憎しみの理由
凛はいつもの様に通路の窓から景色を眺めていた。
部屋で一人で眺めるより、通りすがりの誰かと一緒に話ながら眺めるのが好きだからだ。
ここ数日はスーと一緒に眺めている事が多かったが、今は兄であるノイを含めた村の仲間が亡くなったショックで寝込んでいる。
密林での襲撃事件を受けて常に臨戦態勢を取っているから、他の搭乗員も通らない。
残念ながら今日は一人だった。
眼下には富を誇示するかのように高層ビルが立ち並んでいる。
(不思議なものね。同じ国なのにこんなに違うなんて……)
凛はスーから密林の村での生活を聞いている。
彼女達は日々の食料を入手する事すら困難な生活を送っていた。
アーサーの話によると、あの密林は地球環境保全を目的として作られた人工の密林だった。
だから、自然を守る為に人が住む事を許されていないのだ。
急成長する様に遺伝子操作された高木を一方的に植えられ、住む場所を失った大半の住民は都市部に移り住んだ。
一部の住民はE.G.の方針に反発して移住しなかった。
あの村は故郷である土地を離れなかった人々が作った隠れ里だったのだ。
その様な状況であったが故、ファングの残党に目をつけられた。
E.G.の政策に従って故郷を捨てるか?
ファングの残党と不正取引して故郷で生きるか?
最終的にはファングの残党と取引したが、彼らにとって苦肉の選択だったのだろう。
(見ているだけで何も出来ない。私は何の為にここにいるんだろ……)
最初は戦闘に巻き込まれただけだった。
だから艦を降りる機会は何度もあった。
それでも知り合った皆の役に立ちたくて残り続けた。
でも、肝心な所で何も出来ていない。
凛は自分より年下のアランが事件の中心で頑張っているのに、何も出来ないのが苦しかった。
「なぁ、凛。スーは大丈夫か?」
アランに声を掛けられ、凛は振り返った。
「アランが話しかけてくるなんて珍しいわね。スーは……健康上は問題ないわよ」
「そうか……俺が情けないから苦しめてしまったな。折角健康になったのに、元気な姿を見せたい相手を失ったのだからな……」
「でも、アランが敵を討ってくれるんでしょ? これ以上悲劇が起きないようにファングを倒してくれるって思ってるわよ」
「ファングを倒すってなんだろう……所属する兵士を全員殺すって事か? 教えてくれ凛、それで本当に悲劇が起きなくなるのか?」
いつもとは違うアランの様子。
アランは常にファングを滅ぼすと言っていた。
だから、凛は落ち込むアランに話を合わせたつもりだった。
それなのに想定外の返答だったので凛は焦った。
「どうしたのアラン? ファングを滅ぼすって言ってたのはアランだよね?」
「そうだったな。なぁ、以前の俺はどんな顔で言っていた。ファングを滅ぼすって……宇宙の民を虐殺するって言っていた俺はどれだけ残虐な顔をしていたんだ?」
初めて見るアランの弱弱しい顔。
いつも強い意志が宿った目をしていたのに、今は瞳から強い悲しみを感じる。
(残虐な顔……アランはそんな風に自分自身の事を思っていたのね。本当は違うのに……)
確かにアランの言動は物騒だった。
でも、凛が感じていたのは残虐とは別な感情だった。
「優しい顔をしていたわよ」
「優しい顔? 堂々と人を殺すと言ってる奴がか?」
「アランは何でファングを滅ぼそうと思ったの?」
「俺は……大切なものを奪う奴らが許せなった。だから滅ぼそうとした」
「大切なものがなくなったアランが、何でファングを憎む必要があったの? もう大切なものを奪われる事はないでしょ?」
凛には残酷な事を言っている自覚があった。
それでも、アランが自身の本当の気持ちに気付く切っ掛けになってくれればとの思いで言い切った。
「凛の言う通り奪われるものなんてなかった。自分の事はどうでも良かったんだ。でもファングが存在すれば、同じ悲劇が起きると思っていた。他の誰かに同じ思いをして欲しくなかった」
「そういうの、優しさって言うのよ。憎しみと殺意で歪んでいても本質は変わらないわよ」
「優しさ……俺が優しい?」
「そうよ。気づいてなかったの? いつも誰かの為に戦って、独りで傷ついている。ファングを滅ぼすって言っていたのも、それが皆の為だと信じていたからなんでしょ?」
「でも、今の俺は信じていない。ファングを滅ぼす事が正しいとは思っていない。もう、何をどうすればいいのか分からない」
「それなら一緒に探しましょ。今後どうしたら良いのか一緒に悩んであげるよ」
「一緒に悩むか……」
アランはつぶやいた後、口を閉ざした。
そして、無言のまま二人で並んで景色を眺めたーー
「おはようアラン、凛ちゃん。暗い顔してるけどどうしたの?」
「おはようアーサー。アランが少し落ち込んでるけど大丈夫よ」
背後からアーサーの挨拶が聞こえたので、凛は振り返って挨拶を返した。
「そうか、あんな事があった後だからね。でも、ノイ君の事に責任を感じる事はないよ。全て無能な僕が悪いんだからね」
「無能って……アーサーが自虐ネタを披露するとは思わなかったわよ」
「冷やかしは謹んでもらえるかな? 僕は真剣に言っている」
いつも通りの笑顔……だが、目が笑っていない。
アーサーから異様なプレッシャーを感じて背筋が凍った。
「どうしたんだアーサー?」
アランもアーサーの異常を感じ取ったようだ。
「心配してくれてありがとうアラン。でも、心配は不要だよ。ファングは僕が滅ぼすからね」
「ファングを滅ぼす? アーサーが?」
「どうしたの急に?」
アーサー想定外の発言に凛とアランは同時に驚いた。
(なんでアーサーが以前のアランと同じ事を言ってるの?!)
凛にはアーサーがふざけて言っている様には見えなかった。
「二人とも僕を疑うのかい? いいさ。次の戦闘を見てくれれば理解するさ。奴らを滅ぼすのは僕とカリバーンだってね」
アーサーが手を振った後、去っていった。
(あの優しかったアーサーが……一体どうしたの?)
凛にはアーサーの豹変が信じられなかった。
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