第12話 私以外の女は知らない。

 あの女…。尚くんと見せつけるように手を繋いで…、一体何がしたいの…?

 私の前でそんなことをして…。それにあの顔、「私の物」なんて…、許せない…。


「……なんで?」


 尚くんは、どうして私を見てくれないの?

 なんであんな女のところに行っちゃったの…?


 私とあの女の何が違って…? 尚くんはあの女に騙されてるから…、私は知っている。女の勘だよ…。尚くんは今あの女に騙されているはずだから、私が助けてあげなきゃ…。私は一年生の時からずっと、尚くんのことを見ていたからね…?


 分かるよ…。尚くんはあの女と付き合っていない…。

 そして付き合っちゃダメだよ…。


 ……


 私は中学生の時からずっと可愛いって、周りの人たちに言われていた。

 もちろん知っていたけど、笑顔でそれを隠し、こっそり優越感に浸っていた。でもすっごく気持ちいいからね…? 周りの人にチヤホヤされて、カッコいい同級生や先輩たちと付き合って…どんどん広がる私の影響力が好きだった。


 そこまでは良かったと思う…。

 でも、それにすぐ飽きちゃった私は、この退屈な人生で新しい刺激を探していた。


 もっと刺激が欲しかったよ…。


「あっ…!」

「ご、ごめん。大丈夫?」


 その時、私は尚くんとぶつかってしまった。


「……ごめんね。私ぼーっとしてて」

「いや…、ごめん。清水…」

「あれ…? 私の名前知ってるの?」

「あっ…、うん。だって清水、モテる人だから…。他のクラスだけど、名前だけは覚えている」

「へえ…! そうなんだ…」


 当時の私は尚くんのことを普通にカッコいい人だと思っていた。

 話したこともないし、目立つ人でもないから…。それでも気になって、友達に尚くんのことを聞いてみたけど、尚くんは暗くて他人と関わらない性格って言われた。


「え…、柏木尚? 普通にカッコいいけど、性格が暗くてさ…」

「そう?」

「この前もさ…。隣クラスの友達が柏木に告ったけど、すぐ振られたって」

「へえ…」


 誰とも関わりたくない人…、不思議。

 なぜか尚くんだけは、他の人と違うような気がした。


 だから一年生の時は尚くんのクラスに行って、普段から何をしているのかちらっと見ていた。いつもテンションが高い私たちとは違って、尚くんはすごく大人しくて自分の席で静かに本を読んでいた…。一年生の時はこれしか覚えてないけど、それでもすっごく好きだった…。


 なぜ、尚くんに惹かれたのかな…?

 気づいた時にはもう尚くんの後ろ姿をじっと見つめる私がいた。


「ねえねえ、今日行くの? あっちの学校にイケメン多いらしいよ!」

「私、ちょっと興味あるかも…」

「え———! イロハちゃんも興味あるって!」

「いや…、そっちの話じゃない…」

「うん…?」


 尚くんのことがもっと知りたかった…。

 いつか尚くんが私のことを「イロハちゃん」って呼ぶあの日をずっと…、ずっと…待っていたよ…。


 ……


「イロハちゃん、イロハちゃん」

「あっ、うん?」

「あのさ。この前も急に帰ったし、もしかして尚と喧嘩でもしたのか…?」

「いや…。なんでもないよ…。ただ…、尚くんが…。やはり、なんでもない」


 楓くんはこんなに軽々しく話をかけるのに、どうして尚くんは楓くんみたいに話をかけてくれないの…? 二人とも友達でしょう? 私がどれだけ頑張って…、興味もない楓くんと仲良くなったと思う…? 全部、尚くんに近づきたいから…カラオケに誘ったり、話をかけたりするのよ…。どうして分かってくれないの…?


「……」


 私がこんなに頑張っているのに…。どうしてあんな女とくっついて、恋人ごっこをするの…?

 へえ…。面白いね…。尚くん、面白いことをやってるよね…?


