第42話 そばにいるのは。

 最近、勉強やバイト…そして花田さんのことで疲れたかもしれない。

 嫌な夢まで見て、本当に怖かった…。てか、今まで一度もあんな風に冷や汗を流したことはないと思う。どうやら、花田さんと過ごした時間が俺に負担をかけたかもしれない…。気に食わないことをした時はすぐ殴ったり、監禁したりして、彼女は俺が反省する時までずっとそんな風に調教をしていた。


 それを「愛情」と呼ぶ花田さんに、俺は何も言えなかった。

 何かを言ったら、その暗い部屋に監禁されるから…。


「朝ご飯できたよ! 一緒に食べよう…!」

「うん…!」


 微笑む彼女の顔を見ると、昨日の夢がまるで嘘だったような気がする。

 こんなに明るい笑顔をしている花田さんに、そんなことをされるなんて…。普通はそう思わないんだろう…? 花田さんが欲しいのは俺が自分の話にちゃんと従うことだけ、それだけで十分だと思うけど…。その独占欲がすごくて、たまにはとんでもないことを話す。やはり俺が見た夢は…、花田さんが原因だったかもしれない。


「尚くん…?」

「うん?」

「食べない…?」

「た、食べる! い、いただきます…」


 毎朝、花田さんが作ってくれた朝ご飯を食べて…。

 その温かいみそ汁と炊き立てのご飯が、この寒い季節を耐えるようにしてくれた。いつも俺に気遣ってくれる頭のいい人、それに料理も上手くてお金持ちの人…。それを全部まとめてみると、本当にこの状況が理解できなくなる。どうして…、花田さんみたいな人が俺に優しくしてくれるんだろう…。他にもいい男がいっぱいいるはずなのに…。


「もしかして食欲がないのかな…?」

「いや…。な、なんでもない…。部屋がちょっと寒くて…」


 ぎゅっ———。

 そばから俺を抱きしめる花田さんに、びくっとした。


「な、菜月…?」

「へへ…、私もくっつきたいし〜。尚くんの体を温めてあげる…!」

「何それ…、子供みたい…」

「可愛いでしょ?」

「うん…」


 昨日の夢があまりにも生々しくて、心臓が勝手にドキドキしている。

 くっついている花田さんと静かに朝ご飯を食べる俺、今年の冬は去年より長いような気がした。


「尚くんの心臓がドキドキしてる…」

「菜月がくっつくからこうなるんだよ…」

「昨日の…、あの…。あれ…、き、気持ちよかったよ…!」

「な、何を…! 恥ずかしいこと言うなよ…! 朝から…何を…」

「私、尚くんにやられるのもけっこう気持ちよかったからね…!」

「だから…、朝ご飯食べてる時はそんな話しないで…」

「嫌だよ〜。好きだもん」


 そして、そばから尚の横顔を見ていた菜月がこっそり首筋を噛む。


「えっ…?」

「……」


 いきなり噛まれた尚はびっくりして、持っていた箸を落としてしまった。


「あっ…、ごめんね。びっくりしたの?」

「ちょ、ちょっとだけ…。あのね。菜月はどうして俺を噛む…?」

「好きだから…? なんか…、尚くんを見ていると可愛いから噛みたくなるの…」

「そうなんだ…。痛い…」

!」


 昨日の夢と同じ…。でも、ちょっと違うような気がする。


「尚くん、私…手が冷えちゃった…」


 花田さんと肌を合わせた日から、彼女はさりげなく俺の体を触り始めた。

 彼女はもう俺の許可などに気にしない、自分がそうしたいならそうするだけ。それにお金持ちの彼女は俺に必要な物を全部買ってくれて、自分のそばを離れないようにどんどん俺の自由を縛り付けていた。俺の「自由」は自分で決めることではなく、花田さんが決めたその範囲内に限られている。


「くすぐったいから…」

「ひひっ…。あ、そうだ…! 尚くん! 私ね。尚くんのお母さんと連絡先交換したよ?」

「はあ…? いつ?」

「尚くんが家に帰ってから2日後かな…?」

「なんで…、お母さんと…?」

「引っ越しする時に、私の重い荷物も運んでくれたし…。その後も…尚くんにいろいろ助けてもらったからね? それを尚くんのお母さんと話したら、なんとなく連絡先を交換しちゃった…。もちろん、彼女として挨拶をしたこともあるよ!」

「……そう?」


 お母さん…。どうして花田さんと連絡先の交換などを…。

 思い返せば…、花田さんは俺の私生活を知ってるんだよな…。それにうちのお母さん喋り手だから、息子の「彼女」みたいな話題に盛り上がるのも当然…。しかし、連絡先まで交換したから…、親しくなるのも時間の問題だろ…?


「どうしたの? 尚くん?」

「いや…。お母さんはどうだった?」

「近いうちにこっち来るって! ワクワクする…! 尚くんのお母さんと会えるなんて、私嬉しい! すっごく嬉しい…!」

「そう…? でも、菜月にいろいろ迷惑をかけてるから…ちょっと心配になる」

「なんで…? 尚くんは私に迷惑をかけたことないよ?」

「いろいろもらってるし…。生活用品とか美味しい料理とか…、それに洗濯まで…そんなことしなくてもいいよ…!」

「尚くんと一緒に暮らすのは楽しいから、それくらい平気!」

「俺に使うお金が増えるのも、負担になるから…」

「それも気にしないで!」


 そう言ってからスマホをいじる花田さんだった。


「ほら…! これがお小遣いの預金口座だよ?」

「えっ…、何これ」


 画面に映し出された数字は俺の見間違えなのかと思うほど、とんでもない金額だった。


 ———〇〇銀行、花田菜月様。

 ———残高:382万8911円。


「だから、お金のことは心配しないで…。私の物に使うお金は惜しくないからね?」

「……確かにお金持ちだと思ってたけど、お小遣いのレベルじゃないよ。それ…」

「へへ…、私の尚くんにはいつもいい物を買ってあげたいから…」


 その言葉が、俺を縛り付けるような気がした。

 今の俺に花田さんの好意を背くことなど…、できない…。


「それでっ…」


 それでも、他人のお金だから…そんなことをやらせたくなかったけど…。

 それを言う前に、キスで俺の口を塞ぐ花田さんだった。

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