再会

 クライブは絵に描いたような紳士だった。大聖堂の見学が終わった後も東区を案内すると申し出てくれた上に、階段があればリンの後に移動し、ドアがあれば前に出て開き、ベンチがあれば休憩を提案してハンカチを敷くと言った具合である。


 教徒や子供からの人気も高いらしく、クライブは行く先々で声を掛けられ、今いる噴水のある広場でもあちこちから挨拶が飛来している。いちいち笑顔で応じるところがさすがだ。


 なので街や施設の紹介以外で会話が全くできていない。特に話したいと思う事柄もないし、聖騎士のクライブが亡者の嘆きや熾天石を持っているはずもないし、メルも退屈そうに欠伸を連発しているから別れの言葉を述べてもいいのだが、


「そーいえば。クライブはリンに関心を持ってるとかハゲが言ってたっすね」


 ベンチに座ったリンの真上からメルが話題を提供してきた。


「そういえば。クライブさんは私に関心をお持ちだと司教が仰ってましたね」


「あたしの発言を9割近く真似たってことはリン的にどうでもいい話だったんね」


 そう言うメルもどうでもよさそうだ。はい、と笑顔で答えてくれたクライブに申し訳ない。


「呪術師試験でお会いしたのを憶えていらっしゃいますか?」


「……えっと。すみません。失礼ながら初対面だと思ってました」


「いえ、名乗ってはいませんから初対面も同然です。自分にとっては印象深かったのですが」


「えっ。何をしたのかしら。普通に試験を受けただけだと思いますけれど」


「合格者の平均年齢が20代後半と言われる試験の会場に自分と同い年の少女がいたので強く記憶しているということです。しかも貴女は自分と違って合格しましたし」


 そっちの意味かぁ、とほっとしたリンの横でクライブはおもむろに右手を法衣の袖に入れた。ジェノと同じで肘の辺りに棺桶袋を隠しているらしい。


 出てきたのは銀製短剣シルバーダガーだった。


「自分は合格まで5年も要しました。11歳で一発合格の貴女とは大違いです」


 青水晶ブルーシンボルの獲得は『一度目の試験で合格』という条件があるため、クライブの短剣は赤水晶レッドシンボルが付いていた。


 リンは赤で充分だと思うが、傲慢な父親は辺境の貧困な村で育った小娘ごときに我が子が負けたことを許せず、聖騎士団に入った昨年までは毎日のように小言を漏らしていたと言う。これではクライブがリンに関心を持つのもやむを得ない。


 だが昔話の最中に恨み言は1つも口にしなかった。父親と違って本当によく出来ている。


「悔しさをバネに成長した自覚があるので貴女にも父上にも感謝しています」


「感謝なんてそんな……」


 クライブに爽やかな微笑みを浮かべられ、リンはついついはにかんでしまう。が、僅か3秒で笑うのを止めた。上空の少女が目の前まで下降してきてにやにやと笑い始めたからだ。


「父上と言えば、リネットさんのお父様はどのような御方なのですか?」


 よく聞かれる質問だ。なのでリンはいつもと同じように答える。


「さあ?」


 クライブとメルがキョトンとした。


「小さい頃は一緒に暮らしてたんですが。今どこにいるのかも……」


「お母様は何と仰っているので?」


「特に何も。尋ねたことがないんです。10年くらい前に私の故郷で疫病が横行しまして。周囲に片親の子供が多かったのでお父さんがいなくても気にならなかったと言いますか」


「10年前ということは。世界中で猛威を振るった流行病のことですね」


「はい。でも母が村の共同墓地に行く姿を見た憶えがないので父の行方と疫病は無縁だと思います」


 6年前に宝石塗れエンシェントグールの件でジェノと村内の墓をすべてチェックしたことがある。少なからずそこにリンの父親の名前が入った墓石は見当たらなかった。


「フェインは一夫多妻制ですし。どこかで正妻と暮らしてるのかもしれませんね」


「……許嫁が二人いる身としては耳が痛くなるお話です」


 クライブが初めて苦々しい表情を見せた。リンは慌てて、


「男性を責めるとか父親を恨むとか。そんな気はないですよ? 私が呪術師を目指したのも父の分まで母を守っていこうと思ったからで。今の私があるのも父のお陰なんです」


「ていうか気にする方が変っしょ。あたしのパパも奥さんは3人いたし、アリスのとこなんて2桁いるって話だし。父親を知らない子供なんてそこら中にいるからねぇ」


 実際問題、リンも大して気にしていない。父親がいたらもっと効率よく秘薬を集められたのではないかと思うこともあるが、リディアも夫の登場を全く期待していないようだったし、その実、リンはこの世にいないと推察している。


 何であれ父親の話はこれでお終いだ。考えても意味がない。と思った時、


「いやはやさすがにアンクトは広いですなぁ。随分と探しましたぞ?」


 左の方からインテグラが歩いてくる。イグノの調査時に箝口令の件を教えてあるのでメルを見るのは一瞬のみだ。すぐに視点をリンに移し、また3秒ほどで視線の向きを変える。


「聖騎士のクライブ・マクニッシュ殿ですな?」


「そうですが。どちら様でしょうか?」


「ロデリック・ウィロビー枢機卿の配下でインテグラ・リヴァーモアと申します。と言いましても枢機卿は病に伏せていらっしゃるゆえに某大司教の指示で動いていますけどなぁ」


 某とはジェノ・ハミルトン大司教ではございませんぞ? と補足して、


「少々お伺いしたいことがございます。お付き合いいただけますかな?」


「今すぐにですか? 急用でなければリネットさんとのお話を優先したいのですが」


「お腹が空いたっす。ここはインテグラに任せて昼食タイムといくべきですぞー」


 メルの協力的な発言にインテグラはふふっと笑って、


「ですぞー」


 メルの声が聞こえないクライブは今のを肯定だと受け取ったようだ。


「リネットさん。申し訳ないですが続きは次の機会ということで」


 断る理由は見つからない。リンは快諾し、この場を去ることにした。


「聖女様に神のご加護があらんことを」


 すれ違い様にそう言ったインテグラはどこか意味深な微笑を浮かべていた。


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