第4話 エムラド渓谷の虐殺

「こらあかん、退却や!!

 全軍退却~!!!!」


大空に展開された数千騎のワイバーンを見て、レンガ将軍は全軍撤退を叫んだ。

ワイバーンにはレムド国の竜騎士が搭乗しており、数千のワイバーンは芸術的な統制によって展開されている。


「全速で逃げろー!!

 逃げて逃げて逃げまくるんやー!!!!」


数千のワイバーンは、フィンジアス軍に対して高所からの投石攻撃を行っていた。

たかが投石とはいえ、流星雨の如く降り注ぐ高所からの投石は無慈悲極まりない。

ワイバーンが掴む石の大きさは、人間にとっての岩と同じだ。

レムド軍の岩は、フィンジアス軍の盾や鎧を紙のように貫通していく。

対するフィンジアス軍は高所に展開するレムド軍への攻撃手段を持っていなかった。

故に、状況は一方的な虐殺となっていた。


レムド軍のワイバーンは投石後、左右に大きく回り込み、後方で再度石を掴む。

それから次回の攻撃に備えて中央の攻撃列に並びなおすのだ。


「あんな数の竜騎兵なぞ前代未聞や。

 とにかく屋根のあるところへ逃げんとどうにもあかん。

 騎兵でもワイバーンから逃げ切るのは正直しんどい」


今回の戦場はエムラド渓谷であった。

両側は切り立った崖であり、回廊の幅は数十メートルしかない。

左右に逃げ場が無いので、フィンジアス軍は後方に撤退する以外選択肢がない。

しかし、レムド軍の投石攻撃は、単に砲弾の雨を降らせているのではなかった。


伝令がレンガ将軍に報告を行う。


「将軍、この先にて我々の退路が断たれております。

 投石攻撃の岩が高く積みあげられており、完全に逃げ場を失いました」


「あいつら、我々をここで生き埋めにする算段やな」


レンガ将軍は思考を巡らせたが、攻撃手段も無ければ退路もない。

白旗を上げるしかないが、


「白旗を上げたところで、あんな高いところから見えるはずないな。

 あいつら、確信犯や。

 まあ、戦争やし。

 しゃーないか。

 さて、フェイム君、ここらにおるかー!!」


ほどなくして将軍の前に灰色のローブを着た青年が現れた。


「将軍、ここにおります」


彼はまだ若い青年であるが、フィンジアス国一位の魔術師であり、レンガはもちろん、王からも絶大な信頼を得ている。


「おお、フェイム君。まだ生きとったか。

 ご存じの通り、戦況は最悪で完全に詰みや。

 ほぼ間違いなく助からん。

 けど、フェイム君は魔術師なんやから、自分一人やったら、王都まで転移できるんやろ?」


「はい、私一人であれば王都にある転移門まで帰還する事が可能です」


「せやったら、直ちに帰還して王に現状報告するんや。

 あいつら、わしらを皆殺しにして、そのまま王都に進軍する可能性が高いで。

 数千の竜騎兵と戦うなど、わしらは今までそんな戦なぞ想定しとらん。

 意外とあっけなく、王都陥落も有り得る。

 有り得るからこそ、早く情報を伝えなきゃあかん。

 戦うにせよ、降伏するにせよ、早く情報が届けば無駄な犠牲が減るからな」


「わかりました。が、伝令であれば私でなくともよいのでは?」


「まさかこんなことになるとは思っとらんかったからな。

転移門の使用登録しとったの、今回多分君だけや。

騎兵やと、あいつらが造った石垣超えられんし、先ず優先的に狙われるはずやから、ヤラれて終わりや。転移が確実やねん、そうしよ」


「…なるほど。

であれば、私は直ちに援軍を連れて戻ります。

 状況は困難ですが、なんとか耐えしのいでください」


「気持ちだけで十分や。ほな、早よ行き」


将軍に促され、魔術師フェイムは魔方陣を展開し、転移を行った。

転移直前、フェイムは殺意あるワイバーンが自分目掛けて急降下するのを間近に見た。


『ヤレヤレ、フェイム君無事に行ったな。

ここで死ぬのは惜しい奴や。

あいつならきっと、俺等のかたきを討ってくれるはずやし…』


隊が走る前方にも岩が落ち始め、右往左往する間に仲間同士で衝突してしまう。

やがて、大きな岩がレンガの背中を直撃した。


『マジでかなわんな…。

ほんまに…』

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