第5話 エンド・チェイス

 芦早とアズラ、そして強盗二人。人数では同等になったが相手は飛び道具がある。それに加えて芦早は彼らに攻撃を加えることができない。やはりここは勢いでどうにかするしかないかと拳に力を籠める芦早にアズラがそっと耳打ちをした。


 「芦早さん……貴方なら恐らく【憑依ひょうい能力】を使えるでしょう。死んだばかりの人間が使えるものではないのですが、貴方のバカみたいな精神力なら問題ないでしょう。奴らにりつくイメージを頭に浮かべて奴らに体当たりをかましてください」


 「よし! 分かった!」


 それを聞いた芦早は迷いなく強盗たちへの憑依を敢行かんこうした、目標は銀のナイフを持った男だ。いきなりの芦早の行動に男は反応できなく芦早と男の体がぶつかり合う。すると男の中に入るようにして芦早の姿が消えた。


 「おい、大丈夫か! 奴はどこに消えた……?」


 リーダー格の男はナイフの男にそう声を掛けたがすでにその声は届かない。意識の所有権は芦早に移っていたからだ。自分の体ではない体を動かす、そんな感覚に強烈な違和感を覚えながらも芦早はすぐに次の行動をする。

 リーダー格の男が芦早の姿を探して周囲に気を取られているその隙に芦早は自分の物としたその男の拳で力一杯にリーダー格の男を殴り飛ばす。


 「ぐっ……テメェ!」


 全力の一撃に耐えた男は、怒りの形相で容赦なく仲間であるナイフの男の体に発砲した。銃弾が腹部に直撃したダメージで憑依は解除され元の幽体に戻る。ナイフの男はその痛みからかそのまま床に蹲ってしまった。


 「うおっ! 仲間に容赦なさすぎるだろ!」


 「ナイスです! 後は私にお任せを!」


 アズラが鎌を大きく振りかざし、一気にリーダー格の男へと距離を詰め男の体を鎌で一刀両断にする。しかし、男の体には傷一つない。しかし男は力が抜けたかのように武器を落とし、ひざを床にけた。死神の生気を奪い取る攻撃で衰弱させられたのだ。


 「くそ! 何だって言うんだ!?」


 無事、終わったかと二人が安堵あんどしたその時、金庫に行っていた強盗のもう一人の男が戻ってきた。仲間の二人が倒れているのを見た男は激高げっこうして芦早に銃を放つ。銃撃に怯むことなく、芦早はその男に向かって走り出す。銃弾が掠めても気にもせずに男に体当たりをかまし、憑依すると全力でその頭を壁に打ち付けてノックアウトさせた。


 「す、凄いですね……」


 「いやいや、キミの助けがあってこそだよ!」


 こうして強盗たちとの闘いは幕を下ろした。しかし、まだ芦早の逃避行は結末を迎えていない。


 強盗たちが全員倒れてからしばらくして、警察が銀行に突入し強盗たちは逮捕された。その様子を芦早とアズラが遠目で見守っていると、明らかに警察ではない黒いローブをまとった者たちが入って来た。その姿の集団を芦早は不思議そうに、アズラは怯えたように見つめていた。

 

 その人物たちは芦早たちを見つけると、足早に向かってきてフードを脱いで見せた。そこから覗かせた顔はアズラと同じく銀髪で紅い目をした女性のものだった。


  「貴殿きでんが芦早 俊殿か」


  「そうだが……」


 威圧感のある彼女こそがアズラの直属の上司死神だ。今回の死者が霊界逝きを拒み逃走するという不祥事ふしょうじの報告をアズラから受け自ら出向いたのだ。


 「貴殿の行った行為はペナルティを課せられる行為だというのはアズラから聞いているな?」


 気まずそうにするアズラを横目に見ながら、芦早は決意を固めハッキリとした口調で上司死神に答える。


 「甘んじて受け入れよう、彼女には世話になったしな。これ以上、迷惑はかけないさ」


 「芦早さん……」


 アズラが芦早の出した答えに驚きの表情を浮かべるかたわら、上司死神の口角はわずかにあがっていた。


 「実はだな……今回、この強盗共の行動による予定外の大量の死者の発生を防ぐ為の処置がこちらの不手際で対応が遅れていてな。それが偶然にも貴殿の行動により未然に防がれたのだ。よって、貴殿には恩赦おんしゃとして一度だけ蘇生が許可された」


 その言葉を聞いた芦早とアズラは思わず顔を見合わせる。


 「おお! ありがたい!」


 「やりましたね! 芦早さん!」


 「アズラ、お前もお手柄だ」


 「じ、上官!」


 「しかし、報告をおこたった件はしっかり始末書を書いてもらうからな」


 「うう……」


 ガックリと肩を落として落ち込むアズラに芦早は笑いながら声をかける、二人の間にはいつの間にか奇妙な友情が芽生えていた。


「ははは! まぁ頑張れ! 俺から見ても中々の死神っぷりだったぞ!」


 「芦早さんこそ……そのしぶとさで今度はあっさり死なないでくださいよ、死ななかったですけど」


 生死を掛けた逃走劇はここで終わりを告げる。二人の人間と死神はお互い、自分たちの日常へと戻っていくのだった。

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駆けろ! デッド・チェイス!! 八雲 鏡華 @kaimeido

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