メル
すべての不死者を掌握した。その数713体。
魔力の余剰はまだまだあるが、魔界の門を通過してくる不死者は増える一方だし、どうせ中位呪体化の状態では魔術も魔法も使えない。使えたとしても手下の骸骨を倒すのに魔力を消費しては本末転倒で、上空に対してはきっと無駄でしかない。
メルの役目はこの場の制圧。目指すは戦略的勝利。戦術的勝利になど興味ない。
あのブラコンがノアを半殺しにしたところで、開門の儀式さえぶち壊したらこっちのものだ。
模造堕天使なんてそうそう手に入るものではない。何せ50年に1回しか歴史書に登場しない秘宝中の秘宝だ。それが壊されたらさすがのジェノも諦めるほかない。
「……だからこそ。変なんよね」
ジェノの狙いは魔界の門を開くこと。そしてそれは3時間後に完了する。
第一に、なんで残り時間を教えた?
そんなことを言われたら残り1時間を切ったくらいで全員がラストスパートを掛ける。平たく言えば高位呪体化や魂魄暴走をしてでも止めようとする。わざわざこっちの段取りを組みやすくした理由が分からない。
最初は嘘なのかと思った。本当は2時間で開門してしまい、ふははは残念だったなこの戯けどもが、と煽られる未来を想定した。
しかしだ。魔界の門を通ってやってくる不死者の数や質からして本当に3時間くらいは掛かる気がする。それどころかもっと必要かもしれない。
尤も、門の通過者はガルダを降りてアンクトを始めとした近隣の集落にも向かっているのだから、メルの推論は穴だらけ。希望的観測に過ぎない。
とはいえ不可解な点が多すぎるのも確かだ。
第二に、なんでブラコンはノアを殺そうとしない?
魔王は勇者に倒されるもの。ぜってぇ俺が勝つ! とか言っておきながら、手数はノア7に対してジェノ3くらいだ。どう見てもジェノの防戦が目立つ。
開門のために魔力を割いているのは分かる。単純にノアが手強いのも分かる。だがそれを踏まえてもジェノの動きは精彩を欠いているとしか思えない。あんなのが伝説級の魔物を数百と屠ったと言われても信じる気になれない。
やる気あんのかこいつって感じるくらい、何というか、手抜き? そんな印象を覚える。手加減はしていない。できる相手でもない。ただ開門が完了するまでの時間稼ぎをしているようにも見えない。正直、狙いが分からない。
第三に、なんでブラコンはあたしらを攻撃しない?
例えノアが隙を見せないのだとしても、無詠唱の魔術を手当たり次第に撃てばノアの攻撃の手も緩みそうなものだ。ノアが連発している裂空斬のような技だってジェノも使えるだろうし、いかなるものであれ禍の種は早々に摘むべきだって宣言していたくせに、儀式の頓挫を目的としている地上の3人を放置するのは矛盾が過ぎる。
3人の技量を鑑みた結果、あいつら雑魚だしわざわざ手を下すまでもないわって考えたのなら、分からないでもない。とてもむかつくが、とても助かる。
「考えたってしゃーないか。あたしも後手よか先手の方が好きだし」
なんだかんだで上のブラコンにも下のブラコンにも大きな借りがある。ここいらでそれをどかんと返して、ついでに恩を着せることができたら最高だ。
これが終わったら生ハムをどんだけ奢らせてやろうか。真の生ハム平和条約を締結するためにも、ここはいっちょ頑張りますかね。
「ふふん。細工は流々仕上げを御覧じろってね」
不敵な笑みを浮かべた直後、近くで白を基調とした服装の子が倒れた。
メルが地面に伏したその子へと目を向けた時、メルの背後で骸骨が剣を振り上げていた。
やがて剣を振り下ろされ、メルもまた地に伏したのだった。
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