第2話 隣部屋の人。

「今日もお疲れ———」

「はい———」


 白い息が出る季節、外の寒い空気に体が少し震えている。


「うわぁ…、寒っ…」


 俺は柏木尚かしわぎなお、近所の高校に通っている高校2年生。

 一人暮らしをしながら、趣味で小説を書いているありふれたそんな高校生だ。学校が終わった後はすぐバイト先に行って生活費を稼ぐ。お母さんからの仕送りもあるけど、作家になりたいのが夢だったから…いろんな小説や漫画を買って刺激を受けていた。


「……フゥ、この寒さには慣れない…」


 帰り道、俺はいつもの通り好きな作品を読みながら歩いていた。


 ドサッ…。


「ん…?」


 ドサッ…。


「はあ…、はあ…」


 目の前に、ある女性が重そうな荷物を地面に下ろして、息を切らしていた。

 それは男の俺が見てもめっちゃ重そうな荷物だったから、さりげなく彼女の声をかけてみた。


「あ、あの…。て、手伝ってあげましょうか…? 荷物…」


 誰か手伝わないと…、あんな重い荷物を女性一人で運ぶのは無理だ。


「あっ…、ありがとうございます…!」

「いいえ…。では、行きましょうか?」

「はい…」


 気にしていなかったけど、こっちを見ている彼女はすごい美人だった。

 黒髪ロングに雪みたいな白い肌…。そして俺を見つめる彼女の垂れ目が、男性の保護本能をくすぐるような気がする…。一瞬、目の前にいるのがアイドルかと思った。こんなに綺麗な人がこの町に住むなんて、死んでも思い残すことはない…。


 それは俺にとってとてもラノベっぽい出会いだった。

 てか、妄想はこの辺でやめよう…。


「あの…、重くないですか…?」

「いいえ。平気です…。でも、女性一人で運ぶには無理かもしれません…」


 この大きいキャリーケースに何が入っているのか分からないけど、多分引っ越しする時の荷物じゃないのかと推測した。


 こんな物を普通の女性が持ち歩くわけないし…。


「今日引っ越してきて…、まだこの辺りの道がよく分からなくて…」

「やはり引っ越しですね」

「もしかして、この町に住んでいますか?」

「はい…! ここに来て2年くらいですね」

「へえ…」


 それで俺たちは普通に雑談をしながら、彼女が引っ越してきたっていうマンションに到着した。

 

 てか…、ここは…?


「あれ…?」

「はい? どうしましたか…?」

「こ、このマンションに引っ越してきましたか…?」

「はい。そうです!」


 マジか…、世の中にこんな偶然もあるのか…?


「こんなことを聞くのは失礼だと知っていますけど…、何階なのか聞いてみてもいいですか…?」

「あっ、はい! 5階です! どうしましたか…?」


 本当に…、こんなことがあるのか…?

 しかも、俺と同じ階だと…? 


 しばらく、このとんでもない偶然にぼーっとしてしまう。


「あっ、もしかしてここに住んでいますか…?」

「は、はい…。私もここに…」

「ちなみに、何階…?」

「5階です…」

「ええっ…! 嘘…!」


 でも、もう引っ越してきたから仕方がないことだった。

 別に…、この人が同じ階に住むのが嫌なわけでもないし。ただびっくりしすぎて何を言えばいいのかよく分からないだけ。


「こんな偶然もありますね…」

「ですね…」


 でも、5階には501号室から510号室まである…。

 もし隣部屋だとか…、そんな…。


「……」


 エレベーターから降りて、自分の荷物を持つ女性が話した。


「えっと…、私は502号室です。本当にありがとうございます! 助かりました!」


 バ、バカな…。


「は、はい…? 5、502号室…?」

「えっ…? どうしましたか?」

「わ、私は隣の501号室です…」

「え…?」


 マジで、隣に住む人だったのか…。


 この町に人が少ないとはいえ、こんな偶然があってもいいのかよ…? マンションはここだけじゃないはずなのに…。今日初めて出会ったこの美しい女性はなぜか隣に住む人で、俺は偶然…困っている彼女の荷物を運んであげた。


 ドラマみたいな偶然に言葉を失う…。


「そう…! あのね。高校生に見えるから…、ため口してもいいかな…?」

「は、はい…!」

「うん! 私の名前は花田菜月はなだなつき、君は?」

「私は柏木尚です!」

「尚くんだ…。可愛いね!」


 その話にちょっと…ドキッとした。

 学校でもこんな風に親しい女子はいなかったから、初めて言われた「可愛い」につい顔を赤めてしまう。これが成人女性の魅力ってことか…、もっと注意しないと…。


「……よろしくお願いします…!」

「うん。私もよろしくね。尚くん…」


 何気なく頭を撫でてくれる花田さんに、俺は惹かれていたかもしれない…。

 初めて出会った花田さんはとても綺麗で、優しくて、いわゆる高嶺の花みたいな人だった。


「じゃあ…、私! 荷物とか片付けるからね…?」

「あっ、はい! 私も家に帰ります」

「うん」


 ……


 引っ越しのダンボールがあちこちに散らかっている菜月の部屋。

 そして尚が運んでくれたキャリーケースを開ける菜月は、微笑む顔をして独り言を言う。


「尚くん…、尚くん…、尚くん…、尚くん…! やっと会えたね…。フフフッ」


 菜月の手に握られた尚の写真。

 それをじっと見ていた菜月はドキドキする自分の胸に手を当てて、こっそり顔を赤めていた。


「あ…、生きていてよかった…」

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