第53話 陰から…。−3

「あの人…、すっげぇ…。めっちゃ綺麗だ…」

「どこ? どこ? うわぁ…、どっかのモデル…? 声かけてみようか!」

「お前なんかが声かけてもいいレベルじゃねぇよ…!」

「え…、でもチャンスは今しかないぞ?」


 いつもと同じだけど、ちょっと力入れすぎたかな…?

 でもね…。今から会うのは私の彼氏だからオシャレをしないと…、また嫌な人に取られちゃうかもしれない。この私があのクソ女たちに「はい。どうぞ」って言えるわけないでしょう…? 尚くんはね…。数えられないほど、同じベッドでイチャイチャした私の彼氏だから…。誰にも譲らないよ…。


 しかし、ここに来るのは知っていたけど…。

 来てからすぐ私の物を狙うのは反則だと思よ。


「あ、あの…すみません。もし、彼氏いないなら…」

「はい。います」

「……あ」


 あっ、そういえば場所聞くのをうっかりしちゃった…。

 あの子に電話をしてみよう…。


「もしもし…」

「もしもし、今日もお疲れ〜」

「は、はい…」

「尚くんがいる場所教えてくれる…?」

「今、3人でカラオケに向かってます。住所は電話の後、L○NEで送ります」

「あ…! いつもありがとう〜」


 役に立つ可愛い子、今は素直に従ってくれて本当に便利だよ…。

 そして、私はすぐカラオケに向かった…。一緒にいる九条楓は男だからあんまり気にしないけど、尚くんのそばに余計な人が付き纏ったりするからね…。ゆっくり話でもしてみようかなと思っていた。


「……尚くん」


 尚くんのことばかり考えていたら、いつの間にかカラオケの前に着いてしまった。

 そして、先に着いたあの子が尚くんがいるルームを教えてくれた。


「うん…。お疲れ、今日は帰ってもいいよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん!」


 本当に…、私をここまで来させるなんて…。

 ちらっとルームの中を覗いた時、楽しそうに歌っている九条楓と尚くんにしつこく付き纏うあの女が見えてきた。でも、うちの尚くんはどこにいるのかな…? 暗くてよく見えない…。


「……」


 すると、尚くんの名前を呼ぶ九条楓が大声でマイクを握らせた。


「尚! お前の番だ!」

「いや…、また俺?」

「先輩…! 一緒に歌いましょう! 好きな曲とかあります〜?」

「じゃあ、白川が歌ってくれ…。俺は休む」


 なんで私の尚くんをそんな風に呼ぶのかな…?

 いくら…、私の知り合いだとしても一線を越えるような行為は許せないから…。あんな汚い笑顔を尚くんに見せるなんて…。そして断ってるのに、そばから押し付けるのも気に入らない…。


 ガチャ…。


「……先輩! 一緒に歌いましょう? 先輩!」

「……」


 あの瞬間、葵の後ろから見える菜月の姿に尚は言葉を失ってしまう。


「あれ? 誰ですか? ここは私たちの…」

「うん…?」


 いちいち答えるのも面倒臭いから、尚くんとその場でキスをした。

 もう慣れた味なのに、キスをする前にはいつも忘れてしまうの…。どうやら、この味を味わうために脳が働いてるかもしれない…。


「えっ…?」

「……」


 びっくりする楓と葵。

 席に座っている状態で、菜月にキスをされた尚がすごく怯えていた。


「……な、つき…」

「尚くん…、我慢できなくてきちゃった…」

「……あっ? 尚、もしかして…! ここにいる綺麗なお姉さんが彼女なのか!」

「あ…、うん。そうだけど…」


 少し離れただけなのに、尚くんが遠く行っちゃったような気がする。

 それほど、私が尚くんのことを大切にしてるってことよ…。でも、今日は怒らないから安心して…、ここにいる女と少し話したいことがあるからきたの。怖がるその顔も可愛いけど、今は先にやるべきことがある…。


「久しぶりですね? 花田さん」

「そうよね? もう高校生になったんだ…。時間、早いよね?」

「そうです!」


 二人とも笑っているけど、そこには見えない棘がある。


「先輩に会いにきましたよね? じゃあ、席を外してあげましょうか?」

「いや…、今日は葵ちゃんと話がしたいからね? 時間ある?」

「もちろんです!」


 ……


 二人をそこに残して、私はあの女と別のルームを借りた。


「なぜここにきたのか聞いてもいい?」

「それは私の自由でしょう? そんなことをあなたに言う必要はないと思うけど?」

「……そう? なら、私の尚くんにしつこく付き纏う理由は?」

「あんたのことが大嫌いだからね? 吐き気がするほど、私に嫌な思いをさせたくせに…自分は男と楽しい恋人ごっこをしてるから! そんなことができると思う? 私がまだ覚えているのに…!」


 あの時と同じ言い方をするよね…。

 何も知らないくせに、口出しだけは上手かったから。


「警告よ。尚くんに近づかないで」

「なんで?」

「尚くんは私の物だから」

「へえ…。どうせ、また監禁するつもりだよね? 尚くんは知ってるの? あんたがあの時の加害者ってことを」

「その汚い口で尚くんと呼ばないでほしい、ムカつくから。そして、私は加害者ではなく被害者だよ? 何も知らないからいつも感情が先走って、状況を理性的に判断できないのよ」

「はあ…? 私が悪いってわけ?」


 覚えていたのか、あの時のことを…。

 それもそうだよね…。知らない方がおかしいから…。

 でもね。私はあの時…、ずっと好きだった人に裏切られたよ。裏切られて…、裏切られて…、私を泣かせたから…。ねえ…。好きな人に「嫌い」って言われたのがどれくらいつらいなのか、あなたは知らないよね?


 だから、雑念ばかりの心をリセットしたよ。

 今の私には尚くんがいるから…、もうあの時の記憶はいらない。それは尚くんにも同じ、思い出さなくてもいいよ。私と今を過ごすだけが、尚くんの幸せだからね…。


「あの日の証拠ならちゃんと残っているはず、自分で確認してみたら…?」

「……いつも汚い手を使って、人のことをおもちゃのように扱ってきたあんたが私の何が分かる!」

「何が…?」


 死んだ目で葵を見つめる菜月。


「……っ」

「ねえ…、調子に乗らないで…。いくら、だった人だとしても一線を越える行為は許さないから…」

「……私の中にいるお姉さんはとっくに死んだ! 今のあんたはただの化け物…」

「人の彼氏にあんなことをする葵ちゃんこそ、どうかしたんじゃないの…?」


 だから、あんたはダメなの。

 どうせ、尚くんを利用して私に傷付けようとしたよね…? その甘い考え方、まだ子供だから仕方がないかも…。私は葵ちゃんの性格や行動パターンまで全部覚えている人だから、いい加減にしてほしい…。これがお姉さんとしての最後の配慮だよ…?


 もし、その線を踏むことを決めたなら…。

 命でもかけてみて…。

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