第71話 あの時の人。

「先のニュースを見て、思い出しちゃったの?」

「……あっ、うん。ずっと聞きたかったけど、誰も俺に教えてくれないから…」

「ごめん…。私は知っていたけど、尚くんにはトラウマになりそうだったからね。言えなかったよ…」

「そっか…」


 じゃあ…。俺は中学生だった時、花田さんと出会ったのか?

 確かに、そこに倒れていたのはセーラー服を着ていた女子高生だったと思う。まさか、それが花田さんだったとはな…。てか、そんな人と道の真ん中で偶然出会ったってこと…。とんでもない偶然だな…? でも、まだモヤモヤしているのは全部思い出せなかったってことか…? 心の底にはまだ解決できていない何かが残っていた。


「そこまで思い出したら全部話してあげようかな…?」

「教えて…! 知りたい…。菜月と出会う前まではそんな記憶なんか…、いらないと思っていたけど。今は知りたくなった」

「いいよ」


 そして、床に座る彼女が話を続けた。


「私…、尚くんに言ってないことがあるの」

「うん?」

「実は高校生だった時に、一度彼氏がいたの…」


 微苦笑、その顔から嫌そうな雰囲気を感じてしまう。


「私ね。家のことで友達も恋人も全然できてないから、ずっと勉強をして部屋に引きこもる日々が続いてたの」

「うん…」

「でも、ある日…私のことがすごく好きって告白した人ができて…」

「うん…」

「最初は断ったけど、しつこく好きって言ってくれたから…。そんなに好きなら付き合ってあげるって言っちゃって…」


 それが花田さんの初恋…? 意外と普通だった。


「自慢に聞こえるかもしれないけどね…? うちは豊かな家庭だったから、私は彼氏にいい物を買ってあげて、デートする時の費用もほとんど私が払ったの…」

「うん…。そうだよね」

「でも、私は…私に好きって言ってくれたから…。それが嬉しかったから、全部やってあげたの…。分かるんだよね? 私は好きな人にすっごく献身的な女だから…」


 献身的…だよね…。

 ある意味で花田さんはいい人だから、一目惚れするのも理解できる。


「でも、私を裏切った…。私はそんなに『好き』って言ってあげたのに、そんな私にあの人は『飽きちゃった』とか言ったから…」

「……」

「私はまだ好きだからそばにいてくれない?と聞いてみたけど、ちょろい人にはもう用はないって…」

「それはひどいね…。でも、どうしてそんな菜月に刃物を…?」

「それでも話をしたかったの。私がちょっとしつこく付き纏ったかもね…? 初恋ってどんな人にも大切だから…、私は…私だけが頑張れば帰ってくれると思ったの」

「……」

「そして、彼の目的は私ではなく私のお金…。尚くんが病院に送られる時に、私は彼の本意を聞いてしまった」

「本意…?」

「拉致だって…。結局、お金持ちを拉致してお金を要求するつもりだったことを…分かってしまったから…」


 そんな…、花田さんはあんな人と付き合ったのか…?

 ただ好きって言われただけで…? 思わず…、心の底から可哀想だと思ってしまった。確かに花田さんはいつも不安に怯えてるように見える。それは初恋の相手に裏切られた時のトラウマだったんだ…。だから、俺にもそんな風に執着を…。


「うう…」


 話しながら涙を流す花田さん、その涙が膝に落ちていた。


「な、菜月…? だ、大丈夫?」

「あの人の話をしただけなのに、捨てられた時の感情を思い出しちゃった…」

「あっ、ごめん。俺のせいだ…」

「捨てないで…、尚くん。私を捨てないで…一緒にいたい。尚くんと一緒にいたい」

「……うん。一緒にいよう。菜月、泣かないで…。ここにいるから…」

「好き…、私のそばにいてほしい…。それだけでいい…」


 啜り泣く花田さんの体を抱きしめてあげた。

 あの話のせいで、彼女の震えている肩と手が感じられる。花田さんは誰かに捨てられるのが嫌だったんだ…。誰かを好きになるのはすごい勇気が必要だと思う…。しかも、そんなに好きだった相手から捨てられるなんて…堪えられないんだよな。俺は花田さんが初めてだから、その感情を完全に理解するのはできないけど、悲しいってことはちゃんと分かっている。


「だから、襲われる時に私を守ってくれた尚くんが好きになっちゃったの…」

「あ…! そっか!」

「へへ…、私のもの! 私の尚くん! 1年後、尚くんが卒業したら! 私、尚くんと結婚したい!」

「け、結婚…? は、早いんじゃないかな? まだ…お互い学生だから…」

「大丈夫! 私はお金持ちだから、私と結婚すればお金の心配をしなくてもいいよ」

「それはダメ…。ちゃんと一人前ができる人間にならないといけない」

「え…、いいのに…。そんなの」


 彼女が流す涙と、その話を聞いて…心が弱くなってしまった。

 でも、あの時…。遊園地で言われたそれはなんだろう…? この話に、そんな警告はいらないはずだけど…。よく分からない。今は俺を抱きしめる花田さんと一緒に時間を過ごすだけだった。


「はあ…、尚くんがいる日常…。最高だよ…」

「バカ…」

「ねえ、昼寝したい! 昼寝!」

「えっ…? 今から? まだ眠くないけど…?」

「私はもう脱いじゃった…!」

「ま、待って! 昼間から服を脱ぐのはやめてほしい…!」

「なんで…? そばにいてくれるって言ったよね? じゃあ、こっちきて!」


 すぐ手首を掴む花田さんが、俺をベッドに連れて行く…。


「今から甘えたい! じっとしてて…!」

「え…? いきなり…?」

「うん! だって、私は彼女だから…! 彼氏になんでもできるのよ! フフッ」


 俺があの時助けてあげた女子高生は今…、立派な大人…になりました…。

 多分…。

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