第68話 忘れたこと。

 夢を見た。それは誰かに殺されてしまう…とても気持ち悪い夢…。

 確かに、昨年もこんな夢を見ていた。そして知らない人に背中を刺された時の痛みを、なぜかちゃんと覚えている。それは夢のはずなのに…、リアルすぎて目が覚めてしまう朝だった。


 この冷や汗とドキドキする心臓が、悪夢を見た証拠になるんだろう…。


「……」


 指先が震えていて、息ができない…。


「な、尚くん…! 起きた…?」


 そばから俺を抱きしめる花田さんと朝を迎える。

 でも、夢で感じた背中の痛みは、なぜか現実でも感じられる。そして、このモヤモヤする感覚。何かを忘れてしまったことに気づいていたけど、俺はずっとそれを思い出せなかった。その記憶がこの問題の鍵になるかもしれないのに…。


「今日はすぐ帰ってくるよね? 尚くん」

「うん…。そうだよ」

「じゃあ…、家で待ってるから!」

「うん。行ってきます…」

「いってらっしゃい!」


 花田さんといつものキスをしてから家を出る。


 ……


 変な夢を見て…朝から元気がない俺に1限から体育授業か…。


「尚、何してんだ。急げ…!」

「あっ、先に行ってもいいけど…」

「おいおい、今日はバドミントンあるんだろ…? 俺の相手が来ないと、俺は誰とやるんだ…?」

「確かに…」


 なんだ…? 背中からわけ分からない痛みが感じられるけど…。

 今は楓がいるから、背中を確認するのもできないし…。そして、腹には「あれ」もあるから…。てか、前にも背中が痛かったような気がする。確かに、俺がまだ中学生だった頃の…。何かあったはずだけど、なぜこうなったんだろう…? 分からない。


「着替えないのか?」

「すぐ着替える…」


 そして真ん中のベンチに座る楓が俺に声をかけた。


「あのさ、尚」

「うん」

「俺…、葵ちゃんと付き合うことになった」


 あの楓が白川葵と付き合うんだと…? マジか…?

 まぁ…、カラオケでそんなことを言ったから無理でもないか…。今まで「女子とは付き合わない」って言い放ったあいつが白川と付き合うなんて、ある意味ですごいなと思っていた。


 白川葵、花田さんと似ている人だよな…。

 よく考えてみると姉妹って感じもするから…。


「……」


 ちょっと待って、姉妹…?

 いきなり思い出した姉妹って言葉に、俺はある可能性を推測した。


「デートもしたぞ? この前に」

「おめでとう…。これで、お前もラノベを卒業するのか」


 これは後に考えるしかないな…。


「忙しくなるかもしれない…。それより、葵ちゃんが今度4人で遊びに行きたいって言ったけど。どうする?」

「俺は…部屋に引きこもる…」

「……お前らしい」


 そう言いながら、楓はちらっと服を着替える尚を見ていた。

 そして尚の体に残っている黒赤色の痕に気づいてしまう。


「あのさ…、尚」

「うん」

「最近…、なんっていうか…。つらいこととか、人に相談したいこととかない?」

「いきなり? お前が…?」

「なんだよ〜。その言い方」

「特にないけど…」

「何かあったら、俺に話してくれ…。友達だろ?」


 白川と何かあったのか、言い方がちょっと変わったっていうか…。

 楓がこんな話をする人じゃないってことを、俺が一番よく知っている。そして「つらいこと」を言い出した理由は…? 俺は学校で一度もつらそうな顔とか、そんな事情を話したことないのに。どうして楓はそれを先に言い出したんだ…?


「そろそろ行こうか?」

「うん…」


 楓が言うその話を意味をよく分からなかった。


 ……


 そして放課後、今日はバイト先に寄って俺の荷物を取りに行く日。

 店長とはすでに話を終わらせたから、最後は二人の関係を白川に聞いてみよう。そして、今日からは本当に花田さんと一緒にいる時間が増えてしまうんだ。それに俺一人で出かけるのも…、彼女の許可がないとできないよな…。


 まだ家に帰ってないけど、ため息をついてしまう。


「おい! 尚! 待って!」

「楓?」

「今日、遊びに行ってもいいか?」

「ごめん…。今日は無理かも」

「明日は?」

「明日も…。俺、最近忙しいから…時間がない」

「そ、そうか? 仕方がないな…」


 今日の楓はちょっと積極的だった。

 普段はこんなことを言わないやつだから、本当に珍しいなと思ってしまう。


 ……


 カフェに着いて俺の荷物を持って行く時。

 悲しそうな顔で俺に声をかける店長だった。


「どうしてやめるんだよ〜。尚くん…」

「もう3年生で、勉強とかもありますし…」

「将来いい人になるためなら仕方がないけど…、尚くんがいなくなるは嫌だよ〜」

「だから、店長も彼氏とか作ってください…」

「じゃあ、作ったら帰ってくる?」

「遠慮します…。あ、そうだ。白川はまだですか? 挨拶くらいはしたいけど…」

「ううん…。葵ちゃんはまだだよね…」


 連絡先もないし。カフェにもいないなら仕方がないな…。

 そのまま帰ろうとした時、街角で白川とばったり会ってしまった。


「あれ…? 先輩! 店長から聞きました。でも、本当にやめるんですか?」

「うん。バイトはもうやめたから…」

「惜しい。私は一緒にバイトしたかったのに…、本当に惜しい…」

「……白川」

「はい?」

「俺は君に聞きたいことがある。もう会えないから、最後にこれだけを…」

「あら、彼女さんに自由まで奪われましたよね? 可哀想な先輩…」

「……」


 そう言った白川は、俺の事情を知ってるような顔をしていた。

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