密林の少年8

 ノイの村で物資を調達してから5日が過ぎた。

 今日中には戦艦フリージアの修理が完了する予定である。

 24時間体制で修理を進めたので整備班は疲労困憊だった。

 整備班は最大限の努力をしてくれた。

 それでも反抗作戦の集合日時には間に合わない。

 だが朗報もある。

 ノイの妹のスーが歩けるくらいに回復したのだ。

 完全に回復するには入院する必要があるが、一命を取り留めたのは良い事だ。

 この5日間、ノイはE.G.軍に入る為の手続きや、チャリム操縦の訓練で忙しかった。

 だから、ノイの代わりに凛がスーの世話をしていた。

 凛が妹が出来たみたいだと言って喜んでいたから、任せていて問題ないだろう。

 唯一気がかりなのは、ウォルフ技師長が言っていた事だ。

 謎の言葉『ヤナギ』、E.G.が滅ぶ為に生まれた組織という謎、そしてファングの技術者だった過去……


「なぁ、アニキ。聞きたい事があるけど、いいっすか?」


 ノイに話かかけられ、彼の存在に気付いた。

(ノイが目の前にいたのに気付かなかったとは……少し寝る必要があるな)

 修理技術があるアランは、整備班と一緒に戦艦フリージアの修理に携わっていたので寝不足だったのだ。


「で、何を聞きたい? 格闘戦のやり方についてか?」

「いや、戦い方じゃなくて……」


 ノイが口篭もる。

(どうやら秘密の話の様だな。なんでも正直に言ってしまうノイが他の皆に聞かれたくいない話か……想像出来ないな。まぁ、仮眠を取るついでに聞いてやるか)


「帰るぞ」


 短く伝えた後、二人で格納庫を後にした。

 自室のドアを開け、いつも通りベッドに二人で腰を掛けた。


「なぁ、アニキは何で俺を誘ってくれたんすか?」


 座ると同時にノイが話を切り出した。

(ノイを誘った理由か……俺と境遇が似ていたからだろうな……)

 アランは自身の境遇をノイに教える事にした。


「俺は6年前の第一次宇宙戦争時に侵攻してきたファングに両親を殺された。当時9才だったから、今のノイより少し年下だった時だ」

「アニキも孤児だったんすか? 見えないっす!」


 ノイが驚いた。

 彼が驚くのも無理はない、アランは食料に困ったことが無く健康であり、服もシンプルなデザインが多いが高級品である。

 一人になりたての頃は貧しかったが、日用品から兵器まで取り扱うジャンク屋の収益で生活に困ってはいなかったからだ。

 だから元孤児に見えなかったのだろう。


「俺もノイと同じ境遇だったのさ。拾った部品を修理して売る事で生きてきた。ずっと独りだった。大人って奴は立場の弱い人間を騙そうとする。だから誰も信用出来なかった」

「アニキも大変だったんすね……」

「別に大変ではないさ。俺には守るべきものが無かったからな」

「アニキは同じ境遇って言ったけど、俺とは違うっすね」

「違う? 何がだ?」

「俺には妹がいた。拾ってくれた村長もいた。村の皆は名前が無かった俺にノイって名前を付けてくれたっす。裕福では無かったけど一人じゃなかったっす」

「そうか、それは良かったな」

「アニキ……俺、ちゃんと話をしないで立ち去れないっす。アニキ達にとっては悪い事してる人達なのかもしれない。でも俺にとっては大事な人達なんすよ」

「で、ノイはどうしたいんだ?」


 アランはノイに残って欲しいと思っている。

 だが、ノイが村に残るならそれでも良いとも思っている。

 隣に座っている小さい友人が、後悔の無い選択をして欲しいと願っている。


「ちゃんと別れを伝えてくるっす。でも必ず戻ってくるから置いてかないで下さいよ」

「分かった。俺は仮眠してるから帰ってきたら起こせよ」

「分かったっす」


 ノイが元気よく部屋を出ていくのを見送った後、アランは上着を放り投げ、そのまま

 ベッドに寝ころんだ。

(しっかり別れを言ってこいよ……待ってるからな……)


 *


 アランはドアを叩く音で目が覚めた。

 訪問者を確かめる為にモニターをつけると、凛とスーの二人だった。


「入っていいぞ」


 アランはベッドに寝ころんだまま、ドアの電子ロックを解除した。


「兄さんは何処ですか?」


 スーが焦った声で問いかけてきた。

(何を焦っている? 少し見かけないくらいで大げさなんだよな)


「ノイなら村に出かけただろ。戻ってきたらスーの所に寄る様に伝えておくよ」


 アランは寝返りを打ち、二人に背を向けた。


「でも、出航してるわよ。追いつけるの?」


 出航してるわよ……その一言が脳に刺さる。

 凛に言われて気付いたが、戦艦フリージアが飛行中に発生する振動を感じた。

(何故出航している?! ノイは戻ったのか? 何が起きている!)

 アランはベッドから起きて上着を羽織り、ブリッジに向かった。


「待ってよアラン!」


 凛とスーも慌ててブリッジに向かった。

 ブリッジには、艦長やブリッジクルー以外にカーライル中尉とアーサーも居た。

 普段は明るいブリッジクルー達が沈痛な面持ちをしている。


「出航しているみたいだが、ノイは戻って来たのか?」

「彼の村はファングの報復でしました」


 問いかけるアランに、フィオナ艦長が目を伏せたまま静かに言った。

(全滅? ノイの村が……援護に向かわなければ!)

 アランは格納庫に向かって走ろうとしたがーー


「待てよ、アラン!」


 カーライル中尉がアランの腕を掴んだ。


「何故邪魔をする! 襲撃を受けたなら援護に向かうべきだろ!」

「なぁ、アラン……艦長が伝えたのは襲撃じゃねぇ。だ。分かってくれアラン……もう遅いんだよ」


 カーライル中尉が泣き崩れる様にアランの腕にしがみついた。

 ドサッ。

 背後で音がしたので振り返ると、倒れたスーを凛が抱きかかえていた。


「ごめんアラン。僕達は何も出来なかった。全て僕の責任だ」


 アーサーが深く頭を下げた。


「どうしてなんだよぉぉぉっ!」


 アランは叫び続けた……意識を失い倒れるまでーー

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