ジャンク屋の少年と令嬢1

 AD2321年。

 人々は宇宙での生活に未来を見いだし、西暦は革新の世紀”Innovation Century”と改められた。

 宇宙で発見された新たな資源。

 不変のエネルギー機関の発明。

 輝かしい未来となる筈であった新世紀。

 だが、新世紀は人々の手によって灰色に染まった。


 IC16年にE.G.とB.o.D.が起こした第一次宇宙戦争”灰かぶりの夏”。

 人類が初めて経験した宇宙戦争は、夥しい量のスペースデブリを生み出し、大気圏の突入及び突破が困難となった事で停戦状態となった。

 戦争が残した傷跡は大きかった。

 E.G.陣営は今だに主要なエネルギー源であった太陽光発電が阻害されて、深刻なエネルギー不足が続いている。

 B.o.D.は地球との貿易が途絶え、食料難で生活が困窮していた。

 互いに困窮を極める状況。

 それ故、状況を打開する為に、再び侵攻を始めるのは時間の問題であった――


 *


 旧アメリカ合衆国デトロイト。

 かつて自動車産業で栄えたこの地は、産業の主軸をロボット産業に移し、IC22年現在では人型機動兵器”チャリム”の一大生産拠点となっていた。

 人型機動兵器チャリム。

 開発者ムダル博士が、四肢リムの生えた戦車チャリオットでチャリムと名付けた兵器である。

 スペースデブリが散乱する宙域では、宇宙戦闘機の運用が困難な為、より小回りが効く機動兵器が必要になり開発されたものだ。

 この人型機動兵器が実現出来たのは、木星で発見されたG.I.N.ダイヤのお陰といえる。

 木星の高重力下で生まれた、白銀に輝くG.I.N.ダイヤには特殊な性質がある。

 特定の周波数の電磁波を照射すると、共振し、高エネルギーを生み出す性質だ。

 この性質を利用した動力機関G.D.ジェネレイターにより、人型機動兵器チャリムは実用化されたのだ。

 その莫大なエネルギーは兵器の為だけではない。

 チャリム製造の為、大量のG.I.N.ダイヤを保有しているデトロイト市は、太陽光発電の稼働率低下によるエネルギー不足の影響を受けずに済んでいた。

 軍事産業で栄える輝かしい都市。

 それだけ栄えていても影はある。

 19世紀から変わらずスラム街は残っていた。

 デトロイト郊外の一軒のジャンク屋。


「すみません。店員さん、いらっしゃいますか?」


 スラム街には不似合いな、快活な少女”高木凛”が店先の少年に声をかけた。


「店員は居ない」


 少年はぶっきらぼうに答えた。


「店員不在なんて不用心ね。貴方も店員さん待ち?」

「不用心なのはお前だ。若い女が来る所ではない。それに店員など募集していない」

「貴方だって子供じゃない。店員の募集ってなに? バイトの応募じゃなくて、買い物に来たんだけど」

「なんだ客か。で、何が欲しい?」

「店員じゃないのに、どうして注文を聞くの? 貴方は誰なの?」

「店主のバークスだ」


 店先の少年……アラン・バークスが名乗った。

 目の前の少年が店主と知り、凛は今までの噛み合わない話を理解した。

 凛は少年が早く名乗ってくれれば良かったのにと思ったが、無駄に時間を使いたくなかったので、話を進める事にした。

 大事な目的があって、スラム街のジャンク屋に単身で乗り込んだのだから。


「5年前に販売されたE37A2-P4ってコンデンサーあるかな?」

「何でそんなガラクタが欲しいんだ? そいつと同じ定格だったら、後継のE42A1-P2を使うだろ?」

「それだと”みぃちゃん”が可愛くないの! 後継のE42A1-P2だと”ミュ”って短くしか鳴かないのよ。でもね、E37A2-P4だと”みゅ~ん”とか”みゅい~ん”とか毎回鳴き声が違うの!」


 凛が手にした猫型ロボットを鳴かせる。

 彼女の言う通り、ミュ、ミュと短く鳴いている。

 アランはE37A2-P4が直ぐに販売停止となった理由を思い浮かべる。

(確か、使い続けると電気容量が安定しなくなる不具合があったな)

 製品の不安定さを利用して、ロボット猫の微妙な鳴き声を出したいという事なのだろう。

 鳴き声など音声データでいくらでも作成出来るのに、アナログな特性を利用するのは珍しいと言える。

 アランは、自作のロボットに独特な拘りを見せた目の前の少女に少し興味を持った。

 アラン自身もメカが好きなのだ。

 こういう拘りがある相手は嫌いではない。


「分かった。中に入って待ってろ」

「うん」


 アランは凛を店の奥に案内した。

 相手は、たいして関わりがない少女だが、放置して犯罪に巻き込まれるのは気分が良いものではなかったからだ。

 店内であれば安全とは言い切れないが、店先に放置するよりはマシではある。

 アランは30分程倉庫を探した所で目的のコンデンサーを見つけたので店に戻った。

 早速、アランに工具を借りた凛が、猫型ロボットの”みぃちゃん”に組み込む。

 そして、薄汚い室内に「みゅ~ん」という可愛い鳴き声が響き渡る。

 凛が楽しそうに”みぃちゃん”の鳴き声を堪能している。


 みゅ~ん、みいにゅ~ん、フォ~ン、フォ~ン。


 突然、違う音が鳴り響く。

“みいちゃん”の鳴き声が変わったのではない。

 これは警報だ!

 アランが店から出て辺りを見回すと、デトロイト市街の西方の上空にファングの戦艦が見えた。

 今の地球上にファングの拠点はない。

 つまり、相手は不可能な大気圏突入に成功したということだ。

 6年の歳月を経て、ファングは地球外周を覆うスペースデブリを突破出来る宇宙戦艦の開発に成功していたのだ。


「また奪いに来たのか! アイツらは!!」


 アランは敵の戦艦が浮かぶ、鈍色の空に向かって激昂した。

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