第72話 友達。

 最近の尚はなんっていうか、ちょっと変だった…。

 この前の体育授業で、俺はあいつの体に残っている傷痕に気づいてしまった。一体家で何をしているんだ…? 葵ちゃんが言ってくれたその話が余計に気になる。尚がすごく危険な女と付き合ってるって…、俺が見た時はただの美人だったけどな…。カラオケで会ったあのお姉さんはそんなに危険なのか…? でも、葵ちゃん…すごく真剣な顔をしていたし…。何かあるよな…。


「……」


 尚は元々静かな性格だったから…、自分のことをあんまり話さない。

 その赤い傷痕は一体なんだろう…? そしてバイトをやめたって言ったあいつの顔はバイトをしている時より疲れていた。それに余裕もなくなったような気がする。彼女といろいろやってるのかは分からないけど、前の尚とは確実に違う…。


「楓先輩…? どうしましたか?」

「いや…。葵ちゃんが言ってくれたことが気になって」

「あ…、柏木先輩のことですか?」

「うん…。葵ちゃんにそれを言われた時はあんまり気にしていなかったけど、この前の体育授業で…。服を着替える尚の体に、葵ちゃんが言ってくれたその傷があった」

「やはり、そうですよね? いない方がむしろ不自然です」


 葵ちゃんは尚のことを心配していた。

 知り合いだからか、たまに尚のことを聞いてくる彼女に俺は少し疑問を抱いてしまう。どうしてそこまで気遣うのかを聞きたかったけど、こっちを見て微笑む彼女に俺は何も言えなかった。


「葵ちゃんってなんか…、俺より詳しいよな…?」

「嫉妬してます? へへ…」

「そんなわけないだろ…」

「私は楓先輩の彼女だから、柏木先輩はただバイト先の先輩として…心配になるだけです。そして楓先輩の友達でもあるし…」

「うん…。あ、そうだ。この前に誘ってみたけど、全部断れちゃってさ。ダメかも」

「はい。仕方がないですよね?」


 笑みを浮かべる葵ちゃんが俺の頭を撫でてくれた。


「先輩は優しい人…」

「なんだ…。いきなり…」


 そして、俺は彼女の手首に巻かれている包帯に気づいてしまう。


「何それ…? 傷…?」

「あっ? な、なんでもないです! 体育授業でちょっと無理して…、へへ」

「ったく…、気をつけて…」

「はい!」


 ほとんどの時間を葵ちゃんが代わりに埋めてくれた。

 放課後や週末、暇な時はいつも彼女とこんな風にデートをする。今は葵ちゃんが俺の人生の全てだと思ってしまうほど、彼女のことが好きになってしまった。しかし、葵ちゃんがさりげなく俺のそばにくっつくのは、堪らないほど可愛いな…。


 めっちゃドキドキする。


「……」


 てか、あいつは今何をしてるんだろう…。連絡も取れないし…。


「何か、心配でもありますか?」

「えっ? どうして分かった?」

「そんな顔をしてたから…?」

「やはり葵ちゃんの話が気になる…、最近の尚はちょっと変だ…。何かを隠してるように見える。よく分からないけど、そんな気がした」

「フフッ。優しい人ですね。じゃあ、教えてあげましょうか? どうして私がそう話したのか、知りたくないですか?」


 ……


 そのまま葵ちゃんは俺に信じられないことを話してくれた。


「それは…、本当なのか?」

「はい…。だから、少し心配になって…」

「……」


 正直、俺は葵ちゃんの話を信じられなかった。

 あんなことがあるはずないから…。もし、そんなことが本当に起きているなら…尚が犯罪に関わっていることになる。それは葵ちゃんの推測だった。尚は彼女に何かをされているかもしれないって…。学校に顔を出すことだけを許されて、その後はまるで監禁されたような日常を過ごしていると…。そして尚の体に残っている数多い傷痕がその証拠だと、葵ちゃんは俺に話してくれた。


 そしてバイトをしている時にはっきり見えた首筋のあざ。

 尚は今、誰にも言えないことを…彼女にされていた。


「じゃあ…、誰か助けないと…!」

「私には無理です。柏木先輩の彼女さんとは知り合いだから、私がどうにかできる状況じゃないんです」

「じゃあ、俺が…!」


 でも、どうすれば…。


「私も柏木先輩のことを助けてあげたかったんですけど…」

「葵ちゃんの話通りなら…、今もあの人に何かをされてるかもしれないだろう?」

「……でも、楓先輩は友達のためにそんなことをする勇気がありますか?」

「……」

「相手は、手強い人ですよ? 説得できればいいけど…」

「やってみるしかないな…」

「そしていつも体に傷痕ができてしまう柏木先輩が可哀想で…。すみません…。彼氏の前で他の男の話をして…」

「いや…。尚は俺の友達だから…」


 だから、尚のことを気にしていたんだ…。


「俺がなんとかしてみる…!」

「はい…」


 落ち込んでいる葵ちゃんの頭を撫でてあげると、いつもの笑顔を見せてくれた。


「先輩は…、本当に優しい…。ちょっと失礼します!」


 そう言った葵ちゃんが俺の頬にキスをする。


「……!」

「びっくりしました? へへ、可愛いですね」

「……いきなり、そんなことを!」

「私は優しい男が好きです。楓先輩みたいな人が…、好みなんで…。ひひっ」

「俺も…」


 大好きだ…。

 葵ちゃん…。

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