第3話 二人の夕食。

 昨日、隣部屋に引っ越してきたお姉さん…すごい美人だったよな。

 社会人…? あるいは大学生…? 見た目では女子大生に見えたけど…、どうだろう。でも、頭を撫でてくれた時の感触がまだ残っていてすごく気になる。今日も挨拶くらいはできたらいいな…。あ…いけない、変なことを考えて授業に集中できない。


「おい、尚」

「あ…、楓か」

「昨日、俺が送った漫画見た?」

「あ…、あの異世界ファンタジーの…」


 この人は中学時代の友達九条楓くじょうかえで

 たまたま女子たちに告られるイケメンってイメージだけど、俺より守備範囲が広いオタクだ。ちなみに、創作をする時はエロ漫画が役に立つって…アマ○ンからいろいろ買ってくれるほど、本気でオタ活をしている。


「あれ、尚くん! 楓くんと一緒にいたんだ…!」

「清水…」

「尚くん…、今日みんなで一緒にカラオケ行くけど…。行かない?」

「おいおい、尚。誘われだぞ?」

「あ…、ごめん。今日はバイトがあって、また今度にしよう…」

「え…? また? 一緒に行きたかったのに…」

「ごめん…」

「じゃあ…、次は一緒に行こう!」

「うん。そうする」


 俺は学校でイケてるグループに入れない、なんかあの雰囲気が苦手っていうか…。

 あの人たちに嫌われてるわけでもないのに、とにかく苦手だった…。


 それは楓も同じ。


 こいつ、割と恋愛経験多いけど…。

 この前に…付き合って遊びまくることより家でのんびりして、アニメを見た方がマシだとか言ってたよな…。ある意味ですごいやつかもしれない。


「フン…、お前行かないのか…。イロハ、けっこう美人じゃん」

「いや…。そんなこと関係ない」

「今日は先約があって先に断っておいたけど、お前なら行くと思ってた」

「んなわけあるか…。まだお前が買ってくれた本も読んでないし…」

「だよな。じゃあ…、俺は先に行くからな。それ全部読んだら感想よろしく」

「うん」


 ……


 感想って言われてもさ…。

 お前が買ってくれたのはほとんどエロ漫画だし…、あんなことやそんなことばかりやってるだけだろう…?


「あれ? 俺確かに…ここに入れておいたけど、どこ行っちゃったんだ…?」


 家に帰ってきて少し読もうとしたけど、なぜか楓が買ってくれた漫画が全部消えてしまった。もしかして、お母さんが来たのか…? いや、来るなら連絡を先にするはずだから。変だな…、とはいえ「私のエロ漫画が消えてしまいました!」と誰かに言えるものじゃないからな…。仕方がなく、今日は小説を書くことにした。


 俺が入れた場所をうっかりしただけだろう…。


 ドンドン…。

 ピンポン———。


 こんな遅い時間にベルを鳴らすなんて、誰だ…?


「は〜い」

「こんばんは———。尚くん」

「あれ…? 花田さん…? どうしたんですか? こんな時間に…」

「私ね…。今日丸一日部屋を片付けたけど…、一番大事なことうっかりしちゃって…」

「えっ…? それって…?」

「キッチンの掃除が全然できいない…。今食材いっぱい買ってきたのに…、所々汚れてるし…埃も溜まってるし…。もうやーだ…」

「あ…、そんなことなら…うちのキッチンで作るのはどうですか? 男一人の部屋ですけど、掃除はちゃんとしています」

「ほ、本当に? 私がは、入ってもいいかな…?」

「どうぞ…」


 確かに、学校に行く時…引っ越しのダンボールが多かったよな…。


「あのね…。尚くんはもう夕飯食べたの?」

「いいえ。適当にコンビニから買ってきたのを食べますので、気遣わなくてもいいです」

「それはダメだよ…! ちゃんと食べないと…、高校生でしょう?」

「え…、そう言われても…。私料理が下手で…」

「作ってあげるから、今日は一緒に食べない?」

「い、いいんですか? 私が一緒に食べても」

「うん! 尚くんに美味しい夕飯を作ってあげるから…そこで待ってて」

「は、はい…」


 な、なんだろう…? この気持ちは…。

 初めて出会った人の家でさりげなく料理をする花田さんと、そんな彼女を後ろから見つめる俺って…。これ、ちょっと恋人っぽくない…? それより俺がこんな美人と一緒に…、俺の家で夕飯を食べるんだと…? 神様…。


「はい…! 食べよう!」


 ハンバーグとサラダ…、美味しそう。


「早く食べてみて!」

「い、いただきます…!」


 やばい…、めっちゃ美味しい…。

 俺にできるのはご飯を炊くこととか…、インスタント食品を温めるくらいだったから…。だからこそ、花田さんが作ってくれた夕飯がとても美味しくて、嬉しかった。


「味はどうかな…?」

「美味しいです…。なんか、毎日食べたくなるそんな味でっ…! あっ、す、すみません…。私、変なことを…」

「嬉しい…、私が作ってあげたのがそんなに美味しいの?」

「は、はい…」

「いい子だね…」


 なんか、頭を撫でてくれる時の花田さんからいい匂いがした…。

 平常心…、平常心。


「ご、ごちそうさまでした!」

「うん!」


 そして食後のお茶を淹れてくれた花田さんが俺のそばに座る。


「はい。お茶飲んで」

「ありがとうございます…」


 今日は小説を書くつもりだったけど、これじゃ無理だよな…。

 花田さんが作ってくれた夕食がとても美味しかったから…、そして何か…話さないと…、せっかくうちに来てくれたし…。それと…、お茶が温かくて体に染みる。


「よ、よかったら…、また作ってあげるからね…?」

「……」


 菜月のそばでうとうとする尚。


「……」

「あのね、尚くん? せっかくだし…、二人で話でもしようか!」

「……」

「尚くん…? な———お———くん?」

「……」

「あら、ちょっとたかな…。でも、これで二人っきりなったから…」


 ぐっすり眠っている尚の頬を、ゆっくり触る菜月。


「はあ…、目の前に尚くんがいる…」


 そのまま尚をベッドに連れて行く菜月が、微笑む顔で彼を見ていた。


「ねえ…。私がいるのに、あんなくだらない絵で抜くなんて…。そんなの嫌だよ…」

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