第17話 クリスマスイヴ。

「尚くん」


 12月23日の夜、明日はクリスマスイヴと言う日だった。

 今までのクリスマスは部屋に引きこもって小説を書くとか、外でバイトをしたりして…特にいい思い出はなかった。ほとんどの時間を一人で過ごしていた俺の日常。ある日、偶然花田さんと出会ってしまった俺は、今彼女とミカンを食べている。


 こたつの中に入ってから、ぼーっとしている俺だった。


「はい…?」

「クリスマスイヴのことで話があるけど…」

「はい…」


 大学生ならやっぱり…、イヴには忙しいよな。

 大人になると友達同士で飲むことも多いし、他の男とか…。


「ねえねえ…、聞いてる?」

「あっ、すみません。ぼーっとしました」

「もう…、あーん」


 持っていたミカンを俺に食べさせた花田さんが、指先で頬をつつく。


「私に集中して!」

「はい…」


 今年のクリスマスは花田さんと二人で過ごしたいけど、クリスマスに予定があったらどうしよう…。花田さんならきっと先約とかあるよな…? 俺も花田さんと一緒に出かけたいけどな…。俺みたいなやつが彼女と歩き回ると周りの人々にすごく睨まれて、すぐ緊張してしまう…。


「明日のクリスマスイヴだけど…」

「あっ、はい! やっぱり予定とかありますよね?」

「えっ? どうして分かったの?」

「花田さんなら…、ありそうに見えます」

「へえ…、大学の友達が4人でデートしようって言ったから…。尚くんはあの…まだだけど! 私の彼氏になるんでしょう?」


 もしかして…、花田さんは俺のことを彼氏って紹介したのか…?

 口には出せないけど、すごく嬉しかった。


「やっぱり…、ダメだよね? いきなり、他人の前で彼氏のふりなんて…」

「いいえ。花田さんと一緒に行っても構わないんですか?」

「うん! 当然でしょう?」

「じゃあ…、行きます!」

「本当に? 嬉しい…」

「あっ…。でも、さすがにクリスマスイヴだから…。花田さんに相応しい人に見えるよう、オシャレしないと…」

「フフフッ」


 すると、笑みを浮かべる花田さんが俺にショッピングバッグを渡した。

 これは、大型ショッピングモールの…。


「なんですか? これ…」

「尚くんの服を買っちゃったよ! きっと一緒に行ってくれると思ってたからね? イヴは私とペアルックをするのよ! 尚くん———」

「えっ…? いつもこんなことを買ってくれるのは良くないと思います…。花田さんも一応大学生だから、節約とか…」

「いらない〜」

「全く…」


 それはめっちゃ高そうなコートとセーター、そしてズボンが入っているショッピングバッグだった。嬉しいけど、こんなのを俺がもらってもいいのか…? しかも、これ有名メーカーの服だろう? ちょっと待って、セーターが4万円…? うん…?


 俺が今持っているのはマジで服…、なのか?


「やっぱり…、心だけも、もらって…」

「今すぐ着てみて! 私、見たい!」

「はい…」


 無視された…。


 洗面所で花田さんからもらった服を着てみると、いつもの俺とは違ってすごく大人っぽい雰囲気がした。


「一応、着替えましたけど…。どうですか? 似合いますか?」

「わぁ…! 尚くん、背が高いからコートめっちゃ似合う!」


 そのまま俺に抱きつく花田さんが、目をキラキラしていた。


「ありがとうございます…」

「明日! 楽しみだよね?」

「は、はい…!」


 でも、この服を着る時には気づかなかったけど…。

 花田さんはどうして俺のサイズを知ってるんだろう…? コートはともかく、セーターやズボンのサイズがぴったりで…ちょっとびっくりしてしまった。俺…花田さんにサイズを教えてあげたことあったっけ…?


「フフフッ、明日はカッコいい尚くんが見られるかも〜。はぁ〜。ドキドキする」

「で…、今更こんなことを聞くのは恥ずかしいんですけど…」

「うん?」

「クリスマスのイヴには何をするんですか…?」

「……」


 少しの静寂が流れた…。


「お酒…じゃなくて…」

「今確かにお酒って…!」

「普通に4人でご飯を食べて、カフェで話をして…それじゃない? 私も毎年…クリスマスは一人だったから…」


 二度目の静寂が流れていた…。


「花田さんもクリスマスは一人で過ごしてるんですか…?」

「だって…、彼氏もいないし…。友達も少なくて…ほとんど会わないから…」

「へえ…、私と同じですね。花田さんはすごくモテる人で、いつも周りに人が集まるような雰囲気だったのに…」

「でも、私割とモテる人だからそれも合ってる! ふむふむ…! たまには大学で告られるし…」


 しょぼん…。

 その話に少し落ち込んでいる尚だった。


「えっ…? 冗談だよ…! 尚くん、私には尚くんしかいないから…」

「……いいえ。なんか、花田さんが他の人に行っちゃったことを想像したら…」

「もしかして、心が痛くなるの…?」

「……ちょっと、ほんのちょっとだけ…! です!」

「私はね…。けっこう独占欲があるから、尚くんが他の女と話すのも嫌だよ…。すぐ悲しくなっちゃうの」

「……普通に話をするだけですけど…?」

「私の家に閉じ込めたい!」

「……それはちょっと怖いんですけど…?」


 肩に頭を乗せる花田さんがくすくすと笑っていた。

 こうやって話すのも本当に久しぶりだな…。もし、花田さんがここに引っ越して来なかったら、俺はずっとあんな風に生きていたかもしれない。さりげなく「好き」って言ってくれた彼女に、俺は何もやってあげられなかったけど…。クリスマスに、勇気を出して自分の気落ちを伝えることにした。


「尚くん…、足長いね…。フフッ」


 さりげなく足を絡める花田さんに、少し緊張してしまう…。


「そうですか…?」

「……うん…」


 そう言ってから尚の首筋を噛む菜月だった。


「……っ」


 うわぁ…、自然にスキンシップをするのがめっちゃ上手い…。

 本当に恋愛経験ゼロなのか…疑ってしまうほど、花田さんのスキンシップはとても大胆でたまたま驚いてしまう。でも、最近は軽くキスをすることより…首筋を噛むことが増えたかもな…。噛んだ後はすごく気持ちよさそうな顔をしているから、止められなかった…。


「似合う…。私の物って証」

「……痛いんですけど…」

「私は気持ちいい!」

「……バカ」


 そして体をくっつけてくる花田さんと、雪が降っている景色を眺めていた。


「今年はホワイトクリスマスになるかもね?」

「はい…」

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