多難
どこに行くのかと思えば少年がジェノを案内したのは東区の広場だった。
ジェノはベンチに座って腕を組み、少年は噴水をバックに柔和な表情で突っ立っている。事前に人払いを済ましたようで広場に2人以外の気配や魔力は感じない。
「確かレイモンド侯爵のご子息だったな。サリウスと言ったか?」
「ええ。ジェノ様とは大司教の就任式以来でしょうか」
態とらしい。ジェノは不愉快さを隠さずに言ってやる。
「貴様の姉と見合いをさせられた時にも会っている」
「させられた、ですか。高名なハミルトンと言えども貴方は養子に過ぎません。正式な家柄を得るチャンスだと言うのに失礼な物言いをしますね。姉もさぞかし悲しむことでしょう」
「知ったことか。用件というのは断った縁談についてか?」
いいえ、とサリウスは貴族特有の鼻につく笑みを浮かべた。
「単刀直入に申し上げます。我々にご協力いただけませんか?」
「掻い摘みすぎだ。何の協力を求めているのか分からん」
「ノア・ハミルトンの暗殺です」
思わずサリウスの目を見てしまった。笑っている。
「あの少年は強い。本当に強い。私もガントでの一戦をこの目で見ましてね。よもや
ですが、と続けたサリウスは笑みを消していた。
「強すぎるのです。それこそ他国が勇者を擁するフェインに恐れを抱くほどに。そして言うまでもなく教会も同じ思いです。黒き勇者がいつ刃を向けてきても不思議ではないですから」
「……不思議ではない? なぜそう言い切れる。ノアに教会を攻める気などないぞ」
「何を仰るやら。本人がどう宣おうと関係ないのですよ。問題はアルトメイアです」
こいつ。ジェノは眼差しを鋭くした。対峙するサリウスも目を尖らせて、
「何やら希有な秘薬を短期間で大量に集めたようですが、あれもアルトメイアのせいでは?」
「勝手な憶測を抜かすな。第一になぜ貴様がノアに宿った魂を知っている」
「なぜとは? まさかとは存じますが、箝口令が機能しているとでもお思いで? あんなものは下々の口を塞ぐための便宜に過ぎません。我々貴族に法が通じると思ったら大間違いです」
ジェノは言葉を失った。その沈黙を埋めるようにサリウスが話し続ける。
「教会でアレを倒せる者と言えば。ロデリック・ウィロビー枢機卿。ジェノ・ハミルトン大司教。条件次第でインテグラ・リヴァーモアも該当しますかね。ですが枢機卿は療養中ですし、リヴァーモアでは失敗の恐れがある。大司教が適任なのですよ」
「……適任か。どいつの入れ知恵かは知らんが、よもや私を口説きにくるとはな。舐められたものだ。私が引き受けるとでも思うのか?」
「逆に問いましょう。断れるとでも思っているのですか?」
「私はノアを守ると父上に誓ったのだ。この命に代えてもあいつを守ってみせる」
「例えフェインが滅びることになってもでしょうか?」
今の一言でジェノは嫌でも理解してしまった。
「勇者暗殺の首謀者はフェイン王家。教会は共謀者か」
その根拠は先程にサリウスが言っていた。他国がノアを擁するフェインを恐れている、と。
「共謀とは言葉が悪い。我々は国民を守るために動いているのですよ? 国境の門を閉ざしているのもそうです。半年の猶予を貰ったと言えども油断は禁物ですからね」
詭弁だ。実行を命じたのが王家でも筋書きを用意したのは教会に間違いない。ライルの推論を念頭に置いて考えてみると勇者暗殺計画の全容が明らかになる。
十中八九。教会はノアを第6の魔王として殺す気でいる。
フェインのためと宣い、本当は教会のために第6の聖戦を起こそうとしているのだろう。王家は体よく利用されているに過ぎない。
ジェノは歯を食いしばる。神の犬どもめ。ここまで堕ちたか。
「……貴様。半年の猶予と言ったな」
