第58話 スイートルーム。−2

 深夜3時半頃、俺は花田さんとお風呂に入っていた。

 入浴剤のいい香りに疲れが取れて、いつの間にかうとうとしてしまう。そんな俺を見て、自分が残した歯形を触る花田さん。まだ聞きたいことがあるのに、花田さんはそんなことより自分の欲を満たすのを優先していた。お風呂に入る時はいつも向こうを見つめている花田さんだったけど、今日はずっと俺の方を見ていた。


 膝に乗って、さりげなく俺に寄りかかる花田さん…。


「ううん…。尚くんの体、暖かくて気持ちいい…」

「眠くない…? そろそろ4時だけど…」

「もうちょっと…」


 声を上げていた先とは違って、今は大人しくしている彼女。

 濡れた髪を後ろに流しておでこにキスをしてあげると、可愛い笑顔をしている花田さんが俺と目を合わせてくれた。いつもの笑顔だ…。しかし、俺はずっとここにいたのに、花田さんには一体何が足りなかったんだろう…? わざわざこんなことをしなくても、花田さんのことが嫌いになる理由はないから…。俺は一人で悩んでいた。


「菜月…?」

「……」

「寝てる…?」

「ちょっと目を閉じていただけ…、お湯が気持ちよくて…眠気がさす」

「そろそろ上がった方がいいと思うけど」

「うん…」


 そう言ったのに俺を抱きしめる花田さんはすぐ離してくれなかった。


「今日はいつもより激しかったけど、何かあった…? 白川と…」

「昔の知り合いだから…、尚くんは知らなくてもいい」


 やっぱり、教えてくれないのか…。


「そう…? 心配になるから、聞いてみたけど…」

「尚くんは知りたい…? 私があの人と何を話したのか…」

「言いたくないなら、言わなくてもいいけど…。今日の菜月、いつもとは違うような気がして…」

「大丈夫…。私には尚くんがいるから、そばにいてくれると…幸せになる」

「そう…?」

「うん…。嫌なことは言いたくない…。抱きしめて…尚くん」


 それ以上を聞くのは無理だったから、大人しく諦めていた。


「尚くんに抱きしめられるのが一番好き…」


 俺にできるのは全裸の花田さんを抱きしめて、二人の時間を過ごすだけたった。

 そして体に残された彼女の証を見つめながら、目の前で微笑む彼女の胸にキスマークをつけてあげた。


「……」


 ……


「とても気持ちよかったよ…。尚くんはどうだった?」

「うん。気持ちよかった…」

「やっぱり、尚くんと二人で入るのが一番好き…」


 そして浴衣に着替えた花田さんが、横たわっている俺に温かいお茶を渡した。


「体が冷えるかもしれないから、温かいのを飲んで!」

「うん。もう4時半になったのか…」

「明日。私が電話して退室時間を延長するから、心配しないで」

「うん…」


 もう疲れたし、花田さんが淹れてくれたお茶を飲んでそのまま寝るつもりだった。

 結局、花田さんにその話を聞くのもできなかったし。言いたくない雰囲気を出してるから、それ以上話すのも無理だった。プライベートな話は、話したくないのが普通だからな…。そのお茶を飲みながら、そばにくっつく花田さんの頭を撫でてあげた。


「……」


 でも、なんか…。

 いきなり…眠くなってきた…。


「尚くん…?」

「ナツ…キ…」


 飲んでいたカップを床に落として、すぐベッドに倒れる尚。


「尚くん…、寝てるの?」

「……」

「寝てるんだ…」


 すやすやと寝ている尚を見つめながら、こっそり微笑む菜月だった。


「人の物に手を出すのは許さない。尚くんはずっと私の物だから…。白川葵…、私をイライラさせるのはほどほどにした方がいいと思う」


 独り言を言う菜月。


 そして尚の浴衣を脱がす菜月は、なぜか不安に怯えてるような顔をしていた。

 体を撫で回している彼女の指先が震えていて、ふとカラオケであったことを思い出してしまう。


 ……


「知ってるの…? あんたが私にやったことを! 知ってるの?」

「何を…?」

「あんたと一緒にいる人は、全部あんな風になってしまうから…」

「……」


 菜月に声を上げる葵、彼女は我慢してきた怒りを発するように見えていた。


「私は何もしていない。ただ好きな人に最善を尽くしただけ…」

「最善…? 今最善って言ったの? 吐き気がする。あんたみたいな人はそのクソ部屋に引きこもった方がマシだから!」

「どうして、私が…そんなことを言われないといけないの?」


 葵の話に涙を流す菜月が、こっそり拳を握る。

 そして葵の前に、菜月の真っ赤な瞳が輝いていた。


「……」

「私は被害者だよ…。私の物に裏切られたのは私なのに、どうして葵ちゃんがそんなことを言ってるの?」

「まだ知らないの…? 誰がおかしいのか…知らないの? 私が聞いてるのよ! どうして、いつからそうなったの? 私はあんたのことを、本当にいい姉だと認めていたのに…。もう、あんたはあの時の菜月ちゃんじゃない…」

「もういい、葵ちゃんが私のことをどう思うのかは気にしない。これ以上私の物に手を出さないで」

「嫌って言ったら? あ、そうだ! 私、尚くんとキスしたけど…。知ってるの? あの人に撮れたのは、抱きしめられた時の写真だよね?」


 葵はその線を越えようとした。


「菜月ちゃんが知らない場所で『大好き』とか言って…。知らない場所で唇を重ねて…、もうちょっとでエッチまでできるはずだったのに…」

「それ以上私に汚い話をしないで…」

「尚くんは知ってるかもしれないよ? 私と菜月ちゃんが似ているってことを…」

「……」


 ……


「尚くんは…、私の物だよ…。尚くんを抱きしめるのも、尚くんにキスをするのも、尚くんとエッチをするのも…。全部私だから…、ここに葵ちゃんの居場所はない。私だけ、私さえいればいい…」


 余計なことを思い出して、頭の中が複雑になる菜月。

 そのまま寝ている尚とエッチをした。


「はあ…。足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない…!!」


 何度も、何度も…そして日が昇るまで…。

 尚のそばから離れない菜月だった。


「大好きだよ…。尚くん」

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