第36話 制服デートですか。−2

「はあ…」

「だから…、まだ寒いって…」


 冬の遊園地。外の天気はまだ寒いけど、それでも若いカップルが多かった。

 やはり…思い出を作るには遊園地が一番だよな。それより制服を着たまま遊園地に来るのが初めてだったから…、ちょっと照れていた。周りに俺たちみたいなカップルがたくさんいたけど、引きこもりの俺にはまだ慣れていないイベントだった。


「どうしたの? 尚くん」

「えっ…、彼女と遊園地なんて、初めてだから…」

「へえ、そうなんだ。ねえねえ! 今日の私どー? ちゃんと…高校生に見えるのかな…?」


 確かに…、花田さんが着たセーラー服は可愛い…。

 制服だけでも十分女子高生に見えるのに…、スクールバッグまで用意するとは思わなかった。


「うん…。似合う、今時の女子高生と同じ雰囲気だ」

「へへ…、私…こうやって誰かと一緒にデートするのは初めてだよ…?」

「えっ? デートとかしたことない?」

「うん…。高校時代に親しい人がけっこういたけどね…? こういうことはやったことない…。もちろん、彼氏もなかったから」

「へえ…」


 そばから腕を組む花田さんは、動物が見られる場所に俺を連れていった。


「はくしょん…!」

「上着とか持ってきた方がよかったかも…」

「え…、セーターを着たけど…。ちょっと寒い!」

「足は寒くない…? 菜月はタイツ好きだよね…?」

「尚くんに可愛く見えるためなら、寒さくらい耐えてみせるよ!」

「だから風邪を引くんだよ…」


 レッサーパンダを見つめながら俺にくっつく花田さん、彼女はそばで白い息を吐いていた。意外と動物が好きなんだ…。そういえば、俺花田さんが何が好きなのか全然知らないよな。趣味さえ聞いたことがないような気がする…。


「可愛い…、へへへ…」


 そしてレッサーパンダを見ているその顔は、普通の女の子に見えていた。

 可愛い動物に笑みを浮かべる普通の女の子…。すると、また信じられないあの一週間のことを思い出してしまう。


 いけない…。忘れた方がいい。


「見て見て…! 可愛い…」

「うん。可愛いね」


 俺の手を握ってから、ずっと離してくれない彼女が動物を見ている。

 これが普通のカップル…? 指先が冷えている花田さん。その後ろ姿を見ていた俺は、これからのことを考えていた。


「尚くん! 私、あったかいの飲みたい!」

「あっ、うん…!」


 そう言ってから、俺の手を引っ張る花田さんが近所の喫茶店に連れて行く。


「急がなくても…!」

「……」


 そしてあの時、俺は見覚えのある人とすれ違ったような気がした。

 あの人…、こっちを見ていたような…。気のせいか? 俺が他の人と勘違いしたかもしれないけど…。いや…、なんか……。確かに…。


「……」


 そして、振り向いたところには誰もいなかった。


「うん? どうしたの? 尚くん…?」

「い、いや…。なんか、知り合いがいたような…」

「知り合い…?」

「いや…、やっぱり勘違いだったかも! 寒いから入ろう!」

「うん…!」


 ……


 喫茶店でコーヒーとデザートを食べる二人。

 そばに座る花田さんはフォークで切ったケーキを俺に食べさせる。そしてその姿をスマホで撮っていた。


「可愛い…、こっち見て…」

「うん…」


 なんか、周りの人たちに見られているような気がする。

 花田さんはセーラー服を着ても可愛いから、見られるのが当然なのか。でもスタイルのいい彼女にこんなことをされるなんて…、恥ずかしい…。外でこうすることだけは、どうしても慣れない俺だった。


「尚くん…、私が食べさせてあげるのが恥ずかしいの…?」

「ちょ、ちょっとだけ…?」

「それ、尚くんがずっと周りの視線を気にするからじゃん…」

「それも知ってた…?」

「だから、私に集中して…! あんな人たち、いてもいなくても私たちとは関係ないからね?」

「うん…」


 微笑む花田さんは、指先で口角のクリームを拭いてくれた。


「甘い!」

「こっちは席が狭いから、向こうに座ってもいいんじゃない…?」

「いや…、私は尚くんとくっつきたいから狭いのが好き…」

「それじゃ食べにくいし…」

「私が食べさせてあげるから問題ないよね…?」

「うん…。だよね」


 それから二人っきりの時間を過ごす尚と菜月。


「いらっしゃいませー」


 すると、二人がいるその喫茶店に、黒い帽子を被った人が入ってくる。

 彼は帽子から上着、そしてズボンまで全部黒色だった。カフェの雰囲気とは相応しくないそのイメージに、店員も少しびびっていたけど、優しい声で注文する彼に店員がホッとする。


「……」


 そして喫茶店を内部を見回す彼は、尚と菜月が話しているその隣席に座った。


「尚くん…、私この後には観覧車乗りたい!」

「観覧車か…! いいね!」

「写真もいっぱい撮りたい! そして高いところで遠い景色を見たいからね!」

「うん…!」


 こっちを見ている花田さんは明るい顔をしていたけど…、その左手は俺の太ももを触っていた。びっくりして彼女と目を合わせると、何もなかったように笑ってくれる花田さん。一瞬、俺の立場を忘れていた。俺が花田さんの物だったことを…、外でこんなことされても彼女を止めるようなことはできない…。


 もし、花田さんの機嫌を損ねたら…。


「尚くんのエッチ…、こんなところで私に発情するの?」

「えっ…? いや…、そ、それは…」


 耳元で囁く花田さんに、俺も小さい声で答えてあげた。

 そして彼女に触れると普通こうなるんじゃないのかと反論したかったけど、ずっと触っている花田さんには何も言えなかった。ただ、花田さんの顔を見つめながら我慢するだけ…。その可愛い顔には敵わなかった。


「そろそろ、行こう! 尚くん」

「うん…」


 顔が他の意味で赤くなってしまった…。


「観覧車…!」


 そして体を温めた二人が喫茶店を出る時、隣席でじっとしていた彼が反応する。


「……やはり」


 外から見える二人の姿に、彼はこっそり写真を撮っていた。

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