「ええ。半年以内にフェインがノア・ハミルトンを処刑しなかった場合、フェインに隣接する8カ国と各同盟国。合わせて20カ国が連盟を組み、侵攻してくるとのことです」
「そうか。ところで私はふと独り言を呟きたくなる時がある」
ジェノの唐突な宣言に、は? とサリウスが素っ頓狂な声を出した。
「フェイン北西部にソレイユという街がある。数年前までそこに有名な呪術師一家がいてな」
「ソレイユなら存じていますが……」
「ある日、その呪術師の家に貴族の団体が訪れた。フェインの第二王位継承者に財務大臣の長女。騎士団長の次男坊もいたらしい。連中は家主の注意を聞かず、大した知識もないくせに秘宝を勝手に触ってな。不慮の事故が起こって数名が骨を折るなどの怪我をした」
「それは……。申し上げにくいですが。貴族の方に問題があるかと。私も呪術を習った身なので生半可な気持ちで術具に触れては大怪我をすると知っていますから」
「事故の十日後。一家の主と妻3名が多くの王侯貴族の要望で処刑された」
サリウスが目を見開いた。ジェノは構わず続ける。
「妻が3人いたこともあって呪術師に子供は多くいた。その内の1人がとても優秀でな。彼女は王族や貴族に報復するため、組合の長に弟子入りを志願し、見事に呪術師となった上に伝説の魔法をも使えるほどの力を手に入れた。私も彼女の友人として鼻が高いぞ。何と言っても彼女は自分の姿を魔法の力で透明にすることもできる。世界でも五指に入るレベルの魔法師と評せる訳だ」
さて、とジェノは敢えてサリウスと視線を絡めて言ってやる。
「彼女は誰にも見られない。もし今日の晩餐中にフェイン国王が突然焼死しても、もし明日の夜明けまでにどこかの国王が20人ほど行方不明になっても。犯人が彼女だと気付かれない」
「……そ、そんな冗談を。わ、私が、し、信じると、でも?」
「彼女は私の味方だ。しかも暗殺の対象は彼女の大嫌いな王族ときている」
「ち、違う! 身体が透明? そんな魔法は聞いたことがないと言っている!」
「残念ながら私は冗談を好かん。基本的に聞く側だ。言っても日に二度だな。そして一度は先程の食堂で言った。拷問の選択肢を委ねられたのでな。焼くと言ってやったのだ」
くっくっくっとジェノは喉の奥で笑い、噴水の方を指差した。
「自分が貴族だと忘れたか? そこで彼女が魔力を練っているぞ?」
「ひぃ!」
サリウスが情けない悲鳴を上げ、周囲に視線を飛ばしながら逃げていく。途中で何度も足を縺れさせては転び、法衣を砂塗れにしても足を止めなかった。
「戯けが。今のが2回目の冗談だと言いそびれたではないか」
ジェノはベンチに背を凭れて天を仰いだ。どうしたものか。いっそのこと教会を――、
「お一人ですかなぁ?」
「……また貴様か」
ジェノは顔を空に向けたまま、瞳だけをインテグラに向けた。
「素っ気ない反応ですなぁ。丸1年も寝食を共にした仲でしょうよ」
「アリスが聞いたら大暴れしそうな発言だな。勘弁してくれ」
「おや? 教えていないので? 大司教がアレックス様の薦めで枢機卿の屋敷に1年ほどお住みになっていたことを。いやはや読みが外れましたなぁ。どんなにきつく禁じられた話でも彼女には教えるものだと思っていましたぞ?」
「内容にもよる。嘘は吐かんが、言わん方が良いと思ったことは言わんよ」
そうだ。内容にもよる。だから困っている。サリウスとの会話の内容はアリスに言うべきなのだろうか。
「ところで何の用だ? 特にないのなら一人にしてくれ」
「ございますぞ。某大司教から伝言を頼まれていましてなぁ」
「……ノア絡みのか?」
「ええ。ノア様絡みの」
ジェノは身体全体で嘆息した。まったく。どいつもこいつも。
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