第64話 お花見。−2
「眠気がさす…、尚くん」
「また寝る…? せっかくここまできたのに…」
「こうするのがいいのよ〜」
それから何もせず、俺たちは静かにくっついていた。
寝ているように見えるけど、俺と手を繋いでいる花田さんはずっと指先に力を入れていた。俺がそんな酷い目に遭ってもまだ花田さんのそばにいる理由は、彼女のこんなところが好きだからだ。馬鹿馬鹿しいけど、俺はこうやって甘えてくる時と、いつもそばにくっつこうとする彼女を「可愛い」と思っているから…。
男の俺に可愛い花田さんは、そばにいるだけで緊張してしまう存在だった。
その顔にドキドキして、顔を赤めてしまうから…。
「……尚くん…。ううん…」
寝言…? どうやら昨日も遅く寝たようだ…。
今更だけど、花田さんは俺の初恋でもある。
俺は恋愛経験もないし…。女子とはあんまり喋らない人だったから、初めて出会った彼女に惚れていた。笑みを浮かべる顔とか、俺に優しく話してくれることとか…。花田さんから感じられる成人女性の魅力が半端ないと思っていた。
それから、うちに泊まるようになって今は恋人になったけど…。
あの時のときめきは今も同じだから、どうすればいいのか分からなかった。
彼女にとってそれも愛情表現の一つなら…、俺にも言えることはない。ちょっとやりすぎじゃないのかが俺の考えだけど…、直接彼女に言う勇気はなかった。今は笑ってくれる彼女に安心して、機嫌を損ねるような行為に注意をするだけ。
そうするだけで、幸せになる。
「……しかし、ちゃんと寝た方がいいって言ったのに」
こんな天使みたいな顔をしている花田さんが、実は裏で俺を監禁して調教する人って…誰も信じないよな…。
寝る時だけは天使そのもの…。
「……っ!」
「菜月?」
「高い場所で落ちる夢を見た…」
「何それ…」
「ねえ…、尚くん。私、喉乾いたよ〜」
そう言いながら、飲みかけのお茶を飲み始める花田さん。
「それ…俺の…」
「それくらい平気!」
「……え…」
せっかくのお花見なのに、先からじっとしている二人だった…。
何もしてないけど、確かに二人っきりだから特にできることもないよな…。
「あれ? 菜月だ!」
すると、向こうから花田さんを呼ぶ声が聞こえた。
「へえ…、彼氏とお花見しにきたんだ…」
「うん」
「うん…。たまにはみんなと一緒に行ってもいいのに〜。寂しいよ〜」
「へへ…、ごめん。マリンは? 彼氏?」
「ううん…。友達! どう? 一緒にお花見しない? 彼氏くんも!」
「わ、私は…」
花田さんがマリンと呼ぶこの人は大学の友達なのか…、先からめっちゃ見られてるけど…。
「尚くんは一緒にお花見したい?」
「構わないけど、菜月はどうする?」
「でも…、もうちょっとで帰るかもしれないから遠慮しておく!」
「そっか…。残念…。じゃ…またね!」
4人でお花見をしにきたマリンさん。
その後ろ姿を見つめながら、よく分からない表情を作る花田さんだった。
「フン…。今は尚くんと一緒にいるのがいい…」
「うん…。あっ、ちょっとトイレに行ってくる! お茶飲みすぎたかも…」
「うん」
……
てか、俺は花田さんが友達と話すのを初めて見た。
それもそのはずで、友達と遊ぶのも連絡するのも見たことがないから…。なんっていうか不思議って感じ。俺と一緒にいるのも好きだけど、友達と過ごす時間も大事だと思うからな…。なるべく、友達と過ごす時間も増やしてほしいけど…無理かな。
「あ〜。本当、自分だけが特別だと思う人だから…」
「うん? 誰? 菜月のこと?」
「そうそう…」
そしてトイレから出る時、花田さんの友達に見える人たちがさりげなく彼女の悪口をしていた。真ん中のあの人は…、俺たちに一緒にお花見をしようって話をかけた人じゃないのか…? どうして、友達と花田さんの悪口をしてるんだ…?
「うざい…」
壁の後ろに隠れて、その話を聞くことにした。
「マリン、なんであの人に声かけたの? あの犯罪者の友達に…」
「え…? いいじゃん。別に菜月が悪いわけでもないし」
「ああ、それ木下エルのことだよね? それは思い出すだけで吐き気がする…。未成年とあんなことをするなんて…」
「似たもの同士。どうせ、あの人も木下エルと同じことをしてるかもしれないよ? 先の彼氏、どう見ても高校生くらいだったから」
「だよね? でも、木下とは違って菜月は人と関わりたくないってイメージが強かったから…、声をかけてみたかったの」
「やめてよ…。私たちとは違う世界に住む人間だから…」
「確かに、私が余計なことをしたかもしれない…」
「講義室でも何を考えているのか分からない顔してるし…。きっと危ない人だよ」
てっきり、花田さんは大学でモテる人だと思っていた。
今の話を聞いて、少し悲しくなる。花田さんの友達なのに、どうして裏からそんなことを言うんだ…。
「尚くん〜」
「……っ」
どうして、花田さんがここまで…?
「な、菜月…」
「何かあったのか心配したじゃん! 遅い!」
「ご、ごめん…」
そして向こうから話していた人たちが、菜月の声に気づく。
「何してたの?」
「いや…、やっぱりお茶飲みすぎ…」
「何それ…、バカみたい!」
「へへ…」
笑い合う二人。
そして後ろから人たちの視線が感じられたけど、俺も花田さんももうそれに気にしていなかった。
「本当に天気がいいから、ぐっすり寝たよ!」
「お花見をしてるのに、寝る人は菜月しかないと思うよ…」
「尚くんがそばにいるから安心する!」
笑っているのに、寂しげに見える彼女の顔。
俺の勘違いかどうか分からないけど、彼女が俺に執着する理由を少し分かりそうな気がした。事情があるってことだよな…。
チュー。
「えっ…!」
「ぼーっとして何するの? そろそろ帰ろうかな?」
「うん…」
彼女にとって、俺と一緒に過ごすこの時間はとても大事なことだった。
舞い散る桜を眺めながら、しばらく花田さんとその周りを歩く。
「尚くん…、あの人たちが言ったことは気にしなくてもいい」
「ど、どうして分かった?」
「女の勘かな…? あの人たちとはあんまり親しくないからね」
「そっか…」
「気にしないで…、あんなこと無視した方がいいよ。私に集中…」
「うん…」
そして、両手で俺の顔を触る彼女がキスをしてくれた。
「……いい子…」
「……うん…」
そう言った花田さんは、いつもと同じ笑顔をしていた。
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