第19話 クリスマスイヴ。−3

 木下さんは花田さんの友達だから、少しくらい席を外してもいいんだよな?

 しかし、今日初めて会った高橋さんが俺に話があるってなんだろう…。


「なぁ…、柏木」


 俺を外に連れてきた高橋さんは、箱の中からトントンとタバコを取り出し。無心に火をつけて遠いところを眺めているけど…、一体何が言いたいのかよく分からなかった。

 そして、外の寒い空気に白い息も出る。


「はい?」

「お前…、本当に花田と付き合ってんのか?」

「そうですけど…?」

「マジかよ…。花田がこんな高校生と?」

「はい…?」

「フゥ…」


 この人…、先とは性格が変わったような気がする。

 もしかして、彼女の前だからカッコつけたのか…? ちょっとタバコが煙たい…、いきなり俺を呼び出してこの人は何が話したいんだ…。タバコを吸いながらカッコつけるのも理解できないし…、花田さんが付き合ってる人が高校生だからなめられてるのかな…。


「いや、言い方が悪かった。すまん。ちょっと珍しかったからさ。花田は今まで何度も告られたけど、全部断るほど鉄壁の女だったぞ? 知ってる?」

「あっ、そうだったんですか?」

「そう。花田さ、スタイルもいいし。頭も良くて、それを知っている周りの男たちは花田に会うために女子大まで行ったりしてる…。柏木は幸せなのか…? あんな美人と付き合って…」

「はい。幸せ…ですけど」

「羨ましいな…」

「高橋さんには木下さんがいるんじゃないですか…?」

「あ…、そうだな…。うん、だったよな」


 少し冷たい声とともに、タバコの灰が地面に落ちる。

 なんだ…。この反応は…?

 二人とも本当に付き合ってるのか…? その前に、俺にこんな話をする理由はなんだろう…?


「俺さ、実は木下の彼氏なんかじゃねぇ」

「はい…?」

「じゃあ…、高橋さんは…? 木下さんの…友達ですか?」

「俺? ただのホスト」


 ホスト…?


「信じられない顔だな…。それは」

「は、はい…」

「あの女、他人の前では明るい顔してるけど、病んでるから気をつけろ…」

「病んでるって…」

「見りゃ分かる…。あいつに先からずっと手首を掴まれていて…。見ろ、赤くなったぞ」


 袖をまくる高橋さんの手首には赤い痕が残っていた。

 今日だけじゃないような…。それに、爪の痕も残っている。


「え…、まさか…」

「いつも指名してくれるからなんとも言えないけど、なんっていうか…あの女のそばにいると息苦しいからな…」


 なら…、高橋さんはホストで先からずっと彼氏のふりを? どうしてそこまで…。

 だから、いきなり性格が変わったような気がしたのか…。これが大人の世界なら俺に反論できる余地はない、それでもちょっと悲しいことだと思う。お金で人を呼ぶなんて…、普通に健全な交際をすればいいんじゃないのか…。よく分からない…。


「私にはよく分からない世界です…。ホストとか、お金で彼氏のふりをするとか…」

「だろう? 普通の高校生にはまだ早いんだから」

「でも、どうして私にこんなことを教えてくれるんですか?」

「息苦しいからだよ。本当に、あいつの友達なら花田のことも心配になるからさ…。それに恋人ごっこなんか、いや…。まぁ…お金持ちだから仕方がないよな…」

「そうですか…」

「まだ、時間があるから…。今は仕事中だし…。でも、柏木に話してちょっとすっきりした」

「は、はい…」


 なんか、知ってはいけないことを聞いたような…。

 そのまま席に戻ってきたら、先と同じ顔で木下さんと話す高橋さんだった。


「高橋さんと何話してた?」

「えっと…、男同士でいろいろ!」

「へえ…。でも、尚くんからタバコの匂いがする」

「あっ、ごめん。花田さん、柏木くんじゃなくて…俺だ」

「ええ…、私の尚くんから変な匂いがするじゃん…。タバコ禁止…!」

「はいはい…。すみません…」


 タバコの匂いがしても尚のそばにくっつく菜月を見て、エルが呟く。


「いいな…。私もあの子借りたいな…」

「うん? なんとか言った? エル」

「うん? な、なんでもないよ…? なんか、今日は優しいね〜。仁〜」


 テーブルに置いている食後のデザート、それを食べてから4人の夕食が終わる。


「はあ〜。美味しかった。エルありがとう! 私こんなレストラン初めてなの」

「へえ…、そう? よかった…」


 笑みを浮かべるエル。

 そして彼女の視線が尚の方に向かっていた。


「柏木くんが大人だったら、一緒にお酒を飲めるのに!」

「それは…、大人になってから…」

「だよね〜」


 先から誰かに睨まれてるような気がしたけど…、なんだろう。


「あっ、もう時間が9時半…! ごめん〜。エル、私今日は早く帰らないとね」

「用事でもあるの? 帰るにはまだ早いじゃん!」

「だって、お母さんが女一人で外を歩き回るのはよくない! とか言ってるし〜」

「仕方がないよね? じゃあ、また連絡するから!」

「うん! ごめんね!」


 笑顔で別れる二人、そして尚の後ろ姿を見ていたエルが舌を打つ。


「チッ」

「エル。今日はどうする? まだ時間あるけど、帰るなら俺も仕事場に戻る」

「はあ? ちょっと! 今日はちゃんと私に集中して! そんな言葉は軽々しく口に出すことじゃないのよ!」

「うん。ごめん…」

「あ———、本当に…いいとこだったのに」

「じゃあ、どうする? 行きたいところでもある?」

「ラブホ」

「……分かった」


 ……


「はあ…、はあ…」

「ど、どうしましたか? なんか急いでるような…」

「ちょっと嫌な予感がして…」


 俺たちは白い息を吐きながら、隣のベンチに座っていた。

 今日の夜空もすごく綺麗で…、午後から降ってきた雪がまだ止んでいない。そして「はあ〜」と白い息を吐く花田さんが俺を抱きしめてくれた。


「はあ〜。疲れたぁ」

「普通に歩いてもいいじゃないですか…?」

「だって、エルが尚くんのことジロジロ見てたから…。気持ち悪い!」

「えっ…、友達なんじゃ…」

「友達だとしても、尚くんは私の…私の…」

「彼氏?」

「そう! だから、いやらしい目でジロジロ見るのは嫌だ…」

「そうですか…」


 もしかして、これは嫉妬…をする花田さん…?


「尚くんのバカ」

「……」


 拗ねる彼女にこっそり顔を赤める俺だった。

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