聖戦

 ノアは一瞬でジェノとの間合いを詰めた。


 長剣は振るわない。慈愛の翼リフィスマーチの魔力が付与された魔法剣と言えども熾天使の肌に通じるとは思えないからだ。本音を言えば、通じても困る。


「この私に手加減か! 随分と自信過剰になったな!」


 ジェノはノアの体当たりを余裕で回避。純白の翼を羽ばたかせ、一気に天井の近くまで上昇する。が、呪体化したノアの反応力も並みではない。既に手を伸ばせば届く距離だ。


「神殿へは行かんのか!」


 ジェノは終の願いクレイブベインを力任せに振るい、


「行かせる気がないくせに!」


 ノアは魔法剣で重い一撃を払うも決して反撃に転じない。ノアの役目はあくまでも時間稼ぎだ。


 何せ下には聡明なメルがいる。自分が作戦を考案せずとも最良の行動を取るに違いない。


 ノアは心に誓う。絶対に仲間を襲わせない。治癒の魔術を禁じられた現状では僅かな傷でも命の危機に繋がる。ジェノの魔力の流れに細心の注意を払いながら防戦に徹するべきだ。


 まず魔法は使ってこないはずだ。中位呪体化したジェノの魔力量がどれほど莫大かはともかく、必要以上に熾天使の神聖な魔力を練ると開門の儀式に悪影響を及ぼしかねないし、文献によると開門の儀式は呪術的かつ魔法的なものらしい。


 ノアも経験上で2種の魔法を同時に操るのは非常に困難だと知っている。あのメルですら攻撃魔法を使う際に飛行を止めるくらいだ。相手がいかに優秀なジェノであっても、最高レベルの魔法的儀式と飛行魔法を併用した上で、さらに別の魔法も、という可能性は否定してしまっていいと思う。


 問題は魔術の方だ。こっちも洞窟内での戦闘という点を鑑みると高威力や広範囲のものは使ってこないと思われる。下手をすると儀式場の破壊に繋がってしまうし、せっかく呼び出した不死者を自ら蹴散らすことにもなるし、全員を生き埋めにする気があるのならとっくにガルダを破壊しているはずだ。


 よって、ノアが警戒すべきは無詠唱ノンキャストで放たれる足の速い魔術に絞られる。


 仲間が何かしらの行動を起こすまでは離れた場所で戦った方が得策だ。ノアはそう思って飛行の方向を転換し、ジェノはリン達を攻撃するフリさえ見せずに義弟の進行を阻む。


「奴らへの攻撃の機会を態と与えてくるとはな。その隙に神殿を落とすつもりだったのかもしれんが、私はそう簡単に騙されんぞ。あの雑魚どもは貴様ほどの移動力を持っていない。放っておいても害はない訳だ。少なからず今の位置ではな」


 幸運にもジェノはノアにとって都合の良い解釈をしてくれたようだ。しかし安堵は束の間、ジェノが再び戦棍を振り回し、ノアは払ってすぐに甘い突きを放ってみる。


「遅い」


 ジェノが予想外の反応を見せた。回避だ。碌に魔力を通していない魔法剣の一撃など当たったとしても血の一滴すら出ないはずなのに。


 直後に1つの仮定が脳裏を過ぎった。ジェノは3時間後に開通すると言ったが、門は一気に開くものではない。今も遠隔で徐々に開いているのなら納得がいく。開門の魔法は膨大な魔力の他に術者の意志を必要とするからだ。


 一瞬でも意識が途絶えれば儀式に支障が生じてしまうため、まさかの事態を想像して一応は回避した、とも考えられる。


 そのまさかとはアルトのことだ。堕天使の力なら熾天使に通じる可能性がある。


 ならば普通に戦うべきだ。ノアの真剣さが増せばジェノは仲間を意識する余裕がなくなる。


 即断即決。すぐにノアは致命傷にならない場所を狙って剣を振るい始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る