第11話 彼女の好意。

「尚…。お弁当すごいな…」

「えっ…? そ、そう?」

「お母さん? いや、彼女が作ったのか?」

「か、彼女…」


 うちの鍵を渡したあの日から、少しずつ俺の日常が変わっていく。

 例えば、毎朝俺を起こしてくれるアラームが花田さんの声に変わったこととか…、ちゃんとした朝食を食べるようになったこととか…。いつもの日常に、花田さんと言う人が入っていた。しかも、学校のお弁当まで作ってくれるとは思わなかったよ…。


「ねえねえ…、これ! 私が作ったお弁当だからちゃんと食べてね!」

「あ、ありがとうございます…」


 何もしなくていいのに…、花田さんは「私が好きだから、やってるんだよ?」って話してくれた。まだ付き合ってないのに、花田さんは本気で恋をしている少女に見えていた…。いつかはそうなると思うけど…、俺にそれを言う勇気がなくて今は何も進んでいない。


「そういえば、尚が前に書いた小説読んだぞ」

「そっか? どうだった?」

「なんか…、お前の作品にはエロさが足りない」

「……俺の純愛を汚すな…」

「え…、もっとインパクトのあるシーンが必要だ! それが小説家の道!」

「それはお前がエロシーンばっかり読みたいだけだろ…?」

「チッ…」


 二人でお昼を食べる時、向こうからお弁当を持ってくる清水が声をかけてきた。


「ねえ、二人とも何してる?」

「小説の話…。イロハちゃん、これ見てよ。尚のお弁当やばくない?」

「へえ…! 尚くん、料理もできるの?」

「いや…、俺も作ってもらったから…」

「あ…、あのお姉さん?」

「あっ、うん…。時々、外で会うから…」

「……へえ、本当に付き合ってるんだ…」


 尚から目を逸らしたイロハが、悔しむ顔でお箸を握り締める。


「どう見ても…、そんな雰囲気じゃなかったけど…」

「うん? 何か言った? 清水」

「な、なんでもないおよ! 私、友達のクラスに行く…!」

「あっ、うん…」


 なぜか、清水を怒らせたような気がする…。気のせいか…?

 清水とは普段からあんまり話をしないけど、あれがあってからもっと話しづらくなって…。もう女子のことが分からなってしまった。


「尚、イロハちゃんと喧嘩したのか?」

「いや…、何もしてないけど…」

「まぁ、今日イロハちゃんたちと久しぶりにカラオケ行くから…。俺が仲直りできるように何か言ってみる」

「それはいい…」


 ……


 最後の授業が終わった後、俺は花田さんのL○NEに気づいてしまう。


 菜月「尚くん、今日迎えに行くから…校門で待ってて! 一緒に帰りたい!」

 尚「いいえ…! 一人で帰りますので、花田さんも大学の勉強とか…! いろいろ…」

 菜月「私が行くって言ったら、はいって答えるのよ。尚くん…」

 尚「はい…」


 たまに強圧的なところもあるけど、好きだからこう言ってくれるんだよな…。

 俺には花田さんの「好き」がちょっと重い…。こんなことが初めてだからそうかもしれない。でも、さりげなく下着姿を見せたり、キスをしたり…、一緒に寝たりすることには…どうしても慣れない俺だった。


 早すぎ…、新婚でもあるまいし…!


「尚、本当に行かないのか…? カラオケ」

「うん…。俺はやっぱり人が多い場所は苦手…」

「そっか…。じゃあ、行ってくるから…」


 下駄箱から靴を履き替えると、周りの人たちがざわざわしていることに気づく。

 何かあったのか…? 普通とは違う雰囲気にしばらく周りを見ていた。


「何…? あの綺麗なお姉さんは…?」

「えっ…? どこ? うわぁ…、すげぇ美人だ。誰かのお姉さんか?」

「もしかして彼女だったり…?」

「マジ…? どう見ても女子大生だろ?」


 綺麗なお姉さんって…、誰かの迎えにきた人って…。へえ…。

 うん? ちょっと待って…、女子大生…?


「……」


 ふと花田さんのことを言ってるのかと思って、急いでいた。


「お〜。尚、まだいたのか!」

「尚くんだ…!」

「あれ? 尚?」


 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたけど、気にせず校門の方を見つめていた。

 あそこにいる人なのか…。


「……」


 すると、めっちゃスタイルのいいお姉さんが、校門の前に立っていた。

 やっぱり花田さんだったのか…、本当に来てくれるとは思わなかった…。しかも、迎えにくるだけなのに、そんなにオシャレしなくてもいいと思いますけど…? 男たちは花田さんの登場に盛り上げっていて、誰を待っているのかとざわめいていた。


「……」


 人の目を引く花田さんの美しい姿に、俺も声をかけるのができなかった。


「尚くん! 迎えに来たよ!」


 こっそり校門まで行くつもりだったけど、待ち焦がれた花田さんにすぐバレてしまった。


「尚…? 尚って、柏木尚…?」

「あのお姉さん…、前に会ったあの…」

「イロハちゃん知ってる?」

「あっ、うん…」


 こっちを見て手を振る花田さんに、急いで走って行く。


「わざわざここまで…」

「へへ…、いいじゃん。いつ見ても、尚くんはカッコいいね〜」

「……」


 周りの人たちが気になって…、1秒も早くこの場所から離れたかった。

 やはり苦手。羨ましがる男たちの声とヒソヒソと話す時の雰囲気、そして俺たちを見つめる視線がすごく苦手だった…。


「尚くん…、大丈夫? やっぱり来ない方が良かったのかな…?」

「あっ…、いいえ。花田さんのことが綺麗だから、みんなびっくりしたかもしれません」

「へえ…、先から周りの人たちに気にしてたの?」

「ちょっと…、注目されるのが苦手で…」

「あんなゴミクズが何を考えてるのか、私の知ったこっちゃない。私はただ尚くんに会いたいから、迎えにきたよ?」

「はい…」


 微笑む花田さんの顔はとても可愛かったけど、なぜかその言葉にトゲがあるような気がした。


「尚くん…、家まで…手! 手繋いでもいい?」

「あっ…、はい! さすがに、今日は寒いですよね…」

「そうだよ…。手袋持ってきた方がよかった…」

「私も手が冷えて…、すみません」

「ううん…。尚くんの手は温かい…」

「そうですか?」

「うん〜。私、尚くんの手好き…」


 人の前で手を繋ぐ二人。

 そしてイロハに気づいた菜月が、彼女と目を合わせる。


「……っ!」


 あ・た・し・ノ・も・の・だ・よ


「……はあ?」


 声が聞こえない距離だったけど、その言葉に鳥肌が立ってしまうイロハだった。


「どうした? イロハちゃん…?」

「楓くん…」

「うん?」

「やはり、な、なんでもない…」


 ……


 なんか、今日の花田さんはテンション高いな…。

 大学でいいことでもあったのか…、そばで歩いている彼女は「フンフン」と鼻歌を歌っていた。


「尚くんの手、あったかい!」

「花田さん、冷えてますね…」

「ねえ、早く家に帰って! 一緒に夕飯を食べたい、尚くん!」

「はいはい! 行きましょう」

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