第3話 仏教バンド ナム・アミ・ダブツ

 「待てコラー! これ以上手間を増やすんじゃなーい!」


 「うーむ、思ったよりしつこいな!」


 ヤンキー3人組に後で手続きをすると約束を済ませたアズラはすぐに芦早の後を追ってきていた。そんなアズラの様子にさすがの芦早もどうしたものかと手をこまねいていた。すると、芦早の視界に寺が見えた。


「寺か……教会などだったらなんとなく死神が入って来れないとかそういうイメージがあるが、寺となるとどうなんだろうか? いや、迷っている時間はないな! 物は試しだ!」


 覚悟を決めたように1人でうなづいたかと思うと、芦早は寺の門を抜け中に入っていった。それを見たアズラはあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。


「げっ、お寺……よりによってこんな場所に……ええい! 仕方ない!」


 頭を振ってキリリッとした表情を浮かべアズラも芦早の後を追って寺の境内へと入り込む。境内はそこまで広いという訳でもなく門から石畳を数メートル進んだ場所がすでに建物に突き当たっている。そこの小さな階段を駆け上がり芦早は建物に上がり込む。

 

 真ん中から真っすぐ伸びる廊下を挟むように両脇に障子でへだてられた部屋が並び、廊下の奥は建物の裏口に繋がっている。その真ん中を突っ切るようにして裏口目指して芦早は進んでいく。

 

 芦早が廊下を進む途中、障子を隔てた部屋の中から坊主たちの声が聞こえてきた、それはお経のようで中で読経どきょうの練習でもしてるのかと思ったが、実はただの読経ではなく、なんと若い坊主たちが組んだ仏教系バンドがお経をラップ風にアレンジした楽曲を演奏していたのだ。


 「今日も御仏みほとけの教えをお前らに説いていくぜ~!」


 「色即是空しきそくぜくう! お前らとのご縁に感謝!」


 口上が聞こえ、障子の向こうからギターやシンセがかき鳴らされる……ことはなく、木魚もくぎょ尺八しゃくはちなどが熱いビートを刻んでいた。それと同時にラップアレンジのお経が唱えられ、その度に強烈な法力が周囲にまき散らされていた。

 

 この坊主たち、こうみえても実は徳を積んでいて、かなりの力を持っている。その力が無差別に放たれたともなれば芦早などの死者にとっては堪ったものではない。いきなり障子をすり抜けてきたありがたい光を寸前で回避したものの、少しだけ光に触れてしまった芦早の腕の一部がなんと半透明になって成仏しかけてしまっている。


「うおぉぉぉぉ! なんてありがたい説法せっぽうなんだ! まともに喰らったら一撃で成仏してしまう!」


「だからこんなところ来たくなかったんですよ~! 早く諦めて止まれ……いや、ここでは止まらないで!」


 出鱈目でたらめに廊下を飛び交う強烈な法力を見事な体裁からださばきで回避する芦早。その後ろを同じく乱れ飛ぶ法力の嵐に巻き込まれ、飛んだり屈んだり転がったりと必死にアズラが逃げ回っていた。もはや芦早を捕まえるどころではなくなっていたアズラだったがふとある考えが脳裏に浮かんだ。


「はっ!? この法力で芦早さんが成仏すれば捕まえる手間が省けて一発逆転なのでは!? だとすれば私が今やるべきことは一つ……!」


 そう言ってアズラがおもむろに手を振りかざすとその手に禍々しい死神の鎌……ではなく妙にポップなデザインの死神の鎌が現れた。それをアズラは芦早を追いかけながら振り降ろす。するとその鎌から斬撃が芦早に向かって放たれたのだ。

 廊下は坊主たちの法力とアズラの斬撃が飛び交う阿鼻叫喚あびきょうかんの図と化していた。


 「うお! こんな力を隠し持っていたとは!」


 「ふふふ、死神を甘く見ないことですね!」


 「流石にこれでは分が悪い……! しかし、死神もこのありがたい空間の中では自由に力を出すことはできまい!」


 芦早の言う通り、アズラは芦早へ攻撃を仕掛けると同時に自分に向かって飛んでくる坊主たちの法力を避けなければいけなかった。結果的にアズラは攻撃と回避、その二つを同時にこなさないとならず攻撃精度は必然的に低かった。


 そんな阿鼻叫喚な廊下での攻防戦は早くも終わりを迎えた。芦早が裏口に到着したのだ。


 「ふー……危なかったがなんとか抜けたぞ!」


 「す、隙あり!」


 裏口に辿り着き安堵したことによって気を緩ませてしまった芦早の隙を見逃さなかったアズラは、そんな彼の背中に向けて斬撃を放つ。しかし、靴ひもが解けていることに気が付いた芦早が丁度屈んでしまったので、斬撃はくうを切ってしまった。

 そして攻撃に集中してしまった為、反応が遅れてしまったアズラに坊主たちの法力が直撃してしまう。


「ぎゃあああああああああ!!」


 ただの死人ではなく死神だったからかその一撃でアズラが成仏してしまいはしなかったが、彼女はボロボロの体で床に転がるはめになってしまった。


「お、今がチャンスだな。なんか悪い気もするが……まぁ、仕方ない! さらばだ!」


 芦早はズタボロとなったアズラを放置して再び逃げ去ってしまう。そんな芦早の背中をアズラは瀕死の状態で見送ることになってしまった。


「お、おのれ……ま、待って……」

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