悲しい英雄

 敵の潜水母艦を撃破したアランは、シンセシスー1を海上に浮上させた。

(早く通常装備に換装してアーサーの援護に向かわなければ……)

 だが、その必要が無い事が直ぐに分かった。

 前線方面から白銀の機体が高速で飛行してきたからだ。

 未塗装で白銀に輝く機体は、アーサーが搭乗しているカリバーンしか存在しない。


「間に合わなかったか……僕が敵の母艦を撃破する予定だったんだけどね」


 アーサーから通信が入った。


「敵の母艦は俺が撃破した。後は上陸部隊を叩くだけだ」

「その必要はないよ。僕と友軍の地上部隊で殲滅してきたからね」


 アランは耳を疑った。

(アーサーが地上部隊を殲滅しただと?! ファングのチャリム部隊はどうしたんだ?)

 アーサーが出撃した時点で、海上を飛行中の多数の敵チャリム部隊が存在した。

 敵の上陸部隊は友軍の地上部隊との連携で対処出来るかもしれない。

 だが、海上の敵部隊をたったの一機で撃破出来たとは思えない。


「どうやって……」

「カリバーンのメイン武装はトライ・レジェンズだって知ってるだろ? こいつで全ての敵を焼き払った」


 アーサーの愛機カリバーンがトライ・レジェンズを高く掲げた。

 その姿はE.G.軍に勝利をもたらす英雄の様だった。

 誰もが憧れる力の象徴。

 アーサーが言っている事が真実であれば、友軍はファングへの完全勝利に沸き立つだろう。

 作戦に遅刻したフリージア隊の汚名は返上され、E.G.軍宇宙センターに温かく迎え入れられる姿が想像出来る。

 少し前のアランであれば、憎きファングの部隊が壊滅して歓喜しただろう。

 だがーー

(アーサー、無事だったのは嬉しい。だが、戦争はそんな物ではないだろ? 戦場に英雄なんていないんだよ……)

 イーサンと出会い、ファングの兵士にもやむを得ない事情がある事を知った。

 ノイと出会い、不法行為を強いられている人々がいる事を知った。

 敵であったファングの兵士にも家族がいて、それぞれの人生がある。

 アランは先ほど命を奪った敵兵士達の顔を思い浮かべた。

 彼らの命を奪った事は喜ばしい事だろうか?

 誰かに誇れることだろうか?

 彼らの死は英雄ゴッコで汚して良い事ではない。

(どうして俺はこんな簡単な事も分かっていなかったんだ! 大切な誰かを奪われる苦しみを誰より知っていたのに!)


「アーサー! 英雄ゴッコは止めにしないか? 嫌っていただろう?」

「ゴッコじゃないよ。僕は英雄になる。そして前大戦の英雄、福山少佐を越える!」

「人殺しで英雄にはなれない!」

「なれるさ! 元々英雄という物はそういうものだろう? より多く敵をほふったものが英雄と称えられる!」

「それは遠い昔の話だ! 今の人類は人殺しを称えはしない!」

「それでもなれるさ! 少なくとも君の英雄にはね!!」

「どういう意味……だ?」

「僕が英雄になる! 僕はノイや君の両親の様に死なないから! 僕が! ファングを殲滅して戦争を終わらせる!!」


 アランはアーサーの豹変の原因が自分とノイであった事を知り愕然がくぜんとする。

(アーサーは俺やノイの不幸に感化して狂ったのか? いつも真面目で、軍人としての任務に忠実であろうとしていた。だから英雄呼ばわりを嫌がっていたのに……)

 だが、分からない事もある。

 アランとノイが不幸な経験をしたからといって、アーサーがそこまで苦しむ理由が思い当たらない。


「何故だ? 何故アーサーが俺達の事で苦しむ?」

「仲間だからに決まってるだろ! アラン、もう悲しまなくていい。大切なものを奪われて心を閉ざす必要は無いんだよ。僕が敵を殲滅するから!」

「アーサー! 俺は……」

「その辺にしてこうぜ。他のお仲間達が面食らってるだろ?」


 カーライル中尉が通信に割り込んだ。

 他のお仲間達……部下であるアルダーン部隊のパイロット6名の事だ。

 大尉のアーサーと兵長のアランが言い争いをしているのだ。

 部下である一等兵の彼らが戸惑うのも無理もない。

(仕方がない。ロイドに貰った階級だが、一応俺も上官の一人だ。部下を困らせる訳にはいかない)

 アランはアーサーとの通信を切り、シンセシスー1を戦艦フリージアに着艦させた。

 カーライル中尉のアルダーン・カスタム、部下のアルダーン部隊、そしてアーサーのカリバーンも次々着艦した。

 搭載していたチャリム部隊が着艦したのを確認した後、戦艦フリージアはE.G.軍宇宙センターへ向かって航行を始めた。

(アーサーとは後で話し合う必要があるな)

 今のアランは悲しみで心を閉ざしたりはしない。

 戦う理由を失い、迷いだらけだが、それでも進むべき道を模索している。

 だから、アーサーに心配する必要は無いと伝えたかった。

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