「何かあったら…」

「……ねえ、楓くん。私、女子としての魅力が足りないのかな?」

「えっ? イロハちゃんが…? 普通に可愛いと思うけど…?」

「そう…?」


 でも、やっぱり…あの人には敵わない…。

 女子大生の魅力なんか…、分からないから。


「何かあったら、俺が手伝ったあげるから…」

「……楓くん、あの…やはり私尚くんと話がしたい」

「そう…? やっぱり二人の間に何かあったんだ…」

「うん…。だから、尚くんの住所教えてくれない…?」

「分かった」


 尚くんは…、私がずっと好きだったから…。

 あんなクソ女に尚くんを取られたくない…、私がもっともっと尚くんのことを愛してあげるから、私だけを見てほしい。もう1年半だよ…? 遠いところで尚くんを見つめるのはもう飽きちゃった…。私の物になるのよ…、尚くん…。


 みんなと別れた後、楓が送った住所を確認するイロハ。


「学校からそんなに遠くないんだ…。私も尚くんを触りたい…」


 私ね…。尚くんを抱きしめた時のトキメキをまだ忘れていない。

 尚くんのこと、本当に好きになっちゃったから…。その匂いも、声も…顔も全部、私の好みだからね…。早く会いたい、早く会いたいよ…! あの時みたいに、優しい声で私を呼んで…。たった一度だけど、「清水」って呼んでくれたあの日をまだ覚えている。尚くんの優しい声が聞きたい…、私を呼ぶ時のその声が好きだよ…。


 そして尚くんの家に来ちゃった…。

 いいマンション…。確かに尚くんは一人暮らしをしていたよね…? 私が彼女になれば…尚くんとこの家で一緒に…、いろんなことをやるかもしれない。好き…、早く尚くんに会いたいな…。


 ピンポン———。


「あれ? もう買ってきましたか? ちょ、ちょっと待ってください!」


 尚くんの声…。


 ガチャ…。


「てか、花田さん鍵持ってるんじゃ…。あれ? 清水…?」

「尚くん…、私来ちゃった…」

「ど、どうしてここに…?」

「尚くんに会いたくて…。でも、先のはなんの話? あのお姉さんは尚くんの家に来るの? 鍵を持ってるってなんの話…?」

「いや…、それは…」


 嘘…、尚くん…。あの女とこの家でいやらしいことをしていたの…? 二人であんなことを…。嘘でしょう? だよね…? だよね? 尚くん…。

 嘘だよ…。私の尚くんがそんなことをするわけないでしょう…?


「……」


 なんで…? なんで…?


「ねえ…、尚くん…。なんであの女の名前が先に出たの?」


 イロハの低い声に、緊張する尚だった。


「清水…? えっと…、大丈夫か…?」

「私の話に答えて! どうしてあの女の名前が先に出たのよ…! 二人はこの家で何を…。 ねえ! ねえ! 答えてよ!」

「いや…、ちょっと落ち着け…。声大きい、清水!」


 裏切られた…。

 尚くんに裏切られた…。

 裏切られた…。

 私は信じていたのに…。

 

 あの女と、こんなにいい場所でイチャイチャしているとはね…。

 ねえ…、尚くんと付き合うのを待ち焦がれていた私はどうなるの…?


「ごめん。入ってもいい…?」

「あっ…、うん…」


 ちょうど夜ご飯を食べていたのかな…。

 みそ汁とお魚、そして炊き立てのご飯がテーブルに置いていた。でも、どうして茶碗が二つなの…? それにお箸も二つ…。もしかして、あの女と一緒に夜ご飯を食べるつもりだったの…? へえ…、そうなんだ…。一緒に夜ご飯を食べるんだ…。


 だから、私にあんな顔をしてたの…?

 あのクソ女…、私を潰して優越感を得ようとした…。


「尚くん…」

「清水…。今日はちょっと変だけど、本当に大丈夫か?」

「尚くん…、好きだよ。尚くん…」


 そう言ってから、尚に抱きつくイロハだった。


「清水…、お、おい!」

「私から離れないで、一年生の時からずっと好きだったよ…。私には尚くんしかいない…。尚くんしかないんだから! 私を見て!」


 その体を抱きしめた…。


「清水…、ちょ、ちょっと! 離れっ…」


 とても気持ちいい…。私はどうしてあの時逃げちゃったのかな…?

 こうすれば、すぐ尚くんと一緒にいられるのに…。

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