第69話 忘れたこと。−2

「……白川、何か知ってるんだよな…?」

「そうですね。あーあー。やっと先輩を見つけ出したと思ったら、また手が届かない場所に行っちゃうなんて…」

「俺を探していたのか…?」

「……」


 その時、何かに気づいた白川が振り向く。

 二人しかいないこの薄暗い道の真ん中。誰もいないと思ったら、真剣な顔をして後ろの街灯を見つめる白川だった。


「な、何…? 誰かいるのか?」

「怖い人…、ここまで人を…」


 爪を噛む癖が出てしまった葵が独り言を言う。


「先輩。多分、先輩が私に聞きたいことは先輩が知っていることだと思います」

「なら教えてくれ…! 俺にはあの時の記憶がないから」

「ここで話すのは無理です。そして、最後に一つだけ…」

「うん?」

「私は花田菜月の妹です。それが聞きたかったんでしょ?」

「どうして…」

「話はここまで…。さよなら、先輩!」


 そう言った白川がカフェまで走っていった。

 あの白川がそんなに慌てるなんて、一体後ろに誰がいたんだ…? そして俺がそこに行った時にはもうあの人が姿を消した後だった。白川が慌てるほどの人なら、もしかして…。そう、前にも言ったことがある…。それは俺と白川の写真を撮った人がここにいたってわけ? 花田さんはずっとこんな風に俺を監視していたのか…。俺のことを全部知っているって話は…、これだったんだ…。


 俺は何をしても、花田さんの手のひらの中…。


「……どうすれば」


 いいんだ…?


「……あれ?」


 その場で悩む時、俺は微かに感じられる香水の香りに気づいてしまった。

 勘違いなのかは分からないけど、誰もいないこの道でこんな香りがするわけないからな…。やはり、先までここに誰かがいたんだ。俺の推測だけど、ここにいたのは女性だったかもしれない。花田さんも俺とデートをする時にこんな香水をつけたから。


 菜月「尚くん〜。今どこ?」


 びくっとする尚。


 学習された恐怖か…? L○NEがきただけなのに、びっくりしてしまう。


 尚「今行く…、ごめん。すぐ行くから…」


 でも、収穫はあった。

 曖昧だった二人が、実は姉妹だったことはいい情報だ。でも、二人の苗字が全然違うよな…? 花田と白川、それって姉妹だったってこと。じゃあ、二人の間にも何かあったかもしれない。どんどんややこしくなるこの状況をどうしたらいいんだ…。


 ため息しか出ない帰り道だった。


 ……


「た、ただいま…」

「……」

「な、菜月…? あれ…? いない?」


 薄暗い部屋の中。電気もつけず、ベッドでじっとしている花田さんに気づく。


「尚くん…?」

「なんで、電気をつけないんだ…? 暗くない?」

「暗い…」

「どうした…? 元気がないね…?」

「大丈夫…。尚くんを待ってたの…」

「そう…? 一緒にご飯食べようか?」

「うん…」


 花田さん、今日は元気なさそうに見える。どうしたんだろう…?

 でも、それよりどんどん痛くなる俺の背中が気になる。傷もないはずなのに、どうしてこんなに痛いんだ…? 今日バドミントンする時も、無理してなかったけど。何かに刺されるその感覚がずっと背中に残っていた。


「どうしたの? 尚くん? 顔色が悪いよ?」

「あっ、な、なんでもない! ちょっと疲れたかも?」

「ご飯食べて、一緒にお風呂入る?」

「うん」


 いつの間にか俺の家ではなく、花田さんの家で暮らしていた。

 床に散らかっているゴムと拷問道具、ある意味で今日から監禁生活が始まる…。


「フゥ…」

「気持ちいい? 尚くん…」

「うん。でも、菜月今日は何かあった? 声に元気がない」

「私もちょっと疲れたかな…? 尚くんがそばにいるから…もういいよ」

「うん…。今日は一緒に深夜映画どう?」

「それって映画を見ながら…したいってこと?」

「なんでそうなる…?」

「フフッ」


 振り向いた花田さんが俺を抱きしめる。

 そういえば花田さんの髪の毛…伸びたな…。セミロングだった髪が今はけっこう伸びて、肩の下まで届いている。


「あったか〜い」


 俺の胸に頭を乗せて、すっごく甘えてくる彼女の背中を撫でてあげた。

 お湯のせいか…? 真っ赤になった顔が見える。そして俺と目を合わせた花田さんが、片手で前髪を後ろに流してくれた。


「カッコいい…。キスして、尚くん」

「……」


 そのまま、ゆっくり時間を過ごす二人。


 ……


 お風呂から上がった後、花田さんの髪の毛を乾かしてあげる時だった。


「尚くん…?」

「うん?」

「これ…、つけて…」

「……」


 首輪…。


「バイトもやめたから、もういいんじゃない…?」

「もうちょっとつけてほしいけど…、尚くんは嫌?」

「……分かった。菜月がそうしたいなら…」

「嬉しい…。あっ、そうだ! 私、お母さんが送ってくれた果物がいっぱいあるからね? 食べない?」


 お母さん…か。


「うん。食べる」

「待ってて! すぐ持って行くから…」


 家に帰ってくると、いつもスマホを確認する花田さん。

 二人っきりになった時は誰とも連絡をすることができない。ある意味で寂しくなるかもしれないけど、花田さんがそばにいてくれるからそうでもないか…。いつの間にか、俺のスマホは花田さんと連絡するだけの機械になってしまった。


「持ってきたよ〜」


 片手に握られた首輪のスイッチ。

 明日からは、どうなるんだろう…。


「あーん」

「……」

「甘い?」

「うん…。甘い」


 俺にオレンジを食べさせる彼女と、0時からロマンス映画を見ていた。

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