第10話 共有。

 今日は久しぶりに小説を書いている。

 ジャンルは恋愛で、少し切ない物語を考えていた。楓のやつがいろんな本を見せてくれたけど、やっぱり男女の恋を書くのが一番楽しいからやめられない。そして最近花田さんといろいろあったから、それも小説に書いてみようかと思っていた。


 二人の男女が初めて出会う時のシーンを書いている。

 運命的な…、そんな…出会いを。


「そして、誰もいない教室で二人っきり…」

「誰もいない教室で二人っきり…何をするの?」


 集中していた俺は、後ろからこっそり囁く花田さんにびっくりしてしまう…。


「い、いつの間に…。び、びっくりしました…」

「え…、なんでそんなにびっくりするの? もしかして、エロい小説を書いてたのかな…?」

「そ、そんな…。普通の小説ですよ…」

「フフッ。ねえ、ケーキ食べる? 今週はお母さんが美味しいコーヒーを送ってくれたから! 一緒に食べよう!」

「は、はい!」


 そういえば、昼ごろに甘いものを持ってくるって言われたから、ドアを開けっぱなしにしてたよな…。小説に集中しすぎて、自分がドアを開けたことをうっかりしていた。それより猫でもあるまいし…、なんの音もしないのか…。


 ぼとぼと…。

 ドリップコーヒーのいい匂いが部屋の中に広がる。


「コーヒーの匂い好き…」

「いいですね」

「チーズケーキ美味しいから、食べてみて…。でも、尚くん甘いもの好きかな?」

「たまに食べます!」

「そう? よかった」


 穏やかな休日、二人でゆっくり時間を過ごしていた。


「尚くん」

「はい?」

「私…、最近こうやって時間を過ごすのがすごく楽しい…」

「また、恥ずかしいことを…。花田さんは恥ずかしくないですか…?」

「全然…? 尚くんとこうするのが好き…!」

「私も…、花田さんと美味しいものを食べることとか…話すことなど…、好きです」

「可愛いね…」


 持っていた皿をテーブルに下ろした花田さんが、猫のようにすりすりしてくる。そばから彼女のいい香りがするけど…、俺にはまだまだ慣れていないことだった。それよりも、花田さんのスキンシップが日増しに大胆になっていて少し心配になる…。学校とバイトが終わった後はいつもこんな風に過ごして、一人の時間より花田さんと過ごす時間が倍になってしまった。


「尚くん…! 尚くん…!」

「はい?」

「私…! ずっと前から言いたいことがあったけど…」

「な、なんでしょう…?」

「私たち…、あの…もうちょっとでつ、付き合うんでしょう?」


 フォークを落とす尚。


 そんな恥ずかしい言葉をすぐ前で言うんですか…?


「は、はい…」

「もう決まってることだから…、私…な、尚くんの家の鍵が欲しい…!」

「うちの鍵ですか?」

「う、うん…! えっと…、私は一応…大学生だけどね。尚くんよりは時間的に余裕もあるし…家事とかいろんなこと手伝ってあげるよ…!」

「えっ…! そんなことしなくてもいいんですよ! 一人でできます!」

「でも、尚くんがいつもコンビニの弁当とか食べてるから…心が痛くなるの…。料理とかは私に任せて!」

「……」

「こう言ってもやはり…ダ、ダメだよね…? 一応他人だし、そんな女に家の鍵を渡すなんて…」


 家の鍵か…。

 花田さんなら安心して鍵を渡せるけど、これって本格的な恋人じゃないのか…。確かに…、この前に作ってくれたおかずも美味しかったし…。でも、俺がやるべきことを花田さんに任せっぱなしじゃ…、気にかかるからな。


 しかも…あんな可哀想な目でこっちを見つめると、断りづらい…。


「はいはい…。でも、一つだけお願いしてもいいですか?」

「うん? 何?」

「私も花田さんに全部任せると気になりますから、他の家事とかは自分でやります…。それだけです」

「うんって答えたら鍵くれるよね?」

「はい」

「そうする…! うん!」


 すぐ明るい顔に戻ってきた花田さんが、俺に両手を出していた。


「わぁ…! 尚くんの鍵だ…!」

「そんなに嬉しいですか…? 普通の鍵ですけど?」

「いつもL○NEしたり、ベルを押したり…面倒臭いからね!」

「なるほど…」


 ポケットに鍵を入れた花田さんが、俺を抱きしめる。

 本当に…、花田さんは甘えん坊だよな。それはいいとして、スカートをはいたまま俺に抱きつくのはやめてほしかった…。長いスカートなら文句を言わないけど…、短いのはこっちも不便だから…。


「尚くん、暖かい…!」


 両腕と両足で俺に抱きつく花田さん。


「くっつきすぎです…」


 俺を抱きしめる時のスカートが捲れて、パンツが見えそうになる…。

 そして何よりも花田さんの太ももが丸見えになって、それが恥ずかしい…。どうしてそんなに無防備なんだ…。


「好き…」

「はいはい…」

「ねえ、尚くん」

「はい?」

「私…もう一つ、あるけど…」

「えっ?」


 首に腕を回したまま俺と目を合わせる花田さん、その顔が真っ赤になってる…。

 何が話したいんだ…。


「わ、私も教えてあげるから…! 尚くんのスマホのパスワード教えて…!」

「えっ…? それはちょっと…」

「私…。尚くんのこと大好きだから…、尚くんが他の人と連絡するのはちょっと嫌かも…。尚くん、女子たちにモテるから…」


 あっ…、そんなこと心配しなくてもいいと思うけど…。

 スマホの中にいる女性って…、お母さんとバイト先の店長くらいだから…。ある意味で恥ずかしくなる…。これは俺が陰キャラってことを花田さんの前で晒すことだろう…? 友達…少ないのがちょっと恥ずかしいけど、教えるしかないよな…。


 ぎゅっと…、シャツを掴む花田さんが小さい声で話した。


「私も…、教えてあげるから…。尚くんのも教えて…」

「はい…。分かりました。本当に、花田さんは甘えん坊ですね」


 仕方がなく俺のスマホを花田さんに見せて、パスワードを教えてあげた。

 すると、一つ一つ画面をタッチしていた花田さんがスマホのロックを解除する。


「あっ! 尚くんのパスワード覚えた!」

「はい…」


 そしてL○NEを開く花田さんが、俺にスマホを渡した。


「これも」

「……はい」


 L○NEのパスワードまで、花田さんに教えてあげた。

 友達8人…。わぁ…、恥ずかしすぎる。


「尚くん、尚くん!」

「はい?」

「私の名前…、花田さんになってる。これやーだ」

「それが普通だと思いますけど…?」

「全然可愛くないじゃん…。しかも、もうすぐ彼女になる人の名前でしょう?」

「じゃあ…、何が好きですか?」

「菜月!」

「はい…」

「それがいいの!」


 しばらく、スマホをいじっていた花田さんが俺の口にキスをする。

 そのまま首筋にもキスをして、俺の体を抱きしめてくれた。


「な、何を…」

「ご褒美だよ? 嫌?」

「い、嫌じゃないんですけど…。ちょっと、いきなりそんなことをするのは恥ずかしい…」

「可愛い…。尚くんも私のこと好き?」

「それは前にも言ったはずでは…」

「好き?」

「はい…」

「私も、尚くんのこと大好き…」


 そして俺は家からスマホまで、全てを花田さんと共有する関係になってしまった。

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