第59話 一人ぼっちは嫌。

 尚くんはあの時のことを思い出せない。

 それは尚くんにとってトラウマになっているはずだから…、私はそれを無理やり思い出させたくなかった。だた私のそばで、私と一緒にいるだけで…、それで十分だと思っていたからね…。私のそばから離れないように、尚くんのことを束縛するしかなかったの。


「……はあ」


 ホテルのスイートルームでそんなにやったのに、また寂しくなっちゃう…。

 我慢できず、私のベッドでこっそり自分を慰めていた。今日も尚くんと一緒にあんなことがしたい…。私の前で喘ぐ姿を想像しただけで…、体が熱くなるような気がした。肌を合わせると尚くんのいい匂いがするから、それにもう我慢できなくなっちゃう…。


 尚くんのそばが一番好きだよ…。


「——————っ!」


 私はね…?

 尚くんと出会う前に戻りたくない、今が幸せだよ…。


「ただいま…」

「尚くん…! おかえり!」

「でも、今日は久しぶりに菜月の部屋だね…?」

「うん…! たまにくる彼女の部屋はどー? ドキドキするんでしょ?」

「うん…。なんか、今日の菜月テンション高いね…?」

「へへへ…」


 季節は完全に春…。

 この時期は軽い服装をしても寒くないから、尚くんの前で大きくて白いシャツを着ていた。もちろん、下もはいていない。面倒臭いからブラも外して…、すぐ尚くんにくっつく私だった。もう恋人だから、そんなことは気にしない。むしろこんな格好をすると、尚くんが「やりたい」って言ってくれるかもしれないから…。少しは期待をしていた…。


「菜月、今日の夕飯どうする?」

「尚くん食べたい…」

「……」

「フフッ。なんでもいいよ…」


 尚くんがそばにいる時は何も思い出せなくなる。

 たまに私の言うことを聞かないのもあるけど、可愛くて優しい子だから…。だからこそ変な女たちに取られたくない、カッコよくて可愛い姿は私が独占するべき。尚くんは私のために生きてるんだから…、私がいない世界で尚くんが生きる意味なんてない。首筋には私がつけてあげたキスマークがあって、胸元には私に噛まれた数十個の歯形が残っている。それでも足りなかったから、決定的な証拠…尚くんの腹に相合傘を刻んであげた。


「鮭あるよ〜。みそ汁と納豆もあるから軽く食べよう」

「うん」


 私はみそ汁の準備をしている尚くんを抱きしめた。


「ベッドで待っていてもいいけど…?」

「こうしたい…。1時間も離れていたから…」

「何かあったらL○NEするって言ったはずなのに…」

「浮気するかもしれないし…。この前にも女の子とカラオケ行ったでしょう?」

「……っ! それは…注意するから…」

「チューして…」


 今はさりげなくこんなことを要求できる関係になっちゃった…。

 とても幸せで、とても嬉しい…。実はここに来る前に尚くんと一度出会ったことがある。偶然だったけど、尚くんは私のことを覚えていなかった。ことがあったから無理でもない、あの時は学ランがすごく似合う可愛い中学生だったのにね…。今は男らしいっていうか、さらにカッコよくなっちゃった。


「……ここまで、今から夕飯作る…」

「もうちょっと…! もうちょっと!」

「え…?」

「……」


 尚くんは私としかやらない…。

 心配しなくてもいいのに、また不安になってしまう。


「好き…」

「てか、菜月…」

「うん…?」

「家だとしても、ズボンと下着はちゃんと…はいた方が…」

「興奮したの…?」

「……恥ずかしいから、あっちで待ってて」

「は〜い」


 部屋で引きこもる時間が増えれば増えるほど、私は何かを求めていたことに気づいてしまう。足りないこの虚しさをどうやって埋めるのか…、その疑問を抱いて外を歩き回る時だった。私は偶然学ランを着ている尚くんが、一人で病院に行く姿を見てしまった。大きい病院はここしかいないから、多分のせいで来たと思う…。そして家に帰る尚くんにこっそりついて行った私は、容易く尚くんの住所を手に入れてしまった。


 あの日から、尚くんが高校生になる時まで…。

 私はあの暗い夜空の下で、尚くんの部屋を眺めていた。


 私はずっと誰かに告られる人生を生きてきたから、誰かが好きになる感情をよく分からなかった。でも、あの時の私は尚くんにすごくドキドキしていて…、家に帰ってきても尚くんのことばかり考えていた。これは「好き」という感情…。そして私が尚くんに声をかけようとした時、尚くんはもうその部屋に帰って来なかった。


「……どうした? 菜月…」

「ううん…! なんでもない〜」


 尚くんを探すのは1年以上かかっちゃった…。


「バカ…」

「ひど〜い」


 それに家の事情もあって、すぐ見つけ出すのはできなかった。

 でも、家の問題が丸く収まった後は尚くんのことを見つけ出してしまった。〇〇高等学校…、そして住んでいるマンションの住所までね…。私は知ってしまった…。好きな人にお金を使う楽しさを…、尚くんのためならなんでもできるってことを…。そして彼を私の物にしたいってことを…。もう、高校生じゃないからね…?


 我慢する必要はないよね…? 

 だって、私が尚くんのことを好きになっちゃったから。


「あーん」

「……」

「美味しい?」

「うん…」


 だから、買っちゃった…。

 このマンションを…。


 はあ…、もう一度あの時に戻りたいな〜。

 尚くんが私の荷物を運んでくれた時…、久しぶりに出会った尚くんはすごくカッコよかったから…。その場ですぐキスがしたくなるほど…、私は自分の欲求を抑制するのができなかった。


 もう一人ぼっちは嫌だから、私のそばにいるのよ…。

 私は好きな人を大切にするからね…? 尚くん…。


「菜月…、口角にご飯粒…」

「食べて…!」

「……甘えん坊…」

「ひひひっ…」


 私の幸せを壊そうとする邪魔者は、全て私が排除する…。

 これが私の「愛」だよ。

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