交差する想い

 目を覚ますと自室だった。

 倒れた後に誰かがベッドまで運んでくれたのだろう。

 アランは起き上がりベッドに腰を掛けた。

 着替え以外の私物が殆どない殺風景な部屋。

 それは同居人のノイが来てからも同じだった。

 貧しかった彼には部屋に持ち込む私物が無かった。

 5日間一緒に過ごしたのに、ノイが生きていた痕跡は部屋に残っていなかった。

 彼が住んでいた村も焼き払われて無くなっているだろう。

 文字通り、記憶の中だけの存在となってしまった。

 戦争を行っているのだ。

 いつか誰かが戦死するとは思っていた。

 それが出会ったばかりのノイだとは思いもよらなかった。

 仮眠を取っていた僅かな間の出来事。

 その僅かな時間で一つの……いや、多くの命が奪われた。

(俺と出会ったせいなのかな。俺と出会いさえしなければ……ノイがファングの残党と戦わなければ今も普通に暮らしてたのかな……)

 アランはうつ向き、ノイと出会った事を後悔した。

 だが、本当に悪いのはファングの残党だ。

 奴らがノイの村で搾取していなければ、こんな事にはなっていなかった。

 次第にファングの残党への怒りが込み上げてきた。

(許さない! ファングは大切な者を奪う害悪だ!)

 激しい怒りに突き動かされ拳を強く握った。

 アランは改めて誓った。

 ファングを滅ぼす事を……ファングに関わった者を一人残らず殺すと……

(必ずファングを滅ぼすよノイ! 見ていてくれ!!)

 アランは復讐を誓い、ノイの顔を思い浮かべた所で、ある疑問が浮かんだ。


『もしもノイと出会わなかったら……彼は幸せに生きられたか?』


 その答えは、先ほどの誓いが残酷な程に示している。


『ファングを滅ぼす……ファングに関わった者を一人残らず殺す……』


 その悲壮な誓いは、ファングの残党と取引をしていた村に住んでいたノイを殺す事と同義である。

(ノイと知り合っていなかったら。ノイを焼き殺していたのは俺だった?)

 アランは愕然とした。

 もしもノイと知り合っていなければ、アランはファングの拠点の一つとして、ノイの村をビームライフルで焼き払っただろう。

 アニキと慕ってくれた、あの小さな友人が過ごしていた村を無慈悲に焼き払っていたかもしれないのだ。

 アランはファングを滅ぼせば戦争は終わると思っていた。

 私設軍隊ファングが滅びれば、ブラック・ダンデライオンは元の自治区に戻り、平和になると思い込んでいたのだ。

(俺は何がしたかったんだろうな……)

 アランは今まで自身を突き動かしてきた、ファングへの憎しみが何だったのか分からなくなっていた。

 ファングを滅ぼすと願ったのは、復讐の為ではななかった事に気付いたのだ。

(俺の復讐は最初から終わっていた……初めて人を撃ったあの時に……)

 ノイは憎むべきファングの残党の関係者だった。

 だけど、アランは彼を憎む事が出来なかった。

 アランはノイが最後に見せた笑顔を思い出しながら問いかけた。


「なぁ、ノイ。仲間に別れの挨拶……出来たか?」


 答える相手がいない問いかけが、孤独な部屋に空しく響いたーー


 *


 アーサーは格納庫でパイプ椅子に座り、カリバーンと向かい合っていた。

 整備の後、こうして愛機と向き合いながら自身に問いかけるのが日課だった。

 いつもは楽しい時間だが、今日はそういう気分になれなかった。

(僕は何をやっているのだろう。いや、何もやっていないから幼い子供を死なせたんだ)

 アーサーは何もしなかった事を後悔している。

 戦艦フリージアの護衛を任された。

 だから、戦艦の周囲で護衛していた。

 アーサーがこの森でやった事はそれだけだ。

 部隊の指揮官である艦長の指示に従った正しい行動。

 その結果、自分の手の届かない所で、知り合ったばかりの子供が戦死した。

 襲撃を受けたのだから、近くにファングの残党の拠点がある事は知っていた。

 だが、知っていながらファングの残党の拠点を攻撃しなかった。

 拠点の場所が特定されておらず、不毛なゲリラ戦で部隊を消耗させたくないという意見を受け入れたからだ。

 その結果、アランが心に傷を負った。

 幼い頃、両親を殺されたアランが更に傷つく事態となったのだ。

(僕の甘さが生んだ悲劇だ。敵に同情していた僕の罪なんだ!)

 アーサーはファング側にも事情がある事は知っていた。

 だから敵に対しても、出来るだけ死んで欲しくないと思っていた。

 戦場という限られた空間で、軍人として与えられた戦闘をこなす。

 敵を倒す為に必死ではあった……だが、そこに憎しみはなかった。

 でも、今はファングへの憎しみが抑えられない。

 敵に情けをかけた自身の甘さを呪っている。

(僕がファングの残党を滅ぼしていれば、あの子は死ななくて済んだ。誰も傷つかなくて済んだんだ! 敵の事情なんて知った事か! 敵は敵だ!!)

 アーサーは興奮気味に立ち上がった。

 もう中途半端な気持ちで戦ったりはしない。

 敵は徹底的に打ちのめす。

(ファングは僕が滅ぼす! 一人残らずカリバーンで薙ぎ払ってみせる!!)

 アーサーは愛機のカリバーンを掲げる様に手をかざし、ファングを滅ぼす事を愛機に誓ったのであったーー

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