影の追跡者

欧流 内斗

第1話 影の追跡者


メインストリートから細い路地に折れたクリーニング屋の横で 俺は足を止めた。

尾行されている?


周りに入念に視線を這わせるがそれらしい人影はない。

午後7時過ぎ、街灯の少ない周囲は既に闇に沈み視界はよろしくない。


被害者妄想だろうか?

いや、フードセンターを出てから俺に注がれる鋭い視線は間違えようのないものだ。


気を取り直して足早に歩き始めたがつい周囲を見回してしまう。

左手に提げたビニール袋の重さがやけに気に掛かった。


油断があった訳ではない。

一瞬の隙をついて鋭い爪が俺の左手をかすめてゆく。

痛みが走り、俺は袋ごと左手をかばう。

赤い血が滴り、ビニール袋を汚した。


なんて事だ、


奴だ。


俺は塀沿いを意識して足を速めた。

路地裏を選んだのは失敗だったかもしれない。

奴は確実に獲物を捕捉したに違いない。


そうだ、奴は暗闇に紛れ、こちらが予想もつかない場所から忽然と姿を表わす。

こちらが見えない物を見通し 聞こえない音を聞き感じられない気配を察知する闇の眷属なのだ。


ひりつく様な危機感が背中を這い上がる。

俺は奴の気配から逃れ、その探査能力を躱すためにいつもは曲がる事のない角を曲がり通る事のない路地を急ぎ足で通り抜けた。


息が上がりそうになった時俺は 別の理由から足を止めた。


しまった。


自分の顔から血の気が引いているのがわかる。


焦りから いつもなら決してしない様な過ちを犯してしまった事に愕然とする。

近道をする積もりで選んだ道が行き止まりだったなんて。


俺が狼狽えて振り向くと奴は右手の塀の上、闇の中から悠然と漆黒のその姿を現した。


黄金色の瞳が俺を見据え、鋭い牙と強靭そうな爪を剥き出して甲高い咆哮をあげた。





「うにゃーーーう⁉︎⁉︎」




俺の左手のビニール袋からは刺身用に買った魚の匂いが漂っていたのだった。


そして、次の瞬間 猫たちは魚に殺到していた。





               ー 了 ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影の追跡者 欧流 内斗 @knight999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