第四章
インテグラ
空が遠い。
国内で有数の霊峰にいても。闇夜に輝く星々をこの手で掴めそうにない。
笑ってしまう。
目に見える星でさえ手が届きそうにないのに、目に見えない天界に人の思いが届くはずもない。
何が願わば祈れだ。ふざけるな。祈って何になるって言うんだ。
「この後はどう動けばよいのでしょうか」
問い掛けに応じてインテグラは目を向けた。質問者はクライブだ。
彼の足元にはクラークが転がっている。後ろ手に両手を縛り、猿ぐつわをしているせいでもごもごと喧しい。
「あっしらはここで待機する以外に何もできませんぞ。
アンクトの支援に行くのも厳しい。今のアリスがクラークを目にしたら何をしでかすか分からない。良くてアンクトが火の海。悪くてフェインが焦土と化す。
無論、アリスの蛮行を阻止できる自信はある。アリスの戦闘センスは多対一の方に傾いている。一対一の単純な戦闘力ならインテグラの方が遥かに上だ。
いや、闇討ちでもしないと確実とは言えないかもしれない。
何せ相手はあのアリス・ラブクラフトだ。
日々瞳を閉じることで
そもそもが、歩きながら、話しながら、食べながらで瞑想するって意味が分からない。それ瞑想してないじゃん、と魔力量や魔力濃度の研究者は挙って頭を抱える。
そして、そんな天才かつ変態だからこそ大司教の片腕として認められている。
彼女ならば世界的な英雄であるジェノ・ハミルトンの隣に相応しい、と。
不採用通知を受け取った身としては甚だ面白くない話ではあるが、インテグラも相応の納得はしている。
天才。変態。人の類稀なる能力をその手の言葉で評価するのは本当に簡単だ。
自分にできないことをできる。それはその人に才能があるから。本当にそうか?
ただ、努力が足りていないだけではないのか。
アリスは努力をした。愛ゆえに。愛する者の隣にいるために。
その実、ただそれだけの話なのだ。
それだけのことで、インテグラはアリスを止める気になれなかった。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。確か東方の呪詛でしたかな」
よくよく考えると、アリスは
闇討ちでも無理なのでは。とインテグラが苦笑したところで、
「んぐっ! むぐぐっ! くっ! き、貴様! よくも裏切りおったな!」
鬱陶しいことにクラークの猿ぐつわが外れた。
「クライブ! 何をしておる! この小娘を早く殺さんか!」
「大の大人が見苦しいですなぁ。クライブ殿にあっしを害する気があるのならもうやってるでしょうよ」
インテグラの正しさを示すようにクライブは一歩も動かない。ただ地面で醜くぎゃあぎゃあと騒ぐ愚父に吹き出物を見るような目を向けている。
「そも裏切った覚えなどございませんぞ? 始めからあっしは司教の敵ですからな」
「っ! 貴様ぁ! ガーフィールド大司教の命で来たのではなかったのか!」
「間違ってはいませんぞ? あっしはその方に司教の手伝いをするように命じられましたからなぁ。ただしあっしがフェインを訪れたのは枢機卿に頼まれたからですぞ。どこぞの勘違い貴族野郎が悪巧みを企ててるからガーフィールドの命令に乗じて潜伏してこいっとね」
「……ふざけおって。あの死に損ないの老人風情が!」
いつもなら。この程度の悪口は聞き流したと思う。
「
クラークが瞬時に黙った。剣と化したインテグラのつま先を喉元に突き付けられたからだ。
「俗物が。枢機卿への罵倒は万死に値するぞ。次はないと思え」
クラークは目を見開き、小さく頷いた。インテグラが呪体化を解くと、
「……インテグラさんはどのような結末を想像しているのですか?」
苛立ちを見破られたらしい。クライブが不安げに問うてきた。
「あなたも残酷ですな。どんな結末だなんて」
情けない。想像するだけで涙が溢れてくる。アリスはもっと辛いはずなのに。
「倒れるのが勇者様でも、大司教でも。あっしが覚える感情は悲哀と絶望のみでしょうよ」
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