アリス

 感じていた大きな魔力が1つ消えた。


「……あのブラコン野郎」


 置いてけぼりをくらったのだと否応なしに理解した。


 ジェノさえ生きていればノアが死んでも構わないなんて思ったことはない。


 けれど、ノアのためならジェノが死んでもいいと思ったこともない。


「っ! わたくしがっ!」


 大きく右手を振るった。それだけでシャボン玉が4つ現れ、数百はいる前方の不死者を瞬く間もなく焼き尽くす。


「教会のクズどもをっ! 王族のカスどもをっ!」


 大きく左手を振るった。それだけでシャボン玉が4つ現れ、数百はいる後方の不死者を瞬く間もなく焼き尽くす。


「皆殺しにしてさえいればっ!」


 勢いよく両手を上空に向けた。騎乗しているシャボン玉の5倍は大きい個体が夜空に現れ、計10体となったシャボン玉が破壊の限りを尽くす。


 でも無駄だった。


 殺しても、殺しても。壊しても、壊しても。気の晴れようがない。


 この力はあの人の隣に並ぶために身に付けたものだ。


 でも。あの人はもういない。隣に並ぶこともできやしない。


 なんでだろ。なんでこんなことになったんだろ。


 世界が呪われているから? 本当に? バカがバカをやっているせいでは?


 今からでもフェインの王侯貴族を一人残らず殺すべきでは?


 その方が平和になるとかそんな思想はどうでもいい。


 ただ、八つ当たりをしたい。


 この思いの捌け口がないと世界をどうにかしてしまいそうだから。


 もうアンクトなんかどうでもいいし、ガルダまでハゲを殺しにいこうかしら。


 その前にサリウスとかいうガキをどうにかするのもいいかもしれない。


 次はあいつで。その次はあいつで。


 順番に、順番に。一人残らず。


 どうかせいぜい苦しみますように、と。


 呪いに満ち満ちた炎で心身ともども懇切に、丁寧に。


 焼いて。焦がして。灰にしてやる。


『私もこの国の生まれならよかったのだがな』


 唐突に。初めて夜のお誘いをした時のことを思い出した。


『ハミルトンの姓を賜ったことは我が人生において最良の出来事と言えるが、知っての通り、ハミルトンも貴族だ。私も家名を守るために貴族の娘を娶らねばならん。お前と同じ平民に生まれていたら応じることもできたのだが』


『わたくしは遊びでも構いません。子のことは秘匿いたします』


『戯け。それでは私が我が子を可愛がることができんだろうが』


『本命の方でそうしたらよいのでは?』


『……本当に戯けだな』


 不意に抱きしめられ、その言葉の真意を探る気力を奪われてしまった。


 そして、それを思い出した今もまた、脱力してしまった。


 これは呪いだ。


 生涯を投じても解けないかもしれない強大な呪いだ。


「恋だの、愛だのと言ったものは。本当に。本当に厄介ですね」


 まあ。解く気なんてさらさらないのだけれど。


「せっかくあの人が命を賭してまで我慢したのに。わたくしがそれを壊してはダメですよね」


 それにフェインはジェノの第2の故郷と言える国だ。既に第1の故郷であるシヴァルトはないのだし、ここを消滅させては彼の帰る場所がなくなってしまう。


 溜息を1つ。深呼吸並みのでっかいのを1つしてみた。


「フェインを滅ぼすかどうかはノア様との相談で決めましょうか」


 疲弊して帰ってくる勇者達のためにも、街のお掃除をしておこう。


 文字通り、骨も残さず。塵も残さずに殲滅しよう。


 八つ当たりも兼ねて、ね。

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