第63話 お花見。

 桜が散る前に花田さんとお花見をしようと約束をした。

 今朝も花田さんの部屋で目が覚める。あの日から、ずっと花田さんの家に泊まるようになった。ピンク色の部屋で花田さんとあんなことやこんなことをして、俺が何をしてもすでに彼女の手のひらの中だった。


 素直に、従うだけの日々が続く…。


 急に知りたくなった。

 花田さんは俺が寝ている時に何をするのか…? 今まで数ヶ月間付き合ってきたけど、俺は花田さんが先に寝る姿を一度も見たことがない。そして彼女の前で寝たふりをした日、花田さんは耳元で「尚くん〜」と2〜3回俺を呼んだ後、さりげなくキスをした。飴を舐めるように、体のあちこちを舐めるから。そのくすぐったい感覚に、すぐ目が覚めてしまったのだ…。


 自分を騙した罰として、首輪をつけられた…。


 花田さんは俺とあんなことをするのが大好きって何度も言う。

 俺も嫌いじゃないから好きって答えてあげたけど…、どうやら花田さんの性欲は一般女性より強いかもしれない。毎朝、知らない傷痕ができて下着姿の花田さんと朝を迎える。数日間、花田さんの家に泊まると普段の彼女に戻ってきて少し安心した。一応、監禁されなかっただけで感謝する俺だった…。


 まだ解決していないことが多いけど、どうすればいいんだろう…。


「尚くん…、お花見…」


 目を擦りながらあくびをする花田さん。


「今は朝の7時だから、もうちょっと寝てもいいよ?」

「でも、尚くんがそばにいないと眠れない…」

「今から準備をしないと…」

「え———いっ!」


 すぐ俺をベッドに倒して、朝からイチャイチャする彼女…。


「菜月…」

「うん! 尚くん!」

「イチャイチャするのはいいけど、その前に手錠を外してくれない…? こ、このままじゃ不便だから…」

「あっ、そうだよね?」


 ここで逃げるわけでもないのに、手錠をかけるなんて…。

 ある意味で監禁かな…。


「昨日、すっごくいい夢を見たの!」

「夢…?」

「うん〜。王子様になった尚くんが私を助けてくれるめっちゃいい夢…」

「子供でもあるまいし…」

「女性はいくつになっても、男に愛されたいからね?」

「はいはい。準備しよう!」

「はーい!」


 ……


 お弁当を作った後、出かける準備を済ませた二人はお花見をしに行く。

 今日は天気もいいし、吹いてくる春風もすごく気持ちよかった。


「尚くん! 手、繋ごう!」

「うん」


 駐車場に行くだけなのに、それでも俺と手を握る花田さん。

 なんっていうか…、ホテルに泊まったあの日から1メートルも離れたくないって感じがするけど…。先も洗面所で一緒に歯磨きと洗顔をしたし、ご飯を食べる時も向こうの席じゃなくて俺のそばにくっつくし…。保護者になったっていうか…、俺がそばにいないと不安になってしまうのか…。彼女がまた変なことを考えないように、心の底で祈るだけだった。


「今日は本当に天気がいいな〜」

「そうだよね?」

「デート、デート…! お花見デート! 楽しい!」

「行こう!」


 そして二人が着いた場所はお花見の名所、〇〇公園。

 噂通り、人が多くてちょっとびびってしまう俺だった。


「人多いね?」

「う、うん…」

「離れないように手を繋ごう…。尚くん」


 そう言ってくれた花田さんと公園に入る時、美しい彼女の姿が周りの目を引いていた。へそが見える服はダメって、先に言っておいた方がよかったかもしれない。あの男たち、花田さんをジロジロ見てるのがムカつくから…。


「な、菜月…。やはり、俺の上着をかけてあげるから」

「なんで…? 周りの男たちに見られるから…」

「……今日の服、変かな?」

「可愛いけど…、腹が丸見えになるから…ちょっと」

「恥ずかしい? 尚くん、こんな服好きじゃなかったの?」

「は、恥ずかしいことを言うな…」


 すると、周りの視線に気づいた花田さんが俺の上着を着る。


「あんな人たちに気にしなくてもいいのに…。でも、上着から尚くんの匂いがするから、これは着る…」

「何それ…」

「ねえ…、私腕を組みたい! 尚くんが私の物って、あの人たちに見せつけたい!」

「たまに菜月は子供じみたことを言うんだな…」

「だって、尚くんはカッコいいから」


 桜木の下で二人で作ったお弁当を食べる時も…、やはり花田さんは俺のそばにくっつくんだ…。白くて細い足を伸ばした彼女が、さりげなく俺の上にその足を乗せる。てか、今日の花田さん…下はスカートだったよな…。外ではこんなことしないで欲しいけど…、本当に他人の視線など気にしない花田さんだった。


「ねえ! 食べさせて!」

「うん」

「ひひっ…」


 涼しい風が吹いてくるこの場所にはざわめく人々の声と、揺れる桜木の音が聞こえた。この雰囲気、なんか落ち着く…。そばには俺と手を繋ぐ彼女いて、晴れた空を眺めながら久しぶりに余裕を感じる俺だった。


 チュー。


「えっ…?」

「びっくりしたの?」

「ひ、人がいるから…。恥ずかしいことはやめてよ…」

「え———。人がいるからこんなことやってるんだよ〜。見せびらかすためだから」


 本当に可愛い彼女だけど、たまには不安になってしまう。

 俺が花田さんと付き合ったのは「正解」なのか…? 彼女に好きって言われたのが嬉しかったから、俺も好きな人と付き合ったら幸せになれると思っていた。今は少し違う形になっているけど、いつからこの関係を維持する自信がなくなってしまう。


 俺は…花田さんのことを…。


「何考えてる?」

「うん? 空が綺麗だなと思って…」

「私は…? 私も可愛いけど…」

「もちろん、菜月も可愛いよ? 彼女だから…」

「ひひっ…」


 悩むばかりで実際できるのは何もない。

 それが俺ってやつ…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る