第60話 惹かれる。

 どうしよう…。あの日からずっとメッセージを送りたかったけど、何を送ればいいのかよく分からなかった。悩むばかりで、今朝も胸がモヤモヤしている。しかし、葵ちゃんのあの目は本当に綺麗だったよな…。これは、もしかして恋愛感情…? 映画を見た時のドキドキする感覚も、葵ちゃんと手を繋いだ時の感触も、俺はちゃんと覚えていた。


 そして、耳元で囁いたその言葉も…。

 自分の連絡先を誰かに教えてあげたのは俺が初めて…、その話の意味は…?


「はあ…。また葵ちゃんとどっか行きたいな…」


 年下の女の子は初めてだから、どんな風に誘ったらいいのかよく分からない。

 あの笑顔をもう一度見たいんだ…! 悩んでも仕方がないから、俺は勇気を出してメッセージを送ることにした。一応深呼吸をして、葵ちゃんの電話番号を…。


 葵ちゃん「楓先輩〜」


 すると、向こうから先にメッセージを送ってくれた。


 楓「えっ? 葵ちゃん…?」


 そのメッセージに返事をした後、すぐ葵ちゃんから電話がかけられた。

 数秒間、ぼーっとしていた俺は震える手でその電話に出る。


「楓先輩〜」

「あっ、うん…」

「あれ? 声に元気がないんですね? どうしました?」

「いや…。なんでも…」


 九条さんから先輩…、そして今は楓先輩って呼んでるんだ…。

 朝から声がめっちゃ可愛いけど…。葵ちゃんのくすぐるような言い方が、俺の中にある何かを刺激していた。よく分からないけど、今すぐ会いたくなる…。何、一体なんなんだ…? この子は普通の女子と何が違って、こんなことを思わせるんだ?


「あっ、もしかして下の名前で呼ばれるのが嫌いですか?」

「いや…、そんなことないよ。ちょっと、緊張して…」

「フン〜? いきなり電話をかけられてドキッとしたとか?」

「……し、知らない」

「フフフッ」

「……どっかに行きたいなと思って」

「先輩、私に会いたいですか?」


 堂々と言い出す葵ちゃんに俺はさりげなく「うん」って答えてしまった。


「じゃあ、今日デートしませんか…? 二人っきり…」

「えっ? デート? 葵ちゃんは…その約束とかない?」

「先輩のためなら、友達との約束など破っても構いません」

「いや…、さすがにそれは…」

「フフフッ、ウッソです〜。約束はないから、外で会いましょうか?」

「あっ…、うん」


 朝から葵ちゃんとデートの約束をしてしまったけど…、心の底から「なんだろう」と思っていた。そして俺はうっかりしていたことを思い出す。葵ちゃんは尚のことを大好きって言ってたよな…? なのに、俺とこんなことをしてもいいのか…? もちろん、尚には綺麗な彼女がいるから浮気などしないと思うけど…。好きだった人をそんなに早く諦めるのができるなんて…、ある意味ですごいな。


「で…、何をすればいい? 答えた後はすぐ電話を切っちまったから…」


 いきなりデートなんて、どこに行けばいいんだ…。

 イロハちゃんに聞いてみようか…。


 楓「イロハちゃん」

 イロハ「うん?」

 楓「今からデートあるけど、おすすめの場所とか…行きたかった場所ある? 教えてくれ…!」

 イロハ「え…、デートするんだ…。同級生?」

 楓「いや。年下の女子高生」

 イロハ「なら、動物園とかはどう? 私も…行きたかったっていうか…。結局、行かなかったけど。女の子は動物とか、可愛いのが好きだからね?」

 楓「そっか! ありがとう。イロハちゃん」

 イロハ「頑張ってね。そしてデート終わったら、話を聞かせて!」

 楓「ありがとう!」


 服を着替えながら、ネットで動物園を調べてみた。

 葵ちゃんが気に入ってくれたらいいな…。俺も久しぶりのデートだから…ちょっと緊張してしまう。それよりただ好感があっただけなのに…、いつの間にかデートまでするようになってしまった。そして、心に引っかかる尚のこと…。曖昧な関係は嫌だから、俺は葵ちゃんの心を確かめてみたかった。


 ……


 お昼になる前に、約束の場所で葵ちゃんを待っていた。


「楓先輩〜」

「……葵ちゃん!」


 すると、白いワンピースを着た葵ちゃんがこっちに向かって走ってくる。

 予想していたけど、やっぱり可愛いな…。しかも、白いワンピースなんて…春はいい季節かもしれない。俺を呼ぶ葵ちゃんの黒髪が靡いて、その姿にしばらく気を取られていた。手を振ってくれる姿も、笑顔で走る姿も…すでに惚れていたんだ。俺は。


「はぁ…、はぁ…。遅くなってすみません…!」

「いや…、俺も来たばかりだから」

「おっ…!」

「どうした?」

「今日の楓先輩…、カッコいいですね…!」


 微笑む顔でそれを言うのは…、反則じゃねぇか…。


「な、何を…」

「フフッ、照れてますよね? 先輩?」

「知らない…。行こう…!」


 彼女の赤い瞳に俺の姿が映ると、すぐ顔が赤くなってしまう。


「……」


 葵ちゃんは俺と話す時にいつも目を合わせてくれるから、吸い込まれるようなその目に心臓を握られたような気がする。その笑顔と、何を考えているのかよく分からない雰囲気が、俺の好奇心を刺激していた。もっと葵ちゃんのことが知りたくなる。


「行きましょう! 先輩〜」

「あっ、うん!」


 そう言ってから、俺の前に手を差し出す葵ちゃん。


「うん…? お、お金かな…?」

「じゃなくて! 手ですよ! バカ…」

「あっ、ごめん…」


 あまりにも不思議な状況だったから、ちょっと変な勘違いをしてしまった…。


「先輩のバーカ!」


 さりげなく葵ちゃんと手を繋いだ俺は、彼女とゆっくり駅まで歩いていた。


「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

「あの…、動物園はどう?」

「私、動物園好きです! 動物っていつ見ても可愛いですよね〜」

「うん」


 今まで出会った女子たちとは何が違うのか…、よく分からない。

 ずっと俺を意識させるようなその振る舞いに、目を離すのができなかった。

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