第65話 寂しがり屋。

「あっ、花田菜月だ…」

「あの人、すごいお金持ちだよね…?」

「あっ! 目が合っちゃった…!」

「早く行こう…」


 私は自分のことを他人に一切話さない人だから、そのせいでたまに私と目が合う人はあんな風に私のことを言う。全部聞こえるのに、それでも構わず何気なく言い出す人たちだった。「あの人はお金持ち」「性格が悪い」「自分だけが特別な人だと思う人」「他人はただの村人扱い」とか…。自慢したこともないし、偉そうに他人を無視したこともないけど、高校生の時からそうだったと思う。


 高嶺の花と呼ばれて、多い人々に好かれるアイドルみたいなイメージ。

 そんな馬鹿馬鹿しい話ばかり…私の気持ちなんて何一つ知らないくせに…。軽々しく「好き」という言葉を言い出さないでよ…。その言葉は私をずっと苦しめていた。誰かに好かれるのはすごく気持ちいいってことを、私も知っている。そして私もあの人が好きになる瞬間を…、未だに忘れていない。関係というのはそんなことだから。


 あの頃は一人ぼっちだったけど、それだけはちゃんと知っていた。

 そして、「好き」って言ってくれた人が私を裏切った時の痛みも…。


 ちゃんと知っている。


『危なっ———!』


 そして、あの時の声が私の頭に響いた。

 私の「恋」が失敗して、もう諦めようとした時…。君が現れたからの…。


 何度も、何度も…。忘れようとしたけど、忘れられない人。

 君は私の心を動かした。


「……」


 ノートにメモをしながら、あの時のことを思い出していた。

 全部諦めて、一人ぼっちで生きるのもいいことだと思う時…。「ずっと、好きでした」みたいな言葉を言われると、感動してしまうのよ…。私も女の子だから、寂しいのは嫌いで…誰かに「好き」という恋愛感情を抱きたいそんな普通の女の子だよ。


 豊かな家庭と、そうではない私の生活。

 全てを手に入れた人に見えるけど、一つだけ私が知らないことがあった…。


 ダーリン「今日、バイトのせいで遅くなりそう! ごめん。菜月」

 菜月「また…? もう3年生になったから…、バイトより勉強した方がいいんじゃないの?」

 ダーリン「ごめん…。そうしたいけど、お金も大事だから」


 私の理想的な「恋」は…、どうすれば維持できるのかな…?

 それがよく分からない…。私は今尚くんと付き合っていて、彼女になったはずなのに…。まだ足りない。心を完全に満たしてくれる何かをずっと探していた。だから、尚くんのお腹に私と尚くんの名前が書いている相合傘を刻んであげた…。それでも足りないのはやはり私のせいかな…? いや…、私に「好き」って言った尚くんがもっと頑張るべき…。だよね…? 私は尚くんに献身しているから…。


 でも、最近は余計な人が私の邪魔をしている…。もっと注意しないといけない。


「はあ……」


 早く会いたいのに、カフェのバイトがいつも邪魔になる。

 どうしてもバイトを辞めさせないと…、私と一緒にいる時間が減ってしまう。


「花田! あのね…、今彼氏とかいる?」


 そして講義が終わると、よく分からない人が私に声をかけてきた。


「いるけど…?」

「そう…? 私の友達がどうしても花田のことを紹介してくれって言ってるから、嫌なことを聞いてしまった。ごめん…!」

「ううん…。大丈夫」

「やっぱり、綺麗な女子には彼氏がいるんだよね…。花田めっちゃ綺麗だから」

「そ、そんなことないよ…?」


 なんで、私にそんなことを言うのかな…。


「じゃあ〜。またね」

「うん…」


 軽々しい出会いは価値がない。


 ……


 軽々しく人にそんなことを言うのも嫌いだ。

 そんな出会いが普通だとは思わない。紹介してもらった人と、本物の「恋」ができるわけないから…。私がしているのは本物の「恋」だよ…。彼氏に愛されて、毎晩あんなことをして…、ずっとそばにいてくれる人。尚くんは私の全てだから…、私から離れてはいけない。それは私を裏切ること、だから…それをするしかない…。


 尚くんがそのバイトを諦めないなら、諦めさせてあげる。

 そして、あの子もそこで働いてるんでしょう…? 白川葵…。


「彼女が家で待ってるのに…」


 邪魔者が増えるのは嫌い…。


 いつかこれを使う日が来るかもしれないと思って、引っ越しする時に持ってきた。

 そして引き出しを開ける時、私は後ろに置いている尚くんのシャツに気を取られてしまう。確かに、あれは今日脱いだシャツ…。ちょっとだけなら…、別に悪いことでもないから。しばらく、そのシャツに残っている尚くんの匂いを嗅いでいた。


「……っ」


 私と尚くんが一緒に寝るこのベッド、新婚みたいで好き…。

 ずっと…、ずっと…一緒だよ。


「フフフッ…。あっ、あれを探さないと!」


 そしてキャリーケースに入れておいたあの物を見つけ出した私は、尚くんが帰ってくるのをゆっくり待っていた。


「尚くん…、どんな顔をするのかな…。早く見たい…、きっと私の前で喘ぐ時と同じ顔をするよね…? 尚くん…好き…、早く帰ってきて…」


 薄暗い部屋、菜月の手に握られた黒い物体。


「尚くん…」


 ドキドキする心臓の音がすごくうるさい…。

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