第3話 魔術師

「貴方は私の言葉が分かるの?」


少女は自分の息子と名乗るその者に話しかけた。

闇に隠れて彼の容姿は分からない。

もしかしたら、私と同じ日本人かもしれない。

少女は彼の流暢な日本語を聞いて、自然とそのように考えた。


すると男は何処からか筒を取り出し、何やらゴソゴソと操作した。

程無く彼の眼前に蝋燭のような灯りが灯された。


灯りに照らされた男の顔を見て、少女は恐怖にガタガタと震え始めた。

そこに見えたのは、醜く邪悪な形相を持つ子鬼、悪鬼ゴブリンそのものであった。

今まで少女は闇の中にあって、無意識下に自分を世話しているゴブリン達を善良なホビット、あるいはノームと思い込もうとしていた。

しかし現実は違っていた。

恐ろしい怪物が自分の周囲を徘徊していただけだ。

確かに配下のゴブリンは自分に対して献身的に尽くしてくれていたと思う。

けれど彼らにとって、全ての献身は効率的に子孫を得る為の懐柔策に過ぎなかったかもしれない。


『すると自分は悪魔に犯され、悪魔を産んでしまったのだろうか』

少女はガタガタと震え、言葉を失っている。


「母上様、母上様が私の容姿をご覧になって恐怖の感情を抱いておられる事は至極当然にございます。

しかしながら、私は間違いなく母上様の味方です。

先ずは母上様をこの暗い穴倉から救い出さねばならないと思い、

であればこそ父であるゴブリン王を処断したのです。

母上様は人間なのですから、このような闇の中に生き続ければいずれ病魔に侵されます。

私は生まれてまだひと月ほどの人生しか生きておりませんが、別室に人間の女達が骨となって積まれているのを見ました。

母上様は栄光あるゴブリン王国の女王なのですから、私は地上に母上様に相応しい居城を用意したいと考えております」


彼の恐ろしい容姿とは裏腹に、彼の声は優しく品のあるものだった。

だからと言って、少女の心から恐怖が消えるという事もないのだが、幾分か落ち着いたのは本当だ。

勇気を出して少女は息子に問いかけた。


「私は、あなたが私と同じ言葉で話している事が怖いのよ。

 だって、今まで私を世話してくれた彼らは、私には全く訳のわからない言葉を話していたし、その言葉も短く乱暴な感じだったわ。

 何より、私が子供を産んだのはたった一月前よ。

 あなたが特別頭が良くても、たった一月で、しかも日本人と話さずに日本語を学べるはずがないじゃない。

 何より、赤ちゃんは私の手のひらに乗るくらいの大きさだったのに、どうしてあなたはそんなに大きくなっているの。

 普通に考えたら、あなたが私の息子であるはずがないじゃない」


母親の問いに、息子は幾分か当惑して目を閉じた。

大きく深呼吸をし、そして母に答えた。


「母上様、私は母上様が異世界よりの転生者である事を承知しております。

何故なら私も転生者であり、前世の記憶を持っております。

私は転生する直前、神界にて女神さまと遭遇しました。

その時女神様から、自分の母親について説明があったのです。

彼女もまた転生者で、特別な使命をもってあなたの母親となるのだと」


「特別な使命?」


「はい、女神さまはそうおっしゃいました。

 けれど、その詳細については一切伺っておりません。

 ただ、母親を救えるのはお前だけだと、そう女神さまに念押しされました」


少女は、神界とか女神様とか、自分には全く無縁だった事に内心腹を立てた。


「私は大概酷い目にあったわ。

 でも、それだから女神さまは貴方を遣わしたのかしら」


「母上様、私はそのように思います。

 また、言語についてなのですが、私は前世において人間の魔術師でありました。

 ちなみに私は異世界の転生者ではありません。この世界での転生者です。

 この世界には魔法と呼ばれる術が存在し、魔法の一つに自動翻訳というものがございます。

 それは、私と母上様の霊体を直接接続し、母上様の言語機能を使用して言葉を発するというものです。

 なので、私は日本語を習得している訳ではないのです。

 もしも私の目の前に母上様がおられなかったら、私は日本語を話す事が出来ません」


少女は、なんと荒唐無稽な話だろうと感じた。

けれど、目の前でゴブリンが日本語を話し続けている。

状況自体が荒唐無稽なのだから、もう腹を括るしかない。少女はそう思った。


「ええ、了解。わかったわ。

 貴方は私の息子、今はゴブリンだけど中身は人間の魔術師、

 つまりそういう事ね」

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