ございません、殿下。私はこれから練習がありますので、その誘いはお断りします。では、失礼します」


 そう言って、私は即座に教室を出ていく。 

 訓練場に向かおうと、回廊を歩いていると、空がもうオレンジに染まっていることに気づいた。


 もう1日が終わるのか。早いな。


 今日は随分と色んなことがあった。

 婚約を破棄されて、筆箱を盗まれて、王子が隣に座ってきて。


 まぁいつものように嫌がらせはあったけど。


 でも、ペンを貸してもらえたのはありがたかった。

 今日の授業はノートを取らないと厳しいなと感じていたから。


 気づけば、私は鼻歌をしながら、夕日が差し込む廊下を歩いていた。




 ★★★★★★★




 授業終わりの図書館。

 そこには勉強中の王子アーサーと宰相の息子ウィリアムがいた。

 王族オーラのせいか、周囲には人はおらず、静か。

 だが、アーサーは入念に周囲に人がいないことを確認して。


 「さっきのはきっとあれだよね。エレちゃん、いじめられてるよね」


 正面に座るウィリアムに小声で話しかけた。


 「アーサーは気づいていなかったんですか?」


 ウィリアムがそう言うと、アーサーはじとっーとした目で見る。


 「……リアム、お前は気づいていたな」

 「まぁ、はい」

 「なぜ僕に話さなかった」

 「私はてっきり気づいていると思っていました。その上で知らない振りをしているのかなと思って……あなたがこのようなことに気づかないのは珍しいですね」


 ウィリアムがそう言うと、黙るアーサー。

 彼は目をキョロキョロとさせていた。


 「もしかして、婚約話で頭を悩ませていて、気づきませんでしたか?」

 「うぐっ……それ、誰から聞いた」

 「父上からです。正直、私は15にもなったあなたには、婚約なんて今更のような気がしますが」


 婚約の話はかたくなに断ってきたアーサー。

 今回上がってきた婚約話を断ろうとしたが、相手が公爵令嬢だけあって、陛下が許してくれない。


 そこで、アーサーは時間が欲しいと懇願し、今は時間をもらっている最中。


 「でも、よかったじゃないですか。ようやく『戦場で出会った天使』と話せて」

 「まぁね。婚約者がいたし、男の僕が何にも用なしに話しかけるのはまずいかなと思っていたけど、やっと話せたよ」

 「ま、お茶の誘いは断られましたけどね」

 「…………」

 

 ウィリアムに先ほどの失敗を言われ、アーサーはまた黙る。

 エレシュキガルに断られたことは、彼の中でかなりダメージはあった。

 お茶ぐらいなら、OKをもらえると思っていたのだ。


 すると、さらに思い出したウィリアムは笑って、「挨拶しただけで、敬礼してくるとは思っていませんでした。私、笑いそうでしたよ」と言った。


 「彼女、軍人さんだから。敬礼してくるのは彼女らしいと思ったよ。でも……」


 しかし、アーサーの声は暗くなっていく。


 「あの様子だと、僕のことを覚えていないみたいだけどね……」


 彼は悲し気にそうこぼしていた。

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