第4話 バンク・オブ・ザ・デッド

 ようやくアズラの追跡から逃げ切ったと思っていたが、そんな芦早の期待を裏切るように死神アズラはボロボロになりながら後を追ってきていた。度重たびかさなるアズラの追跡にいよいよ芦早の勢いにもかげりが見える。


 「し、しつこすぎる! 俺が何をしたと言うんだ!」


 「指示に従わず! 逃亡しました! いい加減に止まれー! このボケー!」


 「どんどん口が悪くなっていくなアイツ……さて、どうしたものかな」


 辺りを見渡す芦早の視界に映ったのは大きな銀行だった。こんな場所に逃げ込んだ所でなんの解決にもならないとは思ったが、街中をただ逃げ回るのに飽きつつあった芦早は勢いで銀行の中に駆け込んでいった。すると意外にもアズラの足が止まる。


「し、しまった! ここから先は私の管轄外……! し、仕方ないここは本部に連絡して……」


 生真面目きまじめなアズルは自分の担当外の地区に介入するのを躊躇ためらい、そのみねを他の死神や上司と共有すべく死神専用の連絡装置デスフォンで連絡を取る事にした。もちろん、今の今まで報告していなかった事が原因で始末書を書くはめになったのは言うまでもない話だ。


 その頃、銀行に入った芦早はロビーを歩いていた。なぜかアズラが追ってくる様子がなかったので少し休もうと思ったのだ。ロビーはお客や忙しそうに働く銀行員で賑やかだった。これだけ人でごった返していればもしアズラが中に追ってきたとしても自分を見つけるのに手間取るだろうと考えた芦早は、ロビーの隅側のソファーに腰を降ろして体を休めることにした。


 「ふぅ……やっぱ死の運命をくつがえすのは骨が折れるな」


 芦原がそう言葉をこぼした瞬間に銀行の入り口から3人の覆面を被り重火器で武装した男たちが飛び込んできた。そのうちの一人が持っていた銃を天井に向けて乱射する。激しい銃撃音と悲鳴がロビーに響き渡る。


「オラ―! 見ての通り強盗だオラ―! 今すぐ建物の出入り口を封鎖しろオラ―! 急がねぇとぶっ殺すぞオラァ! さっさと隅っこに集まって床に伏せやがれ!」


 リーダー格であろう体格のいい男が躊躇ちゅうちょなくハンドガンを入り口付近の警備員に向けて発砲した、その弾丸は腹部に直撃し警備員はうずくまってしまった。

 更に駆け付けた他の警備員に対しても銃撃を浴びせ、負傷ないし武装を解除させて無力化させていく。


「オラ! マイバッグを持参してやったからこの中に金目の物を詰めてけ! 今ならもう一つオマケでバッグを付けてやるから急げオラ!」


 強盗たちは銀行のカウンターにあいさつ代わりに銃弾を撃ち込みながら金品を要求する。これには銀行員たちもたまらずに急いで金庫室へ向かうと強盗たちに伝える。するとリーダー格の男はほかの強盗たちに指示を飛ばし、一人に金庫室へ向かう行員に付いて行かさせた。


 「おう! 歯向かおうとしてみろ、俺の相棒が火を噴くぜ!」


 そう叫びながら強盗の一人がロビーの隅に集まり怯えながら伏せている客たちに向かって1発、2発と銃弾を放つ。そのうちの1発が誰かに当たったのか短い悲鳴が上がる。

 

 それを見ていた芦早は激怒した。芦早には難しいことは分からなかった。しかし、罪のない市民が悪逆あくぎゃくなる強盗にしいたげられているのは理解できた。必ずその悪を排除せねばならぬと勢いで芦早は立ち上がった。


 「やりたい放題してるな悪党ども! これ以上は見過ごせん!」


 立ち上がった芦早はロビーのカウンター付近で銃を構えて周囲を見回している強盗二人に向かって飛び掛かろうとする勢いで向かって行く。そして肉薄すると拳を振り上げてリーダー格の男へと殴り掛かる。しかし、芦早の拳は男の体をすり抜けるようにして空振からぶってしまった。


 「しまった! そういえばあのコンビニのヤンキーたちが死者は生きてる人間に危害を与えられないと言っていたな!」


 芦早がさてどうしたものかと困っていると、リーダー格の傍にいたもう一人の強盗の男が驚いたような表情で芦早を見て声をあげた。


 「な、なんだお前! いつの間に近寄りやがったんだ!」


 「なに? 俺の姿が見えるのか?」


 「当たり前だろ! ちくしょう! ぶっ殺してやる!」


 男は激しく興奮した様子で銃を芦早に向ける。するとリーダー格の男が芦早に向けられた銃を手でそっと降ろさせるとジッと芦早に視線を向ける。


 「なんだ? まるでお前が幽霊かなんかだって言い方だな?」


 「ああ、その通りだ。なんならその銃で試してみるか?」


 「なるほどな……」


 芦早の話を聞いたリーダー格の男は不敵に笑った。かと思うとハンドガンを芦早に向けて発砲した。芦早は勢いでなんとかそれを回避するが銃弾が足をかすめてしまう。するとなんとその箇所があの坊主たちの法力を喰らった時のように半透明になっていた。


 「なに!? ただの銃が霊体の俺に効くとは!」


 「願掛がんかけで聖水を振りかけておいてよかったぜ。なにを隠そう俺はエクソシストの子孫でな」


 リーダー格の男がそう言うと傍にいた男もニヤニヤとした笑みを浮かべ口を開いた。


 「俺はヴァンパイアハンターの子孫だ」


 「で、もう一人の奴は陰陽師の子孫って訳だ。はは、つまり調子に乗ってる幽霊も問答無用ってぶっ殺せるって訳だ」


 不敵に笑うリーダー格の男に銃口を突きつけられる芦早。もはやこうなったら勢いに身を任せてどうにかするしかないと芦早が拳を握る、すると行員の手によってシャッターが閉まりかけていた銀行の入り口からアズラが飛び込んできた。


「ちくしょー! アイツのせいで始末書だー! ……あっ! そこに居やがりましたか!」


 明らかに不機嫌なアズラはズンズンと芦早の下へと近寄ってきてそしてまくし立てるように芦早に不満をぶつける。


「ほら! 確保です確保! もういい加減に……あれ?」


 銃を突き付けられた芦早、覆面を被り武装した男たち。そこでようやくアズラは様子がおかしいことに気が付いた。そんな彼女にハンターだという男が銀のナイフで襲い掛かる。


「てめぇもコイツの仲間か!? 纏めてぶっ殺してやる!」


 男のナイフがアズラに振り下ろされるその瞬間、芦早がアズラを押し倒す形でその身を守る。それと同時にリーダー格の男が発砲するが弾丸は床に直撃しただけだった。男の舌打ちが聞こえる。


「な!? 一体なにを!?」


「コイツらは俺たちを認識できるんだ! 聖水付きの武器で俺たちをはらおうとしている! 今だけアイツらをどうにかするのを手伝ってくれないか! 一時休戦だ!」


 アズラはそんなことを宣う芦早に驚いたが、殺気立ってこちらを見ている男たちを確認し、大きくため息を吐いてその提案を受け入れることにした。アズラは芦早の手で引き起こされるように立ち上がる。


「仕方ない、了解しました。通常は生者への干渉は禁止されているのですが、公務執行妨害となれば話は別です。これより鎮圧を開始します」


「覚悟しろ悪党ども!」


  アズラは死神の鎌を具現化させ構え、芦早はファイティングポーズで強盗たちに対面した。こうして芦早の死からの逃避行は最後の局面を迎えたのだった。 

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