青呪術師
ざっと見ても
連中をよく見ると所々に斧や槍を持った個体がいる。骨人形の上位に当たる
ジェノは呼び寄せたのみで細かい操作をしていないようだ。不死者は連携という言葉を知らないかのようにバラバラで攻めてくる。リンとライルはメルを中心に骸骨の群れを迎撃し、魔法を禁じられた魔法師の少女は杖の尻を使って地面に複雑な模様を描いていた。
5分だけ時間を作って欲しいとメルが言ったのだ。リンは真っ先に神殿を目指すべきだとも思ったが、ノアの援護を受けられない状況で闇雲に突っ走るのは危険でしかない。きっとジェノが天井まで上昇した一番の理由は自軍の観察をするためだし、そうだったら走った直後に魔術が飛来する公算も大きくなる。大胆な行動を起こすのは作戦を立てた後の方が良い。
だがリン達が停滞しているせいで神殿の周辺は既に不死者の領地だ。神殿への階段を踏み締める姿は見当たらないものの、お陰でジェノが連中にどんな命令を出しているか分かる。
連中の進路を阻め。或いは殺してでも神殿に近付けるな。と言ったところか。
「厳しいな。イグノの一件で戦闘は量よか質だとも思ったが、あれは単にメルの魔法とアリスの召喚が凄すぎた訳だ。今の俺達の質でこの量に対抗するのは無理がある気がするぜ」
ライルは愚痴を零しつつも確実に敵を砕いている。続け様に斧槍を振り回して、
「だが上の連中を相手にするよか随分と楽か。俺が千人いても勝てそうにねえしな。早々に前言を撤回しとくぜ。あのレベルの連中が参戦すると戦闘は間違いなく量よか質だ」
「うい。もうちょっと訂正が遅かったら上空にぶん投げてたわよん」
冗談を飛ばしながらもメルの表情は至って真面目だ。リンは少しだけ気分が楽になった気がする。彼女のいつもと変わらない雰囲気が不安を和らげてくれたようだ。
「悔しいけどあいつの選択は正しいんよ。危険度SやA級の魔物を呼べるほど門が開いてないのかもしんないけどさ。仮に宝石塗れを10体くらい並べてもノアが瞬殺してお終いだかんね」
「だったら量の方が得だな。退路を断てる上にゴールを見せないことで絶望感も与えれるし、今も俺達が投降するのを待ってるかもしれねえ訳だ」
「有難い配慮に涙が出てくんね。不意を衝いて魔力満載の終の願いを投げ飛ばしてこないのにも納得がいくかも」
不穏なことを言ってくれる。リンは駆けてくる骨雑兵を蹴飛ばし、メルを一瞥してみた。密着すれば巨漢でも2人は入れる大きさの魔法陣が完成している。初めて見るタイプだ。
続いてメルは棺桶袋に手を突っ込み、多彩な色模様の宝石を次々と魔法陣の中央に投げていく。最後に傀儡の呪術や
「でもあいつは勘違いをしてるんよ。あたしは魔術師でも魔法師でもあるけどさ」
メルが
「それ以前に呪術師なの」
魔法陣が漆黒に染まっていく。深淵の闇を帯びた幾何学模様は一見して何の効力も発していないが、メルの自信に満ちた笑みはリンを心強く思わせた。
「あたしが青呪術師に選ばれた理由はね。魔術の習得数と技巧と理解、そして死霊術の精度の高さなんよ。魔界育ちの野良不死者なら操作権を奪うのなんか超楽勝」
ふと魔法陣が重油の塊のようなどす黒い球体を排出した。それはまもなく周辺の地面に溶け込み、人影のように長細くなると駆け寄ってきた骨雑兵に向かっていく。
直後、骨の影に混ざったと思ったら対象の動きが止まった。いや、その場で持っていた長剣を振るった。自身に。
「意味もなく中位呪体化するわけないっしょ。雑魚の五百くらい操作してやらぁ」
頼もしい。リンがそう思ったのはメルの言葉のみではない。次々と地を這っていく影の群れにもだ。その数は節操がないほどに多い。
だがメルは先程と違って不死者を自害させず、
「
呼ばれた傭兵は斧槍を振るいながら振り返った。メルの指が魔法陣に向けられている。
「傀儡の魔法陣だってのは分かってるが。これで例の呪術も使えるのか?」
「あんた青呪術師を舐めてんの?」
耳が痛い。青呪術師のくせに能無しなリンは黙々と不死者を殴り飛ばしていく。
「リン。30秒だけ全方位の迎撃をお願いね」
おやすい御用である。リンは尻尾を生み出して指示に従った。
ライルが何をするかと思えば。なんと信じられないことに真っ黒な魔法陣を踏み締めた。そしてメルのゴーサインの直後に驚愕の呪詛を吐く。
「神々に翼を奪われし業深き大鷹よ! 俺にさらなる力を寄越せ!
ライルが大鷹の化身へと変貌していく。リンが唖然とする間もなく、
「もっとだ! てめえのすべてを俺の身体に宿しやがれ!
さらに耳を疑うほど驚かされた。リンが混乱しかけた直前、メルは魔法陣を両手で叩き、
「
知らない呪術だ。なのでリンは失敗したのだと思った。
視覚的な変化は何一つ起こっておらず、ライルも先日と同じようにどこからどう見ても鳥人間になっているからだ。が、
「おー。まじか。すげえなこりゃ」
「……メルヴィナ先生。鳥が喋ってますが」
リンは思わず迎撃の手を止めて仲間の元に戻ってしまったが、間髪を容れずにライルが駆けだしてくれた。豪快に斧槍を振り回す様はイグノでの交戦を思い出させる。
「魂魄暴走中に意識があるとかライルが言ってたっしょ。だから考えてみたわけ。大鷹の意識をあたしの支配下に置いた場合、身体の自由はライルのものになんないのかなって」
「……無茶苦茶な実験ね」
「自覚あるっす。だって術の発動が一瞬でも遅れてたらイグノの二の舞になってたわけだし。でもライルとバイパに行ったのは正解だったみたい。あん時に2人で考えたんよ。これ」
さておき、とメルは呆れきったリンを余所に再び魔法陣に手を付いた。
「大事なのはここからっしょ! あたしが組み立てた作戦であのクソボケブラコン大司教に一泡吹かせてやんよ!」
本当に頼もしい。仕返しに燃えたメルの瞳は未来を見通しているようだった。
